不老不死になったがために

夜明け

不老不死になったがために

「不老不死になってみてぇ〜!」


学校が終わり、下校していた高校2年生の島田 圭人しまだ けいとは、バッグを振り回しながらそう言った。


「不老不死だなんて、なんでなりたいのよ」


圭人の隣を歩く幼馴染の笹倉 亜美ささくら あみが呆れたように問う。

すると圭人は振り回していたバッグを肩の後ろにして持ち、亜美より前に出て振り向いた。


「だってさ〜、高いところから落ちても車に轢かれても死なないんだぜ?すごくない!無敵だよ!」


子供のように目を輝かせる圭人。そんな彼を亜美はさらに呆れた表情で見つめる。


「ほんとになりたいって思ってんの?」

「思ってるよ!なれるもんならなってみたい」

「ふ〜ん…」


亜美は目を細めながら目を圭人からそらす。そして何かを思いついたのか、僅かに口の両端を上げた。


「ねえねえ圭人〜」

「な、なんだよ?」


亜美がなにか企んでるような声を出すため、圭人は身構える。すると亜美は「ふふっ」と笑った。


「本当に不老不死になりたいんだよね〜?」

「あぁ、なりたいよ。もしかして馬鹿にするつもりか?」

「いやいや、馬鹿にしないよ」


すると今度は亜美が圭人の前に出て振り向く。そしてパンッと手を合わせた。


「圭人くんに良いお知らせがありま〜す」

「なに?」

「私、不老不死になれる薬もってまーす」

「えっ、まじで?!」


圭人は目を見開いて亜美の肩を掴む。すると亜美は笑顔で頷いた。


「うち、来る?」

「行くに決まってんだろ!」

「りょーかーい。とりあえず手離して」

「あ、ごめん」


圭人はパッと亜美の肩から手を離すと、2人は再び歩き出した。


亜美の家にたどり着くと、圭人は家に上がった。


「お邪魔しま〜す」


圭人は前を歩く亜美に着いて彼女の部屋へ向かう。


「お前の家来んの久々だな」

「そうね〜。もう3年ぶり?」

「そんなに経ってんのかよ」

「早いよね〜」


そんな会話をしているうちに亜美の部屋にたどり着いた。亜美は部屋に入ると、バッグを放り投げてベッドに座る。そんな様子を見て圭人は口を開いた。


「なあ、本当に薬あんのか?」


すると亜美は口を”あ”の形に開ける。


「そうだったね。忘れてたわ」

「いや忘れんなよ。それがメインで来たんだけど」

「ごめんねー」


亜美は棒読みでそう言い、ベッドから立ち上がると引き出しを漁る。そして、白い錠剤が10粒ほど入っている小さい瓶を取り出した。


「薬って、それか?」

「そうだよ。はい」


亜美は圭人に瓶を渡す。圭人はそれを受け取り、中の錠剤を見つめる。

すると亜美はベッドに戻りながら説明をし始めた。


「これを寝る直前に飲むと、次の日には不老不死になってるよ」

「へ〜。何錠飲めばいいの?」

「何錠でもいいよ。多ければ多いほど効果あるから全部飲んだほうが確実かも。明日は土曜日だし、試してみたら?」

「おう!試してみるわ!」


圭人はバッグに瓶をしまう。それを確認すると亜美は立ち上がり、ドアを開けた。


「じゃ、用も済んだし早く帰って」

「急に冷たいな〜。まっ、ありがと!じゃあな!」


圭人は素直に亜美の部屋から出ると玄関へ向かう。そして靴を履くと振り返り、「じゃあな!」とまた言って外に出た。



その夜。圭人は勉強机の真ん中にある、亜美からもらった薬の瓶を見つめていた。


「飯は食ったし、風呂も歯磨きも済ませた。あとはこの薬を飲んで寝るだけだな」


圭人は瓶を手に取ると、蓋を開ける。


「確か、亜美は全部飲んだほうがいいって言ってたな」


圭人は手のひらに瓶の中の全ての錠剤を取り出す


「うわ、こんな量の薬飲んだことねえわ」


いざ飲むとなると量が多くて圭人は戸惑う。


「これ、2回に分けて飲んでもいいんかな?」


圭人はスマホを手に取り、メッセージアプリを開く。そして亜美に薬を数回に分けて飲んでもいいのか聞いた。すると、数十秒後に返事が来た。


「飲んでもいいんだ!あー、でもすぐ眠気がくるから早めに次のやつ飲まないとダメなのか〜」


圭人はスマホを机の脇に置くと、手のひらで山になっている錠剤を見る。そして「よしっ」と小さく言った。


「もう一気にいっちゃうか!」


圭人は大きめのコップに入れてある水を口の中に含み、錠剤を一気に入れる。

そしてむせそうになりながらもなんとかそれを飲み込んだ。


「うおぉ…死ぬかと思った…」


息をハァハァとしながら空になったコップをダンッと机に置く。すると、急激に眠気が襲ってきた。


「やば…そ、想像以上…だ…」


圭人はふらふらとしながら立ち上がり、ベッドに倒れ込むように寝転がった。





翌朝、圭人はいつものように目が覚めた。太陽の光がカーテンの間から彼を照らす。


「よく眠れたな〜!」


圭人はベッドから上半身を起こすと腕を上に向けて身体を伸ばす。その時、勉強机に転がっている、空の小さな瓶が目に入る。


「そういえば俺、不老不死になったんだよな」


圭人は身体を伸ばすのをやめて自分の手を見る。手を握ったり開いたり、足を曲げたり伸ばしたりする。しかし、特に変わったところはなさそうだ。


「ほんとに不老不死になれたのかな?」


包丁で自分のこと刺してみる?道路に飛び出してみる?

でも、そんな勇気はまだ圭人にはない。


「飛び降りるのはいけるかもな…」


圭人は窓から地面を見つめる。

ここは2階だ。地面からは3メートルほどの高さにある。


(もし薬の効果がなかったとしても、最悪骨折くらいで済むだろ)


試す分にはちょうどいいかもしれない。

圭人は窓を開け、縁に登る。


「うっわ、思ったよりこえーな!」


圭人はおどけたようにそう言うと、大きく外に飛び出した。地面が猛スピードで近づいてくる。


スタッ…


「えっ…」


足の裏にコンクリートの硬い地面を踏む感覚がある。


「まじか!上手く着地できた!しかも全然痛くないじゃん!」


普通に立ててるし、ジャンプしても痛いところはなかった。


「すっげ〜。もう1回やってみるか!」


圭人は部屋に戻ると、もう一度飛び降りる。今度は背中で着地してしまった。しかしどこも痛くない。怪我もない。

圭人は興奮気味に立ち上がった。


「おもしろいなぁ。もっと高いところから飛び降りてみるか」


圭人はまた部屋に戻ると私服に着替え、外に出た。


「どこ行こっかな〜。学校の屋上でも行くか」


圭人の通う高校は屋上が開放されていた。おそらく休日もそこに行けるだろう。

それに、屋上なら飛び降りがいがありそうだ。


(もう緊張してきたー)


圭人は胸に手を当てながら笑う。

その時、前方に車通りの多い大通りが見えてきた。

学校は、そこを通って行っている。

いつもの登校ではその大通りへ行く足が重いが、今日は軽やかだ。圭人の足は歩みから走りに変わっていく。

圭人がそれに気づいた時、横から車が迫って来た。


「わっ…!!」


圭人は反射的に立ち止まる。その時、自分がどこにいるのか理解した。道路の真ん中だ。楽しみのあまり、大通りに来たことに気づかずに道路に飛び出してしまったのだろう。

車はどんどん圭人に接近する。


(これもう無理だ!)


もう逃げる暇はなかった。車とぶつかる寸前、圭人は目を瞑る。


ブゥゥゥン…


車の音が遠ざかっていく。圭人はゆっくり目を開けると、迫ってきていた車は何もなかったかのように通り過ぎていた。

圭人は驚いた表情で自分の身体を見る。


(怪我は…ない。無傷だし、ちゃんと生きてる…)


圭人は自分の身体に感心する。


「これ、絶対不老不死になれてるよな!」


圭人は手を天に掲げて大声で叫ぶ。そして、周りに人がいることを思い出し、慌てて口をつぐんだ。周りを見ると、人々は横断歩道を渡っている。信号は点滅し始めていた。


(俺も渡らないと!)


圭人は急いで横断歩道へ走り出す。そして、赤信号に変わるギリギリで向こう側の歩道にたどり着いた。


「危ない危ない!」


圭人は立ち止まり、ふぅーっと息を吐くと、学校へと向かった。


学校に着くと、職員玄関が開いていた。


(ラッキー!)


圭人は職員玄関から入り、屋上へ向かう。

屋上へたどり着くと、周りにあるフェンスまで行って下を見る。

その時、風が圭人の身体を横切った。するとフェンスが揺れ、今にも下に落ちそうな感覚に襲われた。


「やば…こわいな…」


部屋のときとは全く高さが違う。

フェンスを跨ごうとした足が地面にくっついたように動かなくなる。

圭人は飛び降りるのはやめて帰ろうとした。しかし、その足を止める。


(せっかくここまで来たのに諦めるのはな〜…)


圭人はここから落ちたらどんな感じなのだろうかと、前に一度思ったことがあった。今はそれを確かめることができるチャンスだ。


(せっかく不老不死になったんだからやっぱり…やっておきたい!)


圭人は恐怖心を吹っ切るとフェンスを跨ぐ。そして、しっかりとフェンスを掴んで地面を見た。


(こんなの平気だ…ジェットコースターみたいなもんだよ…)


圭人は自分にそう言い聞かせる。すると恐怖が少しおさまる。

その瞬間に圭人はジャンプした。圭人の身体は落下していく。


(うぁぁぁぁぁ!!)


声が出ず、心の中で叫んだ。地面に向かってどんどん加速していく。自由に体制を変える事ができない。自分の胸が地面側を向いているため、このままでは顔から地面に着地することになる。

絶対痛いだろうが、圭人にはそんなことを思う暇はなかった。


やがて、地面へたどり着いた。圭人は見事に顔面から着地する。


「ガハァッ!」


圭人は起き上がり、顔を抑える。その時、あることに気がついた。


「痛く…ない?」


顔を強打したにもかかわらず、全く痛くない。他のところも痛みはなかった。


「すごい…。これが…不老不死の力なのか!」


圭人は立ち上がると、目を大きく開いて、物語やゲームの主人公のように誇った表情を輝かせた。





月曜日、圭人はスキップをするように学校へ登校してきた。


(いや〜、本当に不老不死になれるとはね〜。亜美に感謝しないとな)


そう思いながら圭人は教室に入る。


「みんなおっはよー!」


圭人は明るく大きな声であいさつする。しかし、あいさつは返ってこなかった。


(あれ、いつもならみんな返してくれんのに。どうしたんだ?)


圭人は不思議に思いながら自分の席へ向かい、バッグを置く。すると、窓側の一番うしろの席に座って本を読んでいる亜美を見つけた。圭人は亜美のもとへ行く。


「よっ亜美。おはよ」

「あぁ圭人。おはよう」

「あの薬ありがとな!まじで不老不死になれたよ。おかげで無傷!」


すると亜美は一瞬驚いた顔をしていたが、すぐ微笑んだ。


「そう。良かったわね」


それを聞き、圭人はニッと笑う。すると亜美は読んでいた本に目を戻す。


「なあ、なんでみんな俺のあいさつ無視したんだ?」


圭人はふとさっき疑問に思ったことを言った。

すると亜美は肩を震わせ、「ふふふふっ」と笑い声を漏らした。


「なに笑ってんだよ」

「あんた、なんで気付かないの?」

「え、なにが?」


きょとんとする圭人を見て、亜美はまた笑う。


「あんたね、もうこの世にいないんだよ」

「…は?」


亜美の言葉に圭人は困惑する。そんな圭人をよそに亜美は口を開いた。


「圭人に渡したのは毒薬なんだ。」

「な、なんで?!」

「だって、1回死ねばもう死ぬことはないし、歳も取ることもない。そこでもう不老不死になってるからいいでしょ!しかも死んでるから怪我もしない。高いところから飛び降りるときとかに痛いのは嫌だもんね」


何をやっても怪我がなく、痛みを感じなかったのはそのせいだったようだ。


「だからって、毒を渡すのは…」

「でもさ、圭人も悪くない?」

「なんで?」

「薬の名前も説明も書いてない瓶の時点でやばいものかもって思わなかったの?それに10粒以上も飲むなんておかしいじゃん。メッセージ見たときは本気で飲むんだ〜って、爆笑しちゃったよ」


そう話す亜美を見て、圭人はだんだん不安になる。


「お、俺、本当に死んじまったのか…?」

「周りの会話、聞いてみなよ」


圭人は耳をすます。すると、男女4人で話しているグループの会話が聞こえた。


「俺、一昨日たまたま学校の前通ったらさ、屋上から人が落ちたんだよ」

「「「えぇ〜」」」

「で、飛び降り自殺なんじゃないかって思って見てたの。そしたら…落ちてる途中で消えたんだ」

「「こっわ〜」」

「あっ、飛び降りじゃないけど、私も一昨日そんな感じのを見たよ!朝、大通りを歩いていたら人が車に轢かれるのを見ちゃったの!でも車が通り過ぎたらそこにはもうその人はいなかったの」

「「「まじかよ〜!」」」


そんな会話を聞いて、圭人は身体を震わせる。


「あ、あれ…俺のことかも…」


屋上から飛び降りたことも、大通りで車に轢かれたことも確実に心当たりがある。

すると、震える圭人を亜美はツンツンとつついた。


「あんたの死体、もしかしたらベッドにあるかもよ?」

「ち、ちょっと…見てくる…」


すると圭人はぎこちない動きで教室を出ていく。そして、スゥ…と圭人の姿が消えた。

その様子を見ると、亜美は頬杖をついてふっと不敵な笑みを浮かべた。


「元からあいつのこと嫌いだったし、いなくなってくれて助かるな〜」


ほんとあいつが_____










      _______バカでよかった

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