グリーンチャペル
慎重に進んだが、結果からいうと取り越し苦労だった。
地鳴りのような声を響かせていたのは、土色の肌をした巨体の妖精ホブゴブリンと赤い帽子を被った小柄な妖精レッドキャップたちのフットボールの試合だった。
種族対抗戦だろうか、大きく屈強なホブゴブリンチームと小さく敏捷なレッドキャップチームが種族ごとにチームを作っている。
技術面ではレッドキャップが上で、鋭いパスワークで小気味よくボールを繋いで得点するが、その次はブルドーザーのように突進していくホブゴブリンのフィジカルがディフェンスを粉砕しゴールを奪っていく。
スコアボードによると七対七という大きな数字の好勝負だった。
どちらもディフェンダー三枚、守備的ミッドフィルダー二枚、攻撃的ミッドフィルダー二枚、フォワード三枚の三−二−二−三、別名WMと呼ばれるフォーメーションになっている。
いわゆる草試合のはずだが、生物としての基礎能力が高く、パワーやスピードなどのフィジカルは私の世界のプロ選手のそれに匹敵するようだ。迫力と見応えのある試合だった。
ただ、赤い竜が放ったような魔力を込めたシュートや、ボールを焼き尽くすようなディフェンス技を使うプレイヤーはいないようだ。
観客も多く、太鼓を鳴らしたり笛を吹いたりと大盛りあがり。
赤い竜やゴッホちゃんから聞いてはいたが、
レッドキャップの応援団の後ろでゴッホちゃんを頭に乗せて観戦。
十対九でホブゴブリンチームが勝利を収めたのを見届け移動を再開する。
異世界ファンタジーものでホブゴブリンやレッドキャップの集団に出くわしたらバトルに発展しそうだが、そういう異世界ではないようだ。
最初のケルピーが極端に獰猛な妖精だったのだろうか。
移動を再開すると、やがて日が暮れてきた。
赤い竜の血のお陰で飲まず食わずでも大気や大地からエネルギーを得て動き続け、暗闇を見通して行動できるが、夜になると獰猛、悪質な妖精の類が活発化するらしい。無理はせず、一晩休んでゆくことにした。
樫の木の根本をキャンプ地とし、薪を集めて火を焚く。
キャンプの経験はないが魔力で火を起こせるので苦労はしなかった。
食事の必要もないのだが、ゴッホちゃんが木の実を拾ってきてくれたので火の中に入れ、魔力の爪で皮をとって口に入れておく。
樫の木に背中を預け、足にゴッホちゃんを乗せて眠り込むと、また黒い森の中。
いつもの通り人の死体やサッカーボールやゴールの埋まった森を歩いてゆくと、
「どこへ行く?」
いつものように背後から父の声が追ってきた。
「どこをふらついている?」
「ボールに触れるなと言ったはずだ」
「フタツギの娘としてのノブレス・オブリージュを……」
そんな声が絡みついてきたと思うと。
ぐしゃ。
と音がして途絶えた。
振り向くと赤い竜が、
体に染み付いた血を通し、私についてきている赤い竜の魂。夢を見ている間なら対話をすることができるらしい。
「年中こんな夢を見ているのかおまえは」
「そこまでじゃないけれど」
週に一回程度だろうか。
「ここはお前自身が作っている世界だ。お前自身がなんとかせんとどうにもならんぞ」
「……自覚はしてる」
どうすればいいのかはわからないが。
ここまでの状況を赤い竜に報告、相談して、またボールを蹴ったり受けたりして目を覚ますと、霧が出ていた。
別名を
方向感覚をなくさないようボール遊びは自重して進んで行くと霧が晴れ、石造りの港街が見えてきた。
「グリーンチャペルです!」
ゴッホちゃんが高い声をあげる。
アーサー王に仕えた円卓の騎士ガウェインを主人公とした『ガウェインと緑の騎士』という物語に出てくる不死身の騎士ベルシラックが収める街。不死身といっても刀槍の類が効かない、くらいの不死身なので代替わりはしているそうだ。
今は七代目のベルシラック七世の代らしい。
街の門には儀仗兵風の衣装に古めかしいライフルを携えた衛兵が立っていたが、特に声をかけられるようなこともなく通過できた。
往来には大小の妖精や巨人、大小の獣たちがひしめき、商売や飲み食いなどに精を出している。
数が多いのはホブゴブリンやレッドキャップのようなゴブリン系の妖精と、半魚人風の妖精メロウ、アザラシの毛皮を身に着けた幼児風の妖精セルキーといった海棲妖精。トロール風の大型妖精も見かけた。
エルフやドワーフといった、いかにもな妖精もいるようだが数は多くない。そのあたりはイギリスというよりドイツや北欧系の妖精なのだそうだ。
雑踏を抜け、港へ出る。
停泊している船はいわゆる帆船がほとんどだが、産業革命時代風の汽船の類も目についた。
自動車や汽車までは走っていないが、街灯もガス燈が多い。いわゆる西洋ファンタジーと、シャーロック・ホームズあたりの近代イギリス世界を混ぜ合わせたような風景だ。
港まで来たのはいいが、ここからどう動けばいいのかは赤い竜の知識にはない。
空を飛んだり水中を高速航行したりする生き物なので、船の乗り方などは知らないらしい。
あちこち探索しつつ歩いてゆくと、質屋の看板が目についた。
赤い竜の講義によると、古い金貨や宝石を
「こんにちは」
「……いらっしゃいませ……ああ……うぁぁ」
店に入ると、カウンターの向こうに俯いてすすり泣く黒髪の女がいる。
和製ホラーにでてくる女幽霊を思わせるたたずまいだ。
「
ゴッホちゃんが囁いた。
人の死を予言するという物騒な伝承で知られる妖精だが、今回はただ単に泣いているだけらしい。とりあえず金貨を五枚ほど買い取ってもらって現金化する。
カウンターの上では小さなラジオが鳴っていた。
この世界にはまだテレビはないが、ラジオ文化のほうはかなり発達しているらしい。
放送内容は
店を出る前に乗る方法を聞いてみると。
「……港の、中央ターミナルというところに、旅客…………仲介所が……うあああああああ……」
嗚咽しながらそう教えてくれた。
反応に困るが泣いているだけで実害はないようだ。
「ありがとうございました」
「どぉいたひましてぇ……またどぉぞぅぅぅぅ......」
質屋を後にして移動を再開する。
間もなくバンシーが言っていた中央ターミナルの建物がみえてきた。
赤い煉瓦の建物に近づいて行くと『旅券情報』と書かれた看板の下に、売出中の旅券の案内が張り出してあった。
数はそこそこ多いが、ほとんどが
どうしたものかと考えていると、
「どいとくれ」
と声をかけられた。
振り向くと、ヒキガエルに似た顔をした巨体の女妖精が張り紙を手にやってきていた。背中は曲がっているが、それでも私より視線が高い。
ターミナルの職員だったのか、何枚かの乗客募集を剥がして新しい乗客募集を貼り付けたハッグは、こちらのほうをぎょろりと見ると「どこへ行きたいんだい?」といった。
「ロンドンへ行く船を探しているのですが」
「ロンドン直行の船?」
「はい」
「そんなもんがホイホイあるかい。あそこは人間の都だよ。直接乗り付けられるようなのはグリンガレット号くらいのもんさ」
「グリンガレット号とはなんでしょう?」
首をかしげるゴッホちゃん。
「ご領主様の持ち船だよ。ブリテン・アイルランド島を周航して、ロンドンにも寄港する。乗るには紹介状が必要だがね」
「紹介状ですか、ちょっと難しそうですね……」
ムムーと唸るゴッホちゃん。
「他の船だと一番近くでもコーンウォールのとかげ島行きくらいだね」
ハッグは案内用の海図を示す。イングランド南西部、コーンウォール半島の近くに浮かぶ小島らしい。ある程度は距離を稼げそうだが、ロンドンまではまだ遠い。
「陸路でロンドンまで行く方法はあるのでしょうか」
ゴッホちゃんが重ねて質問する。
「ウェールズあたりまでなら駅馬車が出てるがね、そっちのことはよく知らないよ」
商売敵の紹介をするつもりはないのか、ハッグは無愛想にそう言った。
移動手段は一旦保留ということでハッグと別れ、今度は駅馬車乗り場を探して移動しはじめると、後ろからなにかの気配がついて来るのに気付いた。
次の更新予定
異世界で守護神(ゴールキーパー)はじめました カジカガエル @imawano
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