第2話
天音福斗の両親と弟が他界したのは、中学一年のときだった。
いつものように学校に行き授業を受けていると、教室に先生が駆け込んで来た。
血相を変えた先生は、大変なことになったと一言告げて、天音を病院まで連れて行った。
訳の分からない状況に混乱して、最初はどうして病院に連れて行かれたのかも分かっていなかった。そして、病室で対面した両親と弟の姿を見て絶望した。
今朝、弟が熱を出して病院に連れていくと言っていた。
父が仕事を休んで、車で病院に連れて行くと言っていたのも覚えている。
母も一緒に行って、必要な物を買うのだとも言っていた。
その帰り道に、大型トラックに衝突された。
トラック運転手は居眠り運転をしており、トラックを暴走させたそうだ。信号待ちしていた父の運転する車に衝突して、電信柱に突っ込んだ。その衝撃でトラック運転手も亡くなっているらしいが、だからどうしたという話だった。
返せよ。
父さんを母さんを、弟を返せよ!
トラック運転手の会社社長が謝罪に来たときに投げ掛けた言葉だった。
すまないと頭を下げている社長。
そんな謝罪で亡くなった人は帰って来ない。
ただ空っぽになった天音は、喪失感からなにもやる気が起きず、家に引き篭もるようになった。
学校にも行かず、ただ部屋で寝て起きて、また寝る日々。
食事を摂るのも辞めてしまい、もういっそ死んでしまおうかと頭を過るようになったときあの人は現れた。
「なに死のうとしてんだ? お前の親がそんなの望むと思うのか?」
突然現れた女性は、包丁を持ち自殺しようとした天音を殴り飛ばして止めた。
「何なんですか? 強盗なら好きに持っていって下さいよ。どうせ僕は死にますんで、通報もしませんよ」
「馬鹿が! 叔母の顔も忘れたのか! 姉ちゃんに似て賢いのかと思っていたが、とんだ見込み違いだな。これじゃ姉ちゃんも浮かばれん」
「叔母さん?」
「そうだ。お前の身元引受人になった。これから一緒に暮らして、鍛えてやるから覚悟しろよ」
これが、どうしようもない叔母であり師匠との出会いだった。
⭐︎
「本日の買取金額は34,500円になります。こちらの札を外の窓口にお持ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
受付嬢はお礼は言っても、感情を全く見せない天音の態度に苦笑をこぼす。
相変わらずだなぁと思いながらも、学生だというのに驚異的な速度で強くなっていく天音に心配もしていた。
強くなっているというのは、それだけの脅威に立ち向かっている証拠でもある。そしてそれは、命の危険を犯しているという証明でもあった。
「天音君」
「はい」
「無理しないようにね」
「……はい」
ギルドで換金を終えた天音は、いつも通りコンビニに寄って惣菜とお菓子を購入する。
家でご飯は炊いているので、あとはおかずと味噌汁があれば十分だ。即席の味噌汁は常備しており、お菓子はいつもの気分で決めている。
成人すれば、これにお酒も追加するのかなと思いながら、天音は家路に付いた。
レンジで惣菜を温めながらご飯をよそう。
その間にレンジがチンと鳴り、温めが完了したのを知らせてくれる。
テレビを付けて、スマホをいじりながら食事をしていると、ある人物からメッセージが届いた。
「……師匠」
メッセージアプリを開き、長押しして内容を確かめる。こうすれば、既読を付けずに中身を確認出来るのだ。
『近々帰る。70階まで行くから準備しとけ』
よし、見なかったことにして、泊まりがけでダンジョンに行こう。
ぐっと手を握り、そう決意すると再びメッセージが届いた。
『無視した場合はコロス』
「……」
天音はメッセージを開いて、了解と一言だけ返信した。
「はぁ〜」
「どうした天音? ため息なんか吐いて」
翌日、学校に登校して席に座ると、師匠のメッセージを思い出してため息が出てしまった。
「ちょっと苦手な人が帰って来るんだ。逃げたいんだけど、逃げたら逃げたで後が怖くて」
「あーあれな、お母さんの妹さんが帰ってきて、裏山けしからん事されるってやつだろ?」
「なにそれ? うらやまっていうか、どっちかと言うと地獄かなぁ」
「そんなに搾り取られるのか!?」
「だから何の話?」
「天音、ぷっちょの話はまともに聞くな。聞いてる方が頭いかれるからな」
「何だとこの! 俺は健全な男子の発想をしているだけだ!」
ぷっちょとは別の友人である高倉君がアドバイスしてくれる。
高倉君は卓球部に所属しており、先月行われた大会で好成績をおさめたと学年集会で表彰されていた。
そんな高倉君だが、大のアニメ好きで、特撮好きのぷっちょとは話が合い仲良しなのだ。だから軽口を叩けるし、その程度で怒ることもない。
そんな話をしていると、カースト上位の男女4人が教室に入って来た。
「あっ、無事だったんだ」
「ダンジョンで死にかけて大変だったみたいだぞ」
「助かって良かったねー」
彼らの登校は二週間ぶりになる。
ダンジョンで遭難して無事に帰還したは良いが、その後の手続きや事件性がないのかを調べられて、長時間拘束されたそうだ。
今回の件で一番怒られたのは茂木だった。
何せ、引率者である兄の忠告を聞かずに、宝箱のトラップを発動させたのだから。プロの探索者を目指しているのなら、それくらいの警戒はしておくべきなのに、それすら出来ていない。
はっきり言って、才能は無いなと天音は評価した。
無言で入って来た4人は、何の言葉も発さずに席に座り授業の準備を始める。
自覚しているのだろう。
好奇の目で見られているのを。
何か口にすれば、面白がって聞いて来る奴がいると理解しているのだ。
そんな4人の心境を知ってか知らずか、一緒にダンジョンに潜り一番被害を受けた榊原が隣のクラスから現れた。
「真希、あの人から連絡ってまだないの?」
「レナちゃん。ごめん、なにも無いんだ。どうも向こうが拒否しているみたいで……」
「……そっか、そうだよね。迷惑かけちゃったし」
それだけ言うと、残念そうに肩を落として去っていく榊原。
その様子を見て、悔しがっているのは茂木も同じで、その心境がどういうものか察せられなかった。
「なんか、面白いな」
「ぷっちょ、それはいくらなんでも性格が悪すぎる」
少なくとも、彼らは助かったとはいえ命の危機に瀕したのだ。天音はそういう経験は山のようにあり、そのどれもが笑えるものではなかった。そして、その経験を近々行う予定だったりする。
天音は一人で、彼ら以上に気持ちが沈んでしまった。
⭐︎
「本日の買取金額は1,724,000円になります。こちらの札を外の窓口にお持ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
今回のダンジョン探索は運が良かった。
40階から始めたのだが、この短時間で宝箱を発見できたのだ。最初はトラップを疑ったが、罠らしき魔力反応は無く、本物の宝箱だと分かった時のテンションはかなりのものだった。
これで、準備が出来る。そう天音は安堵する。
師匠との探索は、いつもギリギリの状態まで追い詰められるので、準備を怠れば文字通り死ぬ可能性が非常に高かった。
しかも今回は70階まで行くという。
前は60階まで師匠のサポートを受けながらいき、そこから50階まで一人で戻って来いという鬼畜なものだった。
恐らく、同じことをやれと言われるだろう。
天音はそう予想して、時間をかけて入念に準備をしていた。
だから、邪魔はして欲しくない。
「お願いします。プロの探索者に成りたいんです! 私を弟子にして下さい!」
札を外の換金所に持って行くと、何故か榊原と出会ってしまった。いや、この場合は、待ち伏せされたと考えるべきかも知れない。
それよりも、今、弟子にしてくれと今聞こえたけど……と天音は耳がおかしくなったのかなと、自分の耳を疑う。
「えっと……今なんて?」
「弟子にして下さい。貴方のような強い探索者に成りたいんです!」
聞き間違いじゃなかった。
彼女は榊原レナは弟子になりたいと言っていたのだ。それもプロの探索者に。
ならば、天音の答えは一つしかなかった。
「ごめん、無理」
「どうしてですか⁉︎」
「それは、僕が修行中の身だからだよ」
そう天音自身、修行中の身なのだ。
そんな中途半端な奴が弟子を取るなんてあってはならない。
決して面倒くさいなー、何で僕が同級生を弟子にしなきゃいけないんだ。茂木くんのお兄さんプロなんだから、そっちに行った方が良いのに。なんて思ったりなんかしていない。
「そんな……あんなに強いのに」
「僕は弱いよ、強い人は他にたくさんいる。それこそ、上を見ればキリがないほどに」
だから他を当たって下さい。
そう願いながら発した言葉だが、なにをどう捉えたのか、何故か榊原は感動した様子だった。
「凄いですね……常に上を目指しているなんて」
なんだか勘違いされてる気がする。
これで諦めてくれるならと思っていたのだが、どうにも反応が良ろしくない。
「そういう事だから、僕はこれで……」
「待って下さい! せめて名前だけでも教えてきゃ⁉︎」
天音は風を巻き起こして、高速で榊原の前から姿を消す。
別に、やっぱり気付いてないんだなとか、そんなに存在感薄いのかとかショックを受けている訳ではない。
ただ彼女の為にも、これ以上関わってはいけないと思ったのだ。下手したら師匠の餌食になる。いろいろ面白がって何かして来る可能性すらある。
だから、お互いの為にも関わらない方が良い。そう判断したのだ。
⭐︎
「お久しぶりです。師匠」
「ああ、準備は出来ているか福斗?」
週末になり、祝日含めて明日から三連休となった金曜日の夜、師匠である神坂時雨がやって来た。
三十代後半ではあるが若々しい見た目をしており、格好も所々露出しており、動き易さ重視とは言っても限度があるほどだった。
探索者として守るべき箇所以外は、薄手の布か何も無い状態で、周囲の探索者の視線が突き刺さっていた。
だが、侮る者はいない。
「神坂時雨だ」
「舞姫か!?」
「あれが全国で五指に入るほどの探索者」
そう、露出狂な叔母さんではあるが、天音の師匠は国内でも有数の探索者だった。
尊敬の目を向けられる時雨。
しかし、そんな視線に慣れているのか、気にした様子はない。
時雨は天音を上から下に見ていき、満足そうに頷いた。
「うむ、しっかりと鍛えているようだな。50階層後半くらいまでは問題ないだろう。そこまでは福斗に任せる。分かったな」
「はい、今回も以前と同じ感じですか?」
「そうだ、70階までは連れて行ってやる。そこから60階のポータルまで戻って来い、もちろん一人でな」
「……」
「どうした? 不満でもあるのか、準備もしているんだろう」
「いえ、休みが終わるまでに帰って来れるかなと思いまして」
「それは福斗次第だ。間に合わなければ学校は休めば良い。それに、今さら学校に執着する理由もないだろう」
いっそ辞めろ。安易にそう言っているようで、天音は黙ってしまう。
時雨の言う通り、天音が高校に通う必要性は薄い。
探索者として十分に稼いでおり、専業でやれば年収1億円も夢ではない。命の危険はあっても、天音クラスの強者ならば30階までの低層で遅れを取ることはなく、プロの探索者としても十分にやっていけた。
それでも天音は高校に通うのを辞めない。
大学にも行きたいし、普通に就職もしたい。
普通の友達も欲しいし、普通の恋人も欲しい。
もっと言えば、人との交流を残しておきたかったのだ。
他人との交流が無くなると、殺し殺されての生活だけになってしまう。そんな人生を送るのが単純に嫌なのだ。
無言の天音が何を考えているのか察した時雨は、ニッと笑い行くぞと声を掛けた。
何かに執着する奴は強い。
それがどんなに下らないモノだとしても、それを守る為に必死になる。それは大切な力であり原動力になると時雨は考えていた。
更に言えば、自分の甥が普通の暮らしに執着しているのを察して、内心安堵していたりする。
天音を探索者という道に引き摺り込んだのは時雨だが、あの時はああするしかなかった。
それだけ、あの時の天音は絶望して追い詰められていたのだ。
絶望した奴に希望を抱かせる方法を、時雨はひとつだけ知っていた。
それは、死という絶大な絶望を見せて、生という僅かな希望にしがみ付かせる方法だった。
それを実行した。
そして、天音はどっぷりハマってしまった。
感情表現の乏しい天音だが、ダンジョンとなるとスイッチが入って別人のように変貌する。顔付きもキリッとしており、普段の天音と同一人物とは思えないほどの変わりようである。
そんな天音が、普通の生活に執着しているのが叔母としては嬉しかったのだ。
⭐︎
息が切れる。
襲う爪を掻い潜り、風の刃を鉈に纏わせるとアースドラゴンの巨大な身体に振り下ろした。
ギギギッ! と金属音が鳴り響き、アースドラゴンの鱗を突破し、下の肉を切り裂いた。更に体内に向けて風を流し込み、内部から破壊しようと試みる。
獣の咆哮が上がる。
痛みと命の危機に反応したアースドラゴンは、魔力を暴走させた。
アースドラゴンの肉体の強度が増し、体内から魔力が溢れ出して、危険な魔力を取り除いていく。
「くそ」
天音は鉈を引き抜き、アースドラゴンから飛び退く。しかし、暴走した魔力は盛大に爆発して、天音の肉体を弾き飛ばす。更に、アースドラゴンの魔力により地面は隆起し、周辺の大地を空へと跳ね上げてしまった。
それに巻き込まれた天音は、錐揉みしながら空へと上がる。
風を操り何とか体勢を整えると、空に足場を作ってアースドラゴンを見下ろした。
すると目が合った。
アースドラゴンは天音を捉えており、口を空に向けてブレスの準備をしていたのだ。
ドラゴンの息吹は、純粋な魔力に破壊の指向性を持たせただけの物である。
ただ壊すためだけの魔法。
ただ殺すだけの魔法。
その威力に個体差はあれど、ブレスを放つドラゴンは強力な個体の証でもあった。
ブレスが放たれると同時に、天音の姿が消えた。
それを認識したアースドラゴンはブレスを止めようとするが、それは叶わない。
ゴッと音が鳴ると同時に、アースドラゴンの口が強制的に閉じられてしまったのだ。
破壊の息吹はドラゴンの口の中で暴れて破壊し、頭部に深刻なダメージを与えた。
再び目が合う。
鉈を持つ天音は、アースドラゴンを見つめながら失った口の部分から脳天に掛けて風の刃を走らせた。
力を失い、ドウと音を立てて倒れるアースドラゴン。
もう動かないのを確認した天音は、息を吐き出して少しだけ力を抜いた。そして即座に腰を屈めて、頭部に放たれた一撃を避ける。
その場から飛び退いて大きく距離を取ると、新たなモンスターが姿を現した。
それは、先ほどのアースドラゴンの番であり、更に強力な個体でもあった。
時雨に連れられた天音が70階に到着したのは、初日の暮れ頃。そこから中央まで行き、遠くまで投げ飛ばされてからがスタートだった。
着地早々にアースドラゴンとの戦闘が始まり、その番との死闘を繰り広げて見事に勝利した。
大金を払って下調べをしただけに、モンスターの弱点も癖も大抵把握していた。課題だった天音の戦闘技術も、十分に通用すると確信が待てた。地形も大体頭に入れているので、ここが何処かも分かっている。
だから、あとは帰るだけ。
と、思っていたら早々に躓いてしまう。
69階に移動した所で、情報に無いモンスターが現れたのだ。
それは体長2mほどの人型のモンスター。
体色は濃い紫色で毒々しいイメージを抱かせるが、引き締まった肉体は芸術品のように整っていた。また、装備も人が使用する物に似ており、胸当てや手甲、脛部分をガードする防具を身に付けていた。
そこまで見れば、少し変わった人とも言えなくもないが、決定的に違うのはその頭部にあった。
口が一つに鼻は無く、目は大きな物がひとつだけあるだけだった。
オーガのようにも見えて、サイクロプスの特徴を持っている肉体。魔力の保有量は、これまで見てきたモンスターの中でもダントツに多い。
仮に単眼オーガとでも呼ぼうか。
その単眼オーガは手には何も持っておらず、天音の存在を認めるとニィと醜悪に染めた。
天音は最速でその場を飛び退く。
すると、先ほどまで立っていた地面は爆ぜて、単眼オーガが右足を落とした格好で立っていた。
「……けっこうまずいかな」
単眼のオーガに対して脳内で警笛が鳴る。
危険な敵だと認識して、逃げろと訴えて来ていた。
だから即行動する。
地面の砂を巻き起こして目眩しに使うと、その場から離脱する。
風を纏った高速移動は、天音にとって最速の移動術であり最大の武器でもあった。たとえ魔力で痕跡を残そうとも、逃げ切れる自信があった。
それがあっさりと崩される。
「くっ⁉︎」
単眼オーガの拳が天音を襲う。
最高速度に達したにも関わらず、簡単に追いつかれてしまったのだ。目眩しに効果はなく、歪んだ笑みで殺意が宿った拳が振るわれたのである。
鉈を盾に受け流すが、余りの威力にヒビが入ってしまう。何度も攻撃を受けては、武器を失い何も出来ずに終わってしまうだろう。
だから風の刃を連続して放つ。
全方位から隙間なく風の刃が単眼オーガを襲うが、避ける素振りも見せない。
風の刃が直撃すると、辺りに強烈な風が巻き起こる。
「……くそっ」
弱点があれば、何かしら庇う素振りがあるはずだと予想して注意深く見ていたが、結果はかすり傷一つも付けられないどころか防ぐ素振りさえ無かった。
まともに戦っては勝てない。
そう結論付けた天音は、ピンボールのような玉を単眼オーガに投げ付ける。
単眼オーガは気にする素振りも見せずに、それを叩き落とそうと拳を動かす。そして、玉と接触した瞬間に強烈な音と閃光が発生して、単眼オーガの視界と三半規管を狂わせる。
一瞬の隙で命を落とす戦いの中で、それは致命的な物であり、それを理解している単眼オーガは目を閉じながらも、接触した瞬間のカウンターを狙って警戒する。
何処からでも来いと、弱い敵を葬ってやろうと構える。
だが来ない。
単眼オーガの回復力は人のそれではなく、モンスターらしい再生能力も持っていた。だから数秒で視界も三半規管も元に戻ってしまう。
そして視界が戻ったとき、そこには誰も居なかった。
天音は当初の予定通り、逃げ出したのだった。
⭐︎
結論から言うと、天音は単眼オーガと対峙する。
必死に逃げたは良いが、ここは天音の適正以上の階層である。単眼オーガ以外にも強力なモンスターは多く存在しており、勝ったり敗走したりと苦戦しまくったのである。
それでも、単眼オーガから逃げて逃げて必死に逃げて60階まで来たのだが、階を超えて追って来る単眼オーガを、どう考えてもこいつユニークモンスターだよなぁとなったのである。
モンスターは基本的にその階層で生息するのだが、階層を飛び越えて来る個体も存在する。それは良いのだが、更に厄介なのが地上に出て来るモンスターである。
その個体は総じて強力であり、地上に多くの被害を齎すのである。それをユニークモンスターと呼んでいるが、この単眼オーガはそれに当たると天音は判断した。
だから対峙して戦いに戦った。
ポータルの近くというのもあり、思う存分にやれた。
全てのアイテムを使い切り、魔力を戦闘技術を注ぎ込み、単眼のオーガと一時は戦えていた。
正直、いざとなれば師匠が助けてくれるだろうという打算もあった。
だが、その打算は脆くも崩れ去る。
左腕をへし折られて、肋を砕かれ、右目を失い満身創痍な状態になっても現れなかったのである。
流石にこれは死ぬな、そう思い諦めようとしたのだが、体が勝手に動いていた。
「あはは」
無表情な顔に笑顔が張り付く。
追い詰められているというのに、口が弧を描いてしまい、この状況を楽しいと感じてしまっていた。
天音自身は戦闘狂のつもりはない、痛いのは嫌だしキツイのも嫌だ。無用な殺しも嫌だし、死に至る思考も今はもう無い。それなのに、死ぬであろう戦いを楽しんでいた。
自分の気が狂ってしまったのかと心配になるが、これまでにないほど体に力が漲っていた。集中力も高まっており、一つだけ勝てる手段を思い付いた。
出来るかどうかも分からない。
通用するかも分からない方法をやる。
どうせ死ぬのなら、足掻いてやろうじゃないかと更に気持ちが昂った。
魔力を精密に操作し、大気を操る。
どれほど体を強化しようと、この単眼オーガには敵わない。ならば魔法に頼るしかなかった。
そんな天音を危険に思ったのか、これまでにないほどの猛攻を始める。拳に蹴りに、何もかも破壊しそうな威力を宿らせ天音を襲う。
それを大きく避け続け、無理なものは鉈を盾にして防ぐ。その過程で武器を失うが、気にする必要はない。ただ魔法と時間を稼ぐことに集中する。
単眼オーガに弱点は無い、そう思っていた。
頑丈な肉体に膨大な魔力。その身体能力を最大限に活かした格闘術。天音の攻撃力では傷を負わすことも出来ず、ただ攻められるだけ。
だが、と気付いた。
一つだけ通用したのだ。
閃光と音は一時的とはいえ通じたのだ。
ならば、その肉体は普通の生物の構造に近いのではないかと考えた。
天音を攻め続ける単眼オーガの呼吸が荒くなる。
それにつられるように動きに精細さを欠き、段々と鈍くなっていく。
その頃になると、避けるのにも余裕ができ単眼オーガを観察できるようになっていた。
狙いは当たってたなと、冷めた目で見ながら倒れる単眼オーガを観察する。
その顔はいつもの無表情に戻っており、戦いを楽しんでいる様子は無くなっていた。
「ふう」
地面に倒れてもがき苦しむ単眼オーガ。
酸素を求めて転げ回るが、その動きさえも苦しむ結果に終わってしまう。
天音がやったのは、呼吸に必要な酸素を奪うことである。
大気を操り、単眼オーガの周囲の大気を薄くしていったのである。
精密な魔力操作と持続させる集中力を必要とされる技術だが、今の自分ならと実行したのだ。それでも、上手くいくかは賭けでしかなかった。
モンスターの中には、呼吸を必要としない個体も存在する。それに、魔力を少しでも放出されたらこの技は霧散されて意味を成さなかった。
この単眼オーガが肉体の内のみで魔力を回しており、放出出来ないとタイプだと気付かなければ、天音は死んでいただろう。
もがき苦しみ、やがて動かなくなった単眼オーガ。
それでも暫くは魔法を継続して、確実にその命を奪う。
あれだけ派手に動き回っていた単眼オーガも、最後は大地で溺れて死んでしまう。その死に派手さは無く、ただただ苦しんだ最後だった。
「よくやったな」
背後から声が届く。
それは師匠である時雨のもので、単眼オーガ相手に勝利したのを祝福したものだった。
遅いですよと抗議しようとしたが、体から力が抜けてしまい倒れてしまう。同時に単眼オーガに掛けていた魔法も解けてしまうが、もう必要もないだろうと再び掛けるのを辞めた。
倒れる体は、時雨により抱き止められる。
「キュクロプス相手に勝利するとは思わなかったぞ。成長したな」
「キュクロプス?」
「サイクロプスの亜種モンスターだ。90階以降に生息しているが、ここまで降りて来ているとはな」
ユニークモンスターじゃなかったのかと安堵すると共に、少しだけ残念に思ってしまう。
別に力を誇示したい訳ではない。ユニークモンスターを倒せるまで強くなれたのなら、もう叔母に心配を掛ける必要もないのではないかと思ったのだ。
叔母が心配しているのは、何となく察していた。
弟子として厳しくされてはいるが、天音を甥としても愛情を持って接しているのも理解していたのだ。
だから、残念だなぁと思いながら天音の意識は薄れていった。
「まさか勝つとはな」
意識を手放した甥を受け止めた時雨が呟く。
本来ならここに存在しないモンスター。脅威的な身体能力を備えたキュクロプス。
90階まで行く探索者でも遅れを取るというのに、単身で撃破してしまった。相性もあったが、それは快挙と呼べるものだった。
「流石は私の弟子だ」
そう自身も含めて賞賛する。
ここまで育てたのは、時雨の腕によるところが大きい。元々才能はあったが、それでも道筋を示したのは時雨である。教えれば何でも覚えて実行できる学習能力。それを応用した使用もでき、何処までも成長していく。教えるのが楽しくてしょうがなかった。
天音を弟子にして3年。
たった3年で、70階でも生き延びられる力を身に付けてしまった。プロの探索者でも、一握りの存在しか到達出来ない階層である。それもソロでだ。
何処まで強くなるのだろうかと、今後の成長が楽しみになってしまう。
それと同時に心配にもなる。
甥である天音が、引き際を間違えて命を失うのではないかと不安になるのだ。
姉の忘れ形見である天音だ。大切にしたい反面、弟子にしたからには中途半端にも出来ない。
どうしようもないジレンマに時雨はイライラとする。
「お前は死んでろ」
だから八つ当たりで、息を吹き返したキュクロプスを四肢を切断して始末した。
仮にも深層に生息するモンスターだ。呼吸が出来ない程度で死んだりはしない。それでも、一度は倒れたのだから天音の勝利だ。
時雨はそう称して、天音を抱えて地上に戻った。
⭐︎
ダンジョンから無事に脱出した天音は、ギルドで治療を行うと時雨と一緒にギルドを出た。
外は夕焼けに染まっており、一日が終わりに向かおうとしていた。
明日から学校があるので、早く帰って休みたい。治療したとはいえ、体力が戻った訳ではなくクタクタなのだ。
きっと12時間は寝るだろうなと予想して早く帰ろうとしたのだが、そこでまた出会ってしまった。
「お願いします! 話を聞いて下さい!」
そう、榊原が出待ちしていたのである。
もしかして、僕がダンジョンに入っている間、毎日待っていたのだろうか?
そんなヤベー奴に目を付けられたのかと、天音は内心戦々恐々としていた。それこそ、キュクロプスに匹敵するほどの恐怖だ。
「なんだ福斗? お前の彼女か?」
「止めて下さい、ただの知り合いです」
何が楽しいのか、ニヤニヤしながら時雨に尋ねられる。
同級生ではなく知り合いと言ったのは、こんなヤベー奴に知られたら何をされるか分かったものではないと思ったからだ。
「福斗さん? 福斗さんって言うんですね! 私は榊原レナって言います。お願いします! 何でもしますから弟子にして下さい!」
「いや、だから僕はまだ修行中の身で……」
「良いんじゃないか」
「良くないです。師匠は口を挟まないで下さい」
やんわりと拒絶しようとしていたところを邪魔されてムッとしてしまう。
時雨の顔は相変わらず笑っており、楽しんでいるように見える。
このクソババア。
口に出せば殺されるので言わないが、マジで黙っていて欲しい。
「この前も説明したけど僕は修行中で、人に教えられるほどの知識を持ってない。何もかもが中途半端なんだ。悪いけど、他を当たった方が君のためだよ」
「そんな、それでも私は……」
明確な拒絶を受けて、涙目になる榊原。
その反応を見て、もの凄く良い笑顔になった時雨は、お節介おばさんの如く口を出す。
「構わないだろ、面倒見てやれ」
「叔母さん、勝手なこと言わないでください」
「これも修行だ。他人に教えることで見えてくる物もある。私がそうだったんだ、甥のお前も何か得るはずだ」
そう、したり顔で宣うが、楽しんでいるのは明らかだ。
そして、その言葉を聞いた榊原は、花が咲いたような笑顔を浮かべて期待した表情になる。
余計なことを……。
それでも断ろうと言葉を探すが、その前に時雨が更に続けた。
「命令だ福斗、この娘を弟子に取れ。断れば今から80階だ」
「…………週2で良いなら」
「本当ですか⁉︎」
やったー! と喜ぶ榊原。
反対に、本当に同級生に教えるのかよとゲンナリしている天音。
それを楽しそうに眺める時雨と、なんとも言えない光景がそこには広がっていた。
次の日、精神的にも疲弊してしまった天音は寝坊してしまった。
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