そして おとぎ話が始まる

丸山 令

『魔法の鏡』認定試験

「では、問う。

 鏡よ、この世で一番美しいのは誰か?」


 そこは、荘厳な宮殿の大広間。


 玉座には、口髭を豊かに蓄えた柔和な印象の老人が座す。彼こそは、人徳者で名高いこの国の王。


 玉座の左右には、この国の重鎮と思わしき面々が並ぶ。


 その問いを口にしたのは、国王の右腕であり、怜悧狡猾であると影で囁かれている宰相であった。

 

 我は呆然とした。

 あまりにも、質問者のイメージに合わぬ問いである。


 ……否。

 全く合わぬわけでもないか。


 宰相は未婚である。

 これまで国のために ひたすらに働き続け、気づけば初老に差し掛かろうという年齢。自身を支えてくれる女性を必要としているのやもしれない。

 面食いだというのは意外だが。


 …………。

 

 或いは、王太子殿下の側妃を探している可能性はないか?

 先日結婚したばかりの正妃様は、公爵家の長女であり、柔和で人柄もよく 何より賢い。しかしながら、容貌は並であった。

 であれば、側妃に華を求めているのかもしれない。


 …………。


 待てよ……。

 そもそも『美しいのは誰か?』と問われただけで、何も女性に限ったことではない。

 すると、未婚の王女様のお相手に美しい男性を探しているのやも……?


 何れにせよ、我が為すべきことは、質問者の意図に沿う佳人を、世界中に散りばめた我が端子を活用して見つけ出すこと。

 その為には、こちらからも幾つか質問する必要があるが……。


「そんなん、隣国の王のところに今度嫁ぐ、ヴェッティーナ様に決まってますよ。

 ぱっちりとした青い瞳は清らかな水面のように澄み、ブルネットの髪は清楚かつ神秘的。しかしながら、ぽってりと厚い唇や口元のほくろ、グラマラスな肢体は妖艶そのもの!実にえろぃ……じゃなくって、実に艶やか。

 この世で一番美しいのは、ヴェッティーナ様で間違いありません!」


 我の思考を打ち破って声を発したのは、我の隣に置かれたもう一枚の鏡。


 それは、貴殿の好みであろうが……。


 無論、我が今ざっと検索した中でも、その女性は上位に入っている。

 されど、彼女は結婚が決まっている。

 迂闊な情報を与えると、隣国との無用な争いの火種になりかねない。


 我と同格として、この『魔法の鏡認定試験』を受けた物にしては、些か浅慮ではあるまいか?


 しかし、これは周囲の反応を見る良い機会でもある。

 我は黙して様子を伺った。


「ほう。流石は、宮廷錬金術師ブルーノの作った鏡。明快でわかりやすい」


「然り。我らが集めた情報とも、一致しておりますな。しかも返答までが早い!」


 ……概ね高評価のようである。

 なるほど。

 単純な性能の確認であったのか?

 であれば、我は考えすぎてしまったようだ。


 だが、宰相の出した問いである。

 裏の意図を感じてしまうのは、無理からぬこと。 

 その宰相は、顎に手を当て しばし黙すると、徐に口を開いた。


「では、やがて、彼女を超える美女が現れた場合、そなたはどう答えるか?」


「そりゃ、その美女の名を答えますよ。僕は、尋ねられたことに正確に答えるよう、作られてるんで」


 鏡面から赤い光を放ちながら、鏡は答える。


 宰相は、視線を鏡の後ろに立つ錬金術師ブルーノに向け、僅か首を傾げた。


「ブルーノよ。言葉選びに多少の難があるが、そこはどうにかなるものか?」


「はい。学習機能がついておりますので、ゆくゆくは持ち主のお気に召すようカスタマイズされていきます」

 

 ブルーノがハキハキと返答すると、宰相はうなずいた。


「さて。では、後手に回ってしまったが、名匠ヴァルディマーの鏡よ。そなたの回答を聞こう」


「同じ回答でも構わぬぞ?」


「はは。それでは、性能差がはっきりしてしまうというもの」


 真摯な目を向けてくる宰相とは対照的に、周囲を囲む国の重鎮らは、嘲るような視線を、我とその後ろに座る我が製造主に向けた。


 錬金術師ヴァルディマーは、老匠だ。

 かつては王宮に召し抱えられるほどの天才であったが、その思考は複雑で、性格は頑な。

 出来上がる品物は みな最高級品であったが、使う人を選んだ。

 そう言った事情で、誰もが使いこなせる便利な品を提供する若いブルーノに、立場を奪われたのだった。


 彼を理解できる者は一握り。 


 我は、そのヴァルディマーの最後にして至高の作品。

 老い先短い父が、文字通り命がけで作ったのだ。せめて、最後に一花咲かせてやりたいものである。


 我は、ほのかな青い光を鏡面に纏わせた。


「人の美醜とは、見る者の主観によって変わりましょう。よって、まずその情報を求める者の嗜好、またそれを尋ねた意図、状況を聞かねば、お答えすることはできませぬ」


「何と!」


「返答を拒否するとは、さすがは頑固者の作った鏡である!」


 立ち上がって抗議する重鎮らを、宰相は宥めた。


「静粛に。

 では、仮に先のヴェッティーナ嬢を そなたが選んだとして、それを超える美女が現れたとき、そなたは何と答える?」

 

「それを尋ねた人物、状況に応じて、回答は変動するかと……」


「……結構」


 宰相は僅か口角を上げると、踵を返して国王の元へ。

 幾つか言葉を交わした後、互いに視線を合わせて大きく頷いた。


 その場でこちらを向き直り、宰相は厳かに告げる。


「此度『魔法の鏡』に認定されたのは、ブルーノの鏡。こちらを、結婚祝いとして隣国に贈るものとする。

 鏡よ、喜べ。ヴェッティーナ嬢の元へ行けるぞ?

 ブルーノよ。素晴らしい出来であった。

 鏡裏面に王家の紋章を刻印し、急ぎ完成させよ。褒美は期待しても良いぞ」


「かしこまりました!」


 顔を上げて嬉しそうに微笑んだブルーノは、その場でもう一度頭を下げた。

 そして、『直ぐに仕上げる』と言って立ち上がる。


 彼は、去り際一瞬こちらに視線を向け、蔑むように笑った。


 我は、申し訳ない気持ちで一杯だった。

 考え得る限りの最良の答えのつもりだったが、結果として誰もが理解する回答を用意できなかったのが敗因だろうか?


 何れにせよ、認定試験には落ちてしまった。

 我は廃棄されるのだろう。

 項垂れる父に何も言うことができず、我は微かに鏡面を光らせる。


 そのとき、咳払いが聞こえて、我らは宰相に視線を戻した。


「さて。ヴァルディマーよ。そなたの鏡は、真に素晴らしいな!

 情報を収集するだけでなく、それを分析し使い分ける……ある種、人格のようなものすら感じる。

 それに国宝『賢者の鏡』の称号を与え、私のそばに置きたい。どうだろうか?」

 

 

 突然の大逆転に、我は鏡面を青く光らせ、ヴァルディマーは声も出せず、涙を流しながら何度も頷いた。



 こうして、我は現在、宰相の元に身を寄せている。


 宰相は、ヴァルディマーに爵位と何不自由ない生活を与え、我は端子を通して、その情報を確認することが出来た。


 この上ない幸せな結末。


 しかし、我には一つ気になっていることがあった。

 昨年隣国に贈られた『魔法の鏡』のことである。


「宰相様。昨日、隣国では、それは可愛らしい王女が誕生したようです」


「そうかね」


「我が国からのかつての贈り物が、災いの種子とならねば良いのですが……」


「予定より早いが、まだ数年は猶予があろう?それまでに、こちらも幾つか手を打たねばならぬ。

 無論、協力してくれるのだろうな?」


 不敵な笑みを浮かべる宰相を見て、我は理解した。

 それ故に、『魔法の鏡』はブルーノの鏡でなければならなかったのだ。


 表面上友好的であっても、相容れないから隣国は別の国なのである。


 なるほど。

 伶俐狡猾との噂は事実であったか。

 これなら、割れるまで飽きずに済みそうである。

 我は、鏡面を青く光らせて同意を示した。


 そしてその数年後、おとぎ話が始まる。


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