第3話
ダンジョン61階、現れるモンスターと対峙して勝ち負けを繰り返す。
石よりも硬質な鉄の肉体を持つガーゴイル。
ゴブリンの上位種に当たり、恐ろしい強さを誇るレッドキャップ。
大地を操る偉大なる竜、アースドラゴン。
他にも様々なモンスターと戦い経験を積んでいく。
先日、師匠の時雨からの訓練のおかげで、単独で60階まで行けるようになった。それは60階のポータルに登録したからという訳ではなく、実力もそれに伴って上がっていたのだ。
以前より精密な魔力操作、キュクロプスとの戦いのおかげでより良い身体の使い方も学んだ。
それよりも、時雨の戦い方を参考にするのが有意義だというのは理解しているが、今の天音の実力では真似出来るものではなかった。
あの人は普通じゃない。
叔母であり師匠ではあるが、時雨は人とは別の生物だと思っていた。
仮にこの世界にレベルという概念があれば、時雨はカンストした上で、更に上限突破した存在だろう。
そんな存在の真似なんて出来るはずがない。
元々のスペックが違い過ぎるのだ。
だから天音は、自分のペースで強くなるつもりでいた。
◯
「本日の買取金額は325,600円になります。こちらの札を外の窓口にお持ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
受付嬢から札を受け取り、気を緩めた天音は、はぁとため息を吐いてしまった。
そのちょっとした動作に受付嬢は驚いてしまう。
天音は普段から感情を見せない表情をしており、その動作もそれに似合った淡々としたものだったのだ。
それが、疲れたかのようにため息をした。だから驚いてしまったのだ。
「あ、天音くん大丈夫⁉︎ どこか悪いの⁉︎」
「え? 大丈夫ですけど」
「ため息なんて吐いて、何かあったんじゃないの?」
私が相談に乗るよとお姉さんアピールして来る受付嬢。
逆に天音は、ため息ひとつで心配されるなんて思ってもいなくて驚いているくらいだ。
「なにも無いです。ただ、少し疲れているくらいです」
「そうなの? 60階にも行けば、そりゃ疲れるわよね。毎日じゃなくて、たまには休みを取ったらどう?」
「いえ、大丈夫なんで、気にしないで下さい」
天音はそう言うと、受付から離れて換金所に向かう。
疲れの原因は分かっている。これまでにない事をやっているのが原因だ。ただ、それを言い訳にしたくないと思っており、少しばかり意地になっている節はある。
帰り道にコンビニに寄り、惣菜とお菓子、ついでに栄養剤を購入して帰宅する。
「ただいま」と小さく呟き、誰もいない家に到着する。リビングに入り、家族が映った写真にもう一度「ただいま」と言って食事の準備を始める。
いつも通りの手際で準備を済ませると、スマホを見ながら食事を始める。
黙々と食事を続けていくと、ある人物からメッセージが届く。
「……」
無言で画面を見て、タップするかどうか迷いながら上にスワイプして後回しにした。
食事を再開して、食器を片付け、シャワーを浴びて、歯を磨いたあとに、改めてメッセージを見る。
『福斗さん、明日はよろしくお願いします! お時間はいつもので良いですよね?』
メッセージの差出人は、榊原レナ。
天音の弟子であり、同級生であり、疲れの原因でもある。
「はあ……」
『はい、明日の18時にギルドで待ち合わせです』
探索者として同級生を弟子に取り、今週で三週間目になる。既に4回指導しており、本人の意欲はかなりのものだ。才能もはっきり言って、ある方だと思っている。
それこそ、同級生の茂木なんかよりも高いだろう。
教えれば、かなりの速度で習得しており、日頃から復習しているのが容易に想像できた。
そんな人物を弟子に取っており、教える側からしても教え甲斐がある人物だろう。
弟子が良い成果を上げれば、その師匠の評価が上がり、ギルドでも優遇してもらえる。だから、優秀な人材を弟子に取りたいという探索者は結構多い。
だが、天音は違う。
「僕の探索時間が削られていく……」
天音は一人でダンジョンに潜るのを第一に考えている。
当初はパーティを組もうかとも考えたが、自分の戦闘スタイルが連携に不向きだと気付いて、一人での探索に特化して行ったのだ。
そのおかげで、他人を気にせず毎日ダンジョンに挑戦出来ている。
更に言えば、ギルドの評価なんてどうだって良いと考えていた。業務として採取した部位を買い取ってくれたら、それで良いのだ。
割の良い依頼や必要以上の報酬なんて、欲しいとは思っていなかった。
『明日楽しみにしています!!!!!!!』
うざいくらいのビックリマークに圧を感じる。
これは返信しないといけないのだろうかと考え、とりあえずスタンプだけを送っておいた。
◯
次の日、学校に到着して席に座ると同時にため息が出た。
「はあ……」
「どうしたんだよ天音、いつもより三倍は陰気に見えるぞ」
「ぷっちょが僕をどう見てるかよく分かったよ」
「珍しいな、天音がため息なんて」
そう心配してくれたのは高倉君だ。
ぷっちょとは違い、普通に心配してくれている。もしかしたらぷっちょも心配しているのかも知れないが、一言多いのが致命的で、そうとは受け取れない言葉になっていた。
「そんなに気にするような事じゃないんだけど、ちょっと終わりが見えなくて……少し困ってた」
「ふーん、それってどんなことなんだ? ゲームの話みたいなやつか?」
「今の悩みで、どうしてゲームに繋がるんだよ。もしかして病気か何かか?」
「そんな大層な話じゃないよ。人との関わり合いみたいやつで、ある意味、ぷっちょが言ってたゲーム方面に近いかも。好きなゲームをプレイ中に、やりたくない育成ゲームをしないといけなくなったみたいなやつ」
「何だよそれ、そんなの辞めれば良いじゃん」
「それすると罰ゲームが待ってるんだ。逃げるのもダメだし、続けるしかない状態」
「データが消されるとかか?」
「……そうだね、物理的に消されるかも」
榊原レナの育成を辞めたら、時雨から殺される可能性がある。そこまでされなくても、かなりきついお仕置きか待っているだろう。
だから途中で投げ出す訳にもいかず、やり続けるしかない。指導する日を週二にしたのは、せめてもの救いだった。これが毎日だったら、きっと心が折れていただろう。
「んー、それってやり切らなきゃいけないのか?」
「どうなんだろう? 多分、ある程度やれば良いと思う」
「じゃあさ、目標を立てとけば良いんじゃね? ここまでやったから、もう良いでしょって」
「目標……目標か、ありがとう高倉君。もしかしたら、早目に終わせられるかも知れない」
流石は真面目に考えてくれる友人である。どこぞのぷっちょとは大違いだ。
「おい、役立たずみたいな目で見るんじゃねー⁉︎」とぷっちょが叫びだすと同時に始業のチャイムが鳴った。
授業が進む。数学、世界史と続き、三限目の体育になる。
体育の授業では、天音は基本的に見学か図書室に行っている。これは天音から進言したものではなく、学校側からの指示である。
生活の為に探索者をやると学校に許可を貰う代わりに、体育の参加を原則禁止されていた。
原因は、探索者の身体能力の高さにある。
信じられないほどの速さで動き、魔力を自在に操り理外の力を持つ。そんな存在が、一般の生徒が動き回る体育に参加したらどうなるのか想像に難しくない。
間違いなく怪我をさせる。
探索者の肉体は、凶器の塊なのだ。
「天音は今日も見学か?」
「うん、残念だけどね」
「かー⁉︎ 今日はバスケなのにもったいないな!」
「もったいないって、ぷっちょは活躍しないじゃん」
「馬鹿野郎! ボールが来たらすかさずシュート打つんだよ。そうすりゃ活躍してるように見えるって寸法だ!」
「たぶん、誰もパス回さないだろうな」
そんな軽口を叩く二人を見送って、天音は体育館の隅に移動する。
バスケをやっている同級生を見て、楽しそうだなぁと羨ましく思う。それでも、探索者をしているのを後悔したりはしない。
あれだけ絶望していた天音を立ち直らせたのは、間違いなく時雨とダンジョンの存在があったからだ。探索者をやっていなかったら、天音は羨ましいとも、ここにいることも出来なかっただろう。
だから後悔は無い。
羨ましいと思えるだけで幸せなのだと、今は理解しているから。
「危ない!」
のんびりと見学していると、バスケットボールが飛んで来る。それは天音の顔面に迫って来ており、反射的に手刀で切断しそうになる。
それはまずいと気付いて、手をキャッチに切り替えてボールを受け止めた。
ごめんごめんと謝ってくる同級生に、ボールを転がして返す。転がして返すのは、下手に投げると威力が強過ぎる可能性があるからだ。
そんな配慮をしながら対応していると、女子の方から歓声が上がる。
今の体育館内は、中央をネットで区切られており、男子と女子で分けられていた。
その女子の側では一人の生徒が活躍しており、たった一人で得点を量産している。その女子生徒は綺麗な顔立ちをしており、スタイルもモデル並みのものを持っていた。
「すげーな榊原さん、バスケ部でも敵わないじゃん」
いつの間にか近付いて来たぷっちょが話しかけて来る。
ぷっちょの言う通り、榊原レナはバスケ部が居るにも関わらず無双している。一人だけ違う動き、異様な身体能力、まるでプロのバスケット選手が紛れ込んだのかと錯覚してしまう。
それだけの身体能力が、榊原レナには備わっていた。
「……忠告しなきゃ」
「なんだって?」
「なんでもない」
この日の体育は榊原が注目されてしまい、男子の方では誰かが活躍するというのはなかった。
四限目が終わり昼休みになる。
一階にある売店に向かい、サンドイッチと菓子パンを購入して教室に戻る。飲み物はコーヒー牛乳があるので間に合っている。
席に座るとスマホを開いて食事を始める。
ぷっちょと高倉君は学食に行っており、今は教室にはいない。
一応誘われたのだが、人混みが苦手な天音はごめんと断っていた。昼の学食は恐ろしいほど混雑しており、一度行ってから訪れていない。
一人寂しく食事をしていると、教室に榊原が入って来た。
「真希、一緒に食べよー」
「レナちゃん」
榊原は、このクラスの友人である真希と一緒に食べようとするが、すでに真希は他の友人とお弁当を広げており、あとは食べるだけになっていた。
それでも真希は断るような返事はせずに、もう一人の友人に確認してから「いいよ、こっち座って」と受け入れた。
(古城さん優しいな)
真希のフルネームは古城真希と言う。
親しい人は真希、真希ちゃんと呼び、そうでない人は古城さんと呼んでいる。天音はもちろん古城さんである。更に言えば、直接喋ったのはダンジョンでの出来事が初めてだったりする。
優しい真希に好感を抱きながら、食事に戻る。
今の教室に殆ど生徒は残っておらず、大半が学食に行ってるか、他は別の場所で食べていた。
だから少々騒がしくても、誰も注意したりしない。
「ねえ、お弁当の写真撮って良い?」
「良いけど、エルッターに上げるの?」
「う、うん、エルッターにも上げるかな」
「なんか怪しぃ……分かった彼氏が出来たんだ⁉︎」
「そんなんじゃないって⁉︎ 違うから違うから!」
真希の指摘を必死に否定する榊原。それがなお怪しく見せ、残ったクラスメイトの耳を奪ってしまう。
何だかんだで、他人の色恋には興味深々なのである。
指摘されながらもスマホを操作する手を止めない榊原、それが想像を加速させる。
そんな時に、天音のスマホが震えた。
画面にはメッセージが届きましたの通知、その送り主は榊原である。
チラリとわいわいやっている女子三人を見るが、わざわざメッセージを送るような場面なのだろうかと疑問に思う。
続いて震える。画像が送られて来たという通知を見て、さっきから何なんだと、一度メッセージを開いてみる。
「……はあ」
内容を見て、自然とため息が出た。
『どれが私が作ったお弁当でしょ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』
画像には三つの弁当が写っており、右から赤、黄、白だった。どれもサイズは小さいが、様々なおかずが乗っており手間暇かかっているのが伺える。
もう一度榊原たちを見る。
『左の白かな』
「……ふふっ」
メッセージを送って直ぐに既読が付き、笑い声がこっちまで聞こえて来た。
また榊原を見てみると、女子三人がまたしても騒いでおり、彼氏云々と叫んでいた。
大変だなぁと思いながら、スマホを閉じて食事に集中する。もう、メッセージが届いても見ないという意思表示でもある。
そんな時である。
学食に行ったはずのぷっちょと高倉君が戻って来た。
「もう戻って来た。 そんなに学食空いてたの?」
「そんなわけあるかい、学食で二年生が暴れたせいで飯が食えなくなったんだよ」
「そんな事ってあるの?」
「あったから戻って来たんだよ。パンも残り少なかったし、最悪だよマジで」
二人は天音の机を囲うように座り、もそもそとパンを食べ始めた。ぷっちょは不機嫌そうに、高倉君は残念そうにしており、よほど学食が食べたかったのだろう。
そんな感想を抱いていると、教室に学食に行った人達が戻って来ていた。理由は二人と同じなのだろう。
口々に文句を言っており、何だか大変な事になっているようだった。
「なあ」
「なに?」
「榊原さんって、最近明るくなったよな」
「そう? 前と変わらないと思うけど」
ぷっちょの発言に素直に答えると、だはぁと盛大なため息を吐かれてしまった。
「天音よぉ、あれ見て分からないか? 前は冷たい感じだったのに、それが和らいで笑顔を振りまいているんだぜ。絶対のぜぇーたいに! 彼氏が出来たんだ」
力を込めて断言するぷっちょ。
「そうなの?」
「そうだって! 俺の勘が言っているんだ。ほら、今だってスマホを見て笑ってるじゃないか」
「いや、あれはショート動画か何か見ているだけだと思うぞ」
ぷっちょの力説に、冷静に対処する高倉君。
天音の優れた視力でもスマホの動画を見て盛り上がっているようなので、ぷっちょの説は否定された。
「それよりさ、学食で暴れたっていうのは何なの? この高校ってそんなに治安悪かったっけ?」
「俺達もよく分かってないんだ。ただ、二年の一人が三人くらいを殴り飛ばしてた。あれ、たぶん探索者やってる人だ」
「探索者が?」
「あくまで想像だからな、本当に探索者やってるかは分からない。でも、運動部の先輩三人を一人で倒すのなんて、探索者でもやってないと無理だろ?」
「……そうだね」
「何だよ天音、そんなに人がボコボコにされる所を見たかったのか? いい性格してんな」
「その言葉、そっくりそのままぷっちょに返すよ」
一番言われたくない人物から言われてしまい、少しだけイラッとする天音。普段ならそんな感情は湧かないのだが、暴れた先輩の話を聞いて不機嫌になっていたのだ。
探索者のイメージを損ないやがって……。
天音は探索者という職に感謝している。ここにこうしていられるのは、間違いなく探索者という職業があったからだ。その為、探索者にマイナスとなるような行動をする者を嫌悪していた。
だがまあ、今回の騒動は高校で起こった事案であり、それに対処するのは先生方である。だからここは、内心燻っている怒りを収めて、今はこの時間を楽しもうと友人二人と談笑を再開した。
◯
学校も終わり、友人に「じゃあ、また明日」と挨拶をした足で電車に乗ってギルドに向かう。
同じ電車に乗る同級生もいるが、ダンジョンのある駅で降りるのは天音だけだった。
いや違った。
前を見ると榊原が先を歩いていた。
その足も速く、あっという間に見えなくなってしまった。
「よほどダンジョンが好きなんだな……」
天音は榊原と違った足取りで、ギルドに向かった。
到着すると、借りているロッカーで着替えて髪をオールバックにする。こうすると自分の中でスイッチが入るから不思議だ。
師匠の時雨からは顔立ちから違っていると言われたが、そこまでの変化をしているつもりはない。というより、それだけ変化するのなら、それはもう変身と呼んでいいのではないだろうか。
「はぁ……行くか」
いつもの格好に着替えた天音は、一度ため息を吐いて待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所はギルドのエントランスにしており、幾つもある座席の一つに榊原は座って待っていた。
「榊原さん、お待たせ」
背後から忍び寄った訳ではないが、天音が話し掛けるとビクッと体を震わせていた。
「ひっ⁉︎ ふっ福斗さん!」
「ごめん、そんなにびっくりするとは思わなかった」
まさか話し掛けただけで、そんなに驚くと思わなかったので悪い気がしてくる。というより、気配を消しているつもりもないので、近付く前に気付いてほしかった。
そこら辺も訓練の一環で取り入れた方が良さそうだなと天音はメニューに加えた。
「じゃあ行こうか、今日も10階でやるから」
「はい!」
ダンジョン10階で現れるモンスターは消化能力の弱いスライムや、肉体の大半を失ったグール、武器を持たない非力なゴブリン、攻撃する意思のないウルフ系のモンスターが現れる。そこから先に進むと凶暴性が増して来るのだが、少なくとも10階で死ぬ探索者はほぼ存在しない。
そんな割と安全な場所でやるのは、魔力の操作の訓練である。
「落ち着いて循環させるんだ。魔力を全身に行き渡らせて、体の動きと連動させる。動いても魔力を乱れさせないように、それが身体強化の基礎の技術になるから」
「はい、すー……ふー……」
目を瞑り集中する榊原を見て、その魔力の流れを確認していく。まだ荒くはあるが全身に行き渡っており、その身を強化していた。
最初は魔力を感じ取ることも出来なかったのに、わずか数週間でここまでやれるようになっている。本人の才能もあるが、毎日欠かさずに練習しているのだろう努力の様子がうかがえた。
これならば、体育の授業での無双具合も納得である。
「じゃあ次は動いてみて、魔力の流れを止めないようにね」
「はい……」
すっと動くと榊原の魔力は乱れた。それは身体強化の途切れに繋がり、ダンジョンでは致命的な隙になる。
榊原もそれが分かっているのか、悔しそうに噛み締めている。それでも、自身で修正して少しずつ動いていく。
上手いな。
それが素直な感想だった。
天音のやり始めた頃はこれよりも酷かった。魔力の修正を出来ずに、一からやり直していたのだ。その点を見ると榊原は才能はあるのだろう。
身体強化の練習が終わると、次は魔法の練習である。
「あの、今日はモンスターと戦わないんですか?」
「前回戦ったからね、今日はその時に見つかった課題を解決する訓練の日だ」
モンスターと戦いたかったのか残念そうにしているが、天音の仕事は榊原を鍛える事であり、無謀な戦いをさせる事ではない。もちろん、それだけの実力が備われば戦わせるつもりだが、今は基礎から鍛えていくのが必要な時期だった。
「……くっ、維持できない」
魔法の訓練で行っているのは、最小の威力の魔法を維持するというものだ。
これは魔法の使い方と、体外に魔力を放出する量を調整する訓練にもなり、単純だが一石二鳥な訓練だ。探索者間では割とポピュラーな訓練方法で、魔法を得意とする探索者がよくやっている方法だ。
榊原は手に灯した火が呆気なく散ってしまい悔しがっている。身体強化の時とは違い、体外に放出するのは苦手なようである。
「榊原さんは前衛タイプの探索者だね」
「身体強化は慣れて来ましたけど、魔法はどうしても上手くいかないです……何かコツってないんですか?」
「続ける事かな」
「……それはコツではないです」
そりゃ努力や。そんな呆れた声が榊原から聞こえて来た。
「さっきも言ったけど、榊原さんは前衛が得意なタイプだ。これは、その人の得手不得手だからどうしようもないよ。そこで今後の方針を決めたいと思う。君は特化型と万能型、どっちになりたい?」
突然の質問にキョトンとする榊原。
少しして言葉の意味を理解したのか、じっくりと考え出す。しかし、答えが見つからないのか、天音の顔を見上げた。
「どっちが強いですか?」
「一概には言えないけど特化型かな」
「福斗さんはどっちですか?」
「万能型、僕はどっちも無難に出来たからね」
「福斗さんのオススメは?」
「君が決めなさい。ただ敢えて言うなら、自分の理想とする姿を想像してみると良いよ」
そうアドバイスすると、榊原は再び考え始めた。
しかし、いつまで経っても答えは出なさそうなので、パンッと手を叩いて意識を戻させる。
「まあ、これは次の時にまで決めておいて。今は訓練に戻ろう」
その後も訓練は続き、最後に天音との模擬戦をして終わりになる。
近付いて来るモンスターを追い払いながら、榊原に休憩を取らせていると、不思議そうに尋ねて来る。
「どうして倒さないんですか?」
襲って来るモンスターを倒さない天音を不思議に思ったのだ。
「ここのモンスターって倒し過ぎると、しばらくの間数が増えないんだ。だから新人が稼げるように、僕が倒す訳にはいかないんだ」
この10階で現れるモンスターは、生存競争に敗北したモンスターだと言われている。そのせいか繁殖力も低く、数が増えにくいのが特徴だった。なので、ある程度経験を積んだ探索者は、19階以前の階でのモンスター狩りを禁止されていた。
仮に天音がここでモンスターを倒しても、ギルドでは素材を買い取ってくれないのだ。だから無駄な殺生はやめて追い返すだけに留めている。
「そうなんですね」
納得した榊原に、今度は天音から尋ねる。
「最近の学校はどう?」
「え? え、あ、はい! とても毎日が充実しています!」
何気ない会話のはずだが、何故か榊原の反応が良い。
「そっか、それは良かった。ところで、体育の授業は普通に受けてるんだよね」
「はい、福斗さんに鍛えられているおかげで、今日の授業では大活躍でした! バスケだったんですけど、誰も私の動きに付いて来れなかったんです!」
「うん、まあそうだろうね。学校に探索者活動しているっていうのは伝えてる?」
「いえ、まだです。まだまともにダンジョンを探索してないので、その、恥ずかしいというか……」
「そっか、でも早目に伝えておいてね。榊原さんの身体能力は、もう一般人を超えているから。もしも、高校でトラブルがあって相手に怪我でもさせたりしたら問題になる。過去にも……」
照れているような仕草をする榊原を無視して、用件を伝える。
それから、過去に起こった事案を説明し、「分かりました。来週伝えておきます」という意思をもらった。
休憩も終わり、ダンジョンから出ると中年の男性とその奥さんから握手を求められる。
「娘がお世話になっております」
「福斗さんが助けてくださらなかったら、レナはもう……」
そう、彼らは榊原レナの両親だった。
いつもは一人で来て一人で帰っていたはずだが、何故か今日は家族が迎えに来ていたのである。
「あの、福斗さんごめんなさい。両親がどうしてもお礼がしたいって言うから、その……」
歯切れが悪いが、大体の事情は察した。
きっと天音がお礼をという要求を断ったせいで、こういう強硬手段に出なければならなかったというのだろう。
感謝される覚えは確かにあるが、天音としてはたまたまそこに居た同級生を助けた程度の認識でしかないのだ。
こうして感謝の言葉を述べられると、どうしてもむず痒くなってしょうがない。
「お気になさらずに、当然の事をしたまでですから」
だからもうやめて下さい。そういう意思を持って伝えたのだが、何故か父親の方がいたく感心した様子だった。
「おお、流石は熟練の探索者ですね。人助けを当然とは。どうぞこれからも娘をよろしくお願いします」
「え? ええ、お任せください」
言葉のニュアンスに引っ掛かりを覚えたが、鍛える事をだよな、と自己完結して引き受けてしまった。
「もう、お父さんやめてよ!」
恥ずかしそうにしている榊原を見て、天音は少しだけ羨ましいなと思った。
次の更新予定
2024年12月26日 06:00
ソロダンジョン Q.どうして正体を隠すんですか? A.いいえ隠してません、気付いてもらえないだけです。 ハマ @Hama777
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ソロダンジョン Q.どうして正体を隠すんですか? A.いいえ隠してません、気付いてもらえないだけです。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます