伝説の勇者選抜試験

内田ヨシキ

伝説の勇者選抜試験

 ――勇者がいない!


 魔王が出現してからというもの、各国は侵略を受け、平和は脅かされていた!


 しかし世界が危機に陥ったとき現れるという伝説の勇者は未だ現れない。


 いや、それらしき者たちはいた。


 腕に覚えのある者たちが次々と名乗りを上げ、魔王討伐の旅に出たのである。


 その者たちは、いずれも勇者と名乗るに相応しい勇気を持ち合わせていたが、誰ひとりとして帰ってくることはなかった。


 本物の伝説の勇者はどこにいるのか?


 それを明らかにするために、試験をおこなう運びとなった。


 伝説の勇者ほどの力を持つ者なら、必ず突破できるであろう。


 試験を受けさせるのは、魔王討伐を志願してきた者だけではない。試験官が各地を探し回り、才能を見出した者にも受けさせる。


 拒否権はない。強制だ。


 世界の命運がかかっているのだ。個人の人権など考えている場合ではない。


 試験は、ダンジョンに放り込み、最奥で待つボスを倒して帰ってきたなら合格とするものである。


 しかし、その難易度には非難が殺到した。


「こんな難しく、モンスターも強力なダンジョン、普通の人間に攻略できるわけがない! 有能な者たちを無意味に殺すだけだ!」


 試験を考案した責任者――怪我と高齢で引退していた元勇者は、冷徹に返した。


「では普通の人間に、魔王を討伐できるか?」


「む……い、いや……」


「ふふふ、その通り。我々は普通の人間など必要としない」


 その後も試験は定期的におこなわれ、何人もの受験者が倒れていった。


 こんなことは無意味ではないか、と誰もが思いかけた頃。


 元勇者が「こいつは見込みがある」と拉致してきた青年を、ダンジョンに放り込んだ。


 青年は怒り狂いつつも、これまでの受験者の8割が突破できなかった最初の試練――魔人ミノタウロスを簡単に撃破してみせた。


「クソがっ! てめえジジイ! オレを誰だと思ってやがる!」


「貴様が誰であろうと関係ない!」


 元勇者と青年は魔法により、思念で会話していた。


「この試験を突破したとき、貴様は初めて何者かになるのだ! 魔王を倒す伝説の勇者にな!」


「いや待て、なに言ってる、オレがその魔お――」


「黙れ! さあ次の試練だ!」


 次の試練は、トラップである。ミノタウロスが守っていた部屋の出入口が閉じ、そこに毒を溶かした水を流し込まれる。


 これを突破した受験者はいない。


「おおい! てめえジジイ殺す気か!? 勇者探してんじゃねえのかよ、勇者殺す気満々じゃねえか!」


「魔王討伐の旅の過酷さに比べれば、その程度の毒、なんともあるまい。これで死ぬ程度の勇者なら、今死なせてやったほうが親切というものだ!」


「だからオレが魔王だっつってんだろーが!」


「バカめが! 貴様が何者かになるのは試験を突破したときだと言ったはずだ!」


「話聞けよ! 狂ってんのかクソジジイ!」


 青年は毒水を剣圧で吹き飛ばし、壁をぶち破って先へ進んだ。


 元勇者は、にやりと笑う。


「ふふふ、そうこなくては」


「てめえここから出たら絶対ぶち殺してやるからな! 覚悟してやがれ!」


「それはいい! はやく殺しに来い! 楽しみにしているぞ!」


 青年は、元勇者が見込んだ通り、次々に試練を突破していく。


 そしていよいよ、最後の試練となった。


「最後の相手は、てめえってわけかよジジイ!」


「そうだ。この私を倒せたなら、貴様を本物の勇者として認めてやる!」


「認めなくていーんだよ! オレは勇者じゃなくて魔王なんだよ! てめえ魔王城に潜入して拉致しといてわけわかんねーこと言ってんじゃねえよ!」


「今の魔王にはこの私とて歯が立つまい。ゆえに、伝説の勇者を見つけ出すためなら、手段など選んではおれん! 自由が欲しければ私を倒し、魔王をも滅ぼしてみせろ!」


「話聞けよマジで!」


 ふたりの戦いは熾烈を極めた。


 激しい剣戟に、嵐のような魔法の攻防。


 そして激闘を制したのは――!


「……ふん、この老骨さえ倒せぬとは……」


「ちくしょう、なんだこのジジイ……強えぇ……」


 元勇者の勝利であった。


 倒れた青年は、諦めたように目をつむる。


「くそ……殺せ……ッ!」


「甘ったれるな!」


「はぁ?」


「貴様には、死より残酷な戦いの未来が待っているのだ! この私を、ここまで追い詰めたその力……やはり見込みがある。いずれ魔王を超える、伝説の勇者として覚醒するだろう!」


「……いや、すでにてめえが魔王超えてんだけど?」


「この老骨に頼るな! 未来は貴様らのような若者が作っていくものだ! さあ立て! 試験は特別に合格にしてやる! 貴様こそ、次代を担う勇者だ!」


「いやだから魔王だっつってんだろ!?」


 元勇者に担ぎ上げられ、青年はあれよあれよという間に次代の勇者としての待遇を受けた。


 各国の王たちとの謁見。旅の装備や心強い仲間たちも与えられたのである。


 そしていざ、旅立ちの日。


「さあ行け! 魔王を討ち滅ぼしてくるのだ!」


 と盛大に送り出されたのだ。


「いや、ただオレんちに帰るだけなんだが……」


 青年は大きくため息をついた。


「どーすんだ、これ? なにしに行くんだオレ?」


 ――そして伝説がはじまった!

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