スノードームに隠されて

先崎 咲

スノードームに隠されて

 その光景を見たとき、凡百の恋愛ドラマみたいだなと思った。


 クリスマス。予定があると言っていた彼が、キラキラしいイルミネーションに飾られたカップルだらけのスポットを女と歩いているのを見てしまった。幸せそうに腕を組んで、頬を寄せ合って笑っている。あっ、キスした。

 頬を染め、照れくさそうに笑い合う二人。傍から見ても熱烈なカップルであることは明白だった。

 その様子をなんだか見ていられなくて、目をそらし、私は街を足早に歩きだした。


 彼とは付き合って三年になる。大学を出て就職した企業の新人研修で出会い、意気投合。そこから、別の部署に配属されたものの、仕事の愚痴を言い合うために会うようになり、そこからトントン拍子で恋人になった。

 私との付き合いに不満を持っている様子は無かったのに。そんなことを思っているうちに、駅周辺のイルミネーションの森を抜けた。

 夜の暗さが戻ってくる。月は見えない。どうやら、今の天気は曇りらしい。


 いつも歩いている慣れ親しんだ道。毎日使っている通勤用のカバン。大切に使っている冬用のお気に入りのブーツ。彼が似合うと言ってくれた買ったばかりのコート。

 私自身は昨日となんら変わりなくここにあるのに、心はどこかに置いてきたかのように何も感じない。


 昨日までの幸せだった彼との思い出が、色褪せていくのを感じる。

 人間とは単純なものだ。たった一つの出来事で、今までの幸せがドブ以下になる。


 暗い空から、白い花びらのようなものが降りてきた。──雪だ。なんだか可笑しくて笑ってしまう。思っていたよりも大きな声が出た。

 通りすがりの人が、ギョッとした顔で私の方を見た。笑いすぎて涙が出た。


 雪がはらはらと降る街。去年のクリスマス、彼からもらったスノードームのように雪が舞う。私の視界はこんなにも揺れている。誰かが世界を振って、雪を降らせているみたい。

 この世界がスノードームなら、見る人はだれも私の涙になんか気に掛けないだろう。笑いながら泣いている女なんて、狂人が過ぎるというものだ。

 そう思うと、さらに笑えてきた。こんなに私は詩人だっただろうか。


 一人のホワイトクリスマスにしては、騒がしすぎる。家に帰ったらビールを開けよう。それと、彼のために買っておいたクリスマスプレゼントも開けてしまおう。

 そして、次のデートでクリスマスプレゼントをねだるであろう彼に言ってやるのだ。


「お前は駅前で女の子からキスをもらっていたでしょ」


 そう言ったら彼はどんな顔をするのだろうか。それだけで、楽しみで笑ってしまう。この際だ、盛大に振ってしまえ。私の人生があんな浮気野郎のせいで振り回されるなんてゴメンだ。


 雪に沈む世界で、私の笑い声だけが夜闇に響いていた。

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スノードームに隠されて 先崎 咲 @saki_03

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