ヨンタクロースのおくりもの

羽間慧

ヨンタクロースのおくりもの

 十二月二十三日。天皇誕生日の赤い文字が消えてしまった日に、わたしたちの小学校は終業式をする。


 一足早く冬休みに入れた、昔の人がうらやましいな。幼稚園とちがって、家に帰るまでの時間が長くていやになる。十二月にもなったのに、まだ話せる友だちがいないせいだ。四月のじこしょうかいでのとき、好きなものがだんごむしって言ったら引かれちゃったんだよね。そりゃあ、わんちゃんとかねこちゃんも好きだけど。きれいなツヤツヤな丸は、だんごむしにしか出せないと思うの。でも「きもーい」「やだぁ」といやがる人たちに、自分の意見は教えてあげない。


 さっさと大そうじを終わらせるために、ほうきさんの手はいつもより早くなっていた。もうふいていいよと合図される。うわばきやぞうきんの床にこすれる音が、いたるところで鳴り始める。


 わたしは手をぬらしたくなくて、ぞうきんを半分だけバケツの中に入れる。


「りんりん、さっさとしなさいよ。そうじがいつまで経っても終わらないじゃない」

「ごめん。すぐよけるね」


 ぞうきんをつかみ、中井さんが入れるスペースを作る。トレンドにうるさい中井さんは、今日も流行色をくつ下に入れていた。この子だけはわたしに話しかけてくれるけど、どことなくシンデレラのまま母みたい。気が向いたら、わたしに注意してくる。初めて会話したときも「すずだから、あだ名はりんりんでいいでしょ」とつっけんどんに言ってきた。それ以来、中井さんだけがりんりんと呼ぶ。いやだと伝えるきっかけは、とっくの昔に見失っていた。


「りんりんは冬休みに楽しみにしてることってあるの?」


 冷たい手にひいひい言っていたわたしの顔は、すぐに明るくなる。


「うん! クリスマスの朝が楽しみ! サンタさんはちゃんと用意してくれたかな? フィンランドからはるばるやって来るんだもん。プレゼントののせわすれがないといいなぁ」

「りんりん、サンタさんなんていないよ」

「そんなことない! いい子にしてたらサンタさんが来るって、お母さんもお父さんも言ってたもん!」

「ばかねぇ。ほのかのいとこのお兄さんはね、小学校最後のクリスマスイブにお手紙を書いたのよ。その手紙はどこにあると思う?」

「もちろんフィンランドのサンタさんのお家!」


 中井さんは首を振った。


「おばさんのさいふの中よ。大切なお礼の手紙なんですって」

「それは……サンタさんはプレゼントのリクエストがわかっても、日本語が読めなかったからじゃないの? お手紙に気づかなかったんだよ。サンタさんの住む場所が分からないと、おばさんも送ってあげられなかっただろうし」


 中井さんは、言い返すわたしを悲しそうに見ていた。


 サンタさん、中井さんのところにもプレゼントを届けてください。そうしたら、きっと信じてもらえるから。


 わたしがいのったとき、外の窓からコンコンと音がした。


「わしを呼んだかな?」


 小さな人形が、ぴょこぴょこジャンプしていた。赤い服に白いひげ。だけど、サンタさんの三角ぼうしとは形がちがった。赤いぼうしにモコモコはついていたけど、シルクハットみたいに遠くからだと四角に見える。

 わたしは窓を開けた。


「サンタさん?」

「うんにゃ。わしはヨンタクロースじゃよ。サンタクロースを信じなくなった子どものもとへ、クリスマス前にやってくるんじゃ」

「し、信じなくなったって、そんなこと大声で言わないでください! わたし以外に信じている人がいたら、おこりますよ!」


 教室を見回すと、なぜかみんな止まっていた。時間が止まったみたいに。


「魔法をかけておる。心配いらんよ。鈴ちゃん以外はわしの会話を聞けないし、見えとらん」

「すごい! やっぱりあるんですね! 魔法も」


 わたしは目を見はる。


「ここで問題じゃ。中井ほのかちゃんがサンタクロースを信じられない理由は? 一、家にえんとつがないから。二、空を飛ぶと法律に引っかかるから。三、フィンランドにいなかったから。四、スマートフォンをほしがったから」

「えっ? 二番かな」

「ブッブー! 不正解の神代かみしろ鈴ちゃんには、これをくれてやるわい」


 ヨンタクロースは白い袋をわたしに向ける。テレビで見るクリーム砲だったらいやだ。


 よけようとした体に当たったものは、クリームではなかった。

 口の中にも入ってきて、むせちゃった。


「つめたっ! なんなの、雪?」

「正解じゃ。すぐに考えたら、問題の答えもわかるじゃろうに。高いプレゼントをねだられると、サンタの代わりをしてくれている親が困るじゃろ?」

「おかしのつめあわせじゃなくて、もっと高いものでもいいんじゃないかとは言われてる」


 そのまま大人になるんじゃよと、やさしい声をかけられた。わたしはおかしでいいのに。どうして中井さんはスマートフォンがほしいのかな。


「夏休みはなかなか会えなかったみたいじゃからな。友だちといつでも話せるように、スマートフォンがいるようじゃ。ちがうクラスになる前に、なかよくなりたいんじゃろうな。りんりんと」

「えっ?」


 わたしのためにスマートフォンをねだって止められたから、サンタさんを信じなくなったの?

 いつもおこられてばっかりだったから、やさしい心を持っている子だってわからなかった。


「これから魔法をとく。自分のするべきことはわかるな?」

「うん! でも、その前にプレゼントをもらってもいいかな? どうしても今じゃなきゃだめなの」


 ヨンタクロースはわたしのリクエストにほほえんだ。


「ほうほう。それくらい簡単じゃ。ただでやってあげよう!」


 校庭に降り積もっていく雪のじゅうたん。それを指さしながら、わたしはこう言うのだ。


 少し早いサンタさんからのおくりものだね、ほのかちゃん。


 クリスマスの朝、ほのかちゃんの家にはわたしと遊ぶビーズセットが届けられていたのだった。

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