雪の日の影。(短編創作フェス・お題「雪」)

猫寝

第1話 雪の日の影。

 高く積もった雪の中に手を入れると、その手を握られたような気がした。


 驚いて手を雪の中から引き抜いてみるけど、もちろんそこには何も握られてなんかない。

 ただ、手の温度で少し解けた雪があるだけだ。


 この辺りは雪深い地域で、たまに雪に埋もれてしまう人もいると話には聞いているけど……まさかね。

 少しの怯えと、それ以上の興味をもう一度雪の中に手を入れる。


 やはり握られているような感覚があるが……しかしそれは確かなものではなく、とても朧気だ。

 そんな曖昧なものを握り返そうとしても、当たり前のようにそれはこの手をすり抜けていく。いや、溶けていくと言うべきだろうか、雪ならば。


 ふと、手にぬくもりがあるように感じた。

 雪の中にそんなものが存在するはずもないのだけど、触れられた感覚に加えて温度まで感じるとなれば何かがあると思う方が筋が通っている。


 だが、何もないのだ。

 霞のような掴めない感覚だけが積み重なり、何かがあると信じたくなるが、確固たるものは何一つない。

 そうなると、それはもう「ある」とは言えない。

 ただ、「ない」のだ。


 それでも――――と、もう一度だけ手を入れる。

 握られているような感覚、ほんのり暖かい温度、それは確かにそこにあるけれど、それ以上には何もない。

 中を覗き込んでも何もない。

 しかし手を入れればそこにある。

 だけど掴むことはできない。


 形のない、あるかどうかも分からないものが、そこにある。

 それは、「ない」のとどう違うのかと考えて、すぐに考えることをやめた。


 「ある」のか「ない」のか、そんなことはきっと重要じゃないんだろう。


 不意に呼ばれたような気がして振り替えると、誰かが作った小さな雪ダルマがそこにあった。

 思えば昔から、雪ダルマが動き出すような物語はいくらでも存在していた。

 けれどそれは、いつ、どの段階で生命が生まれるのだろうか。


 丸められ、形を作られ、石だとか木の実だとか石炭だとかボタンだとか、そんなもので目を付けられて、そこいらの枝で口を作られ、時にはニンジンを鼻とされ……命が生まれるとしたら、どこなのだろう。


 もし、もしも――――最初から命があるのだとしたら。


 振っている雪に、そして積もった雪に、もう既に心があるのだとしたら――――。


 私の手を握り返したのは、そういうものだったのかもしれない。


 だってそもそも、人の形を模したものだけに心が宿るなんて、あまりにも傲慢じゃないかな。


 だから―――――今も降り続いてるこの雪が止むまで私は、さっき手を包んでくれた暖かさと共にあるのだ。


 そう思ったらなんだか少し――――もう、寂しくない気がした。


 私は自分の黒い服に積もった雪を振り払わずに、そのまま少し乗せて歩いた。 



 なんだか、懐かしいあの人と歩いた景色を少しだけ、思い出した――――



                       了

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