5・ひらめき

マジで何なんだこの女…!


トキコは、おもしろいのに、とか、すごくいいのに、とかぶつくさ言いながらさっき書き上げた絵を見ている。


「とにかく俺を書くのはナシだ!お前それだけ書けりゃなんでもできんだろ。こういう女の…」と部屋に貼ってある原稿を見て、志水は気づいた。「ん?この絵どっかで…」


よくよく見れば、どこかで見たことのあるような絵だ。

でも、自分がエロいマンガを見た機会なんて、限られている。

太だ。志水の脳裏に、太が持ってきたエロマンガ雑誌が蘇った。


「あー…都しぐれ?っていったか?八柳。太が持ってきたエロ本なんだっけ」

「ピンクヘブン?」

「それそれ」

「えっ…」


トキコはハッとして、本棚に向かう。しばらくガサガサしていたかと思うと、1冊の雑誌を取り出した。

太が持ってきたのよりも、ずっと綺麗で、新品みたいな『ピンクヘブン創刊号』だった。


「これですか?」

「うおー!10万円!」

「10万円…?」


志水はトキコからピンクヘブンをひったくると、パラパラとめくる。都しぐれのマンガが、確かに載っている。部屋に貼ってある原稿と同じページがある。


「そうだそうだ、この絵だ。あれ、でもなんでトキコって名前じゃねーんだ」

「兄貴、ペンネームですよ。源氏名みたいなもん」

「へえ。まあ、とにかくこれがお前なんだ。こんなプレミアつくような雑誌に載ってんなら、さぞかし金は持ってんだろ」


今回の取り立ては楽勝になりそうだ。そう志水が油断できたのも、束の間だった。


「…お金は…ないです」

「あ?嘘ついてんじゃねーぞ」

「嘘じゃありません!」


トキコは申し訳なさそうに顔をゆがめる。「その雑誌がプレミアなのは、他の先生がすごいから。私はたまたま載せてもらったけど、そのあと泣かず飛ばずなのは私くらいです。いまだに連載もしてないし…読切の原稿料だけじゃ、食べるのがやっとで」


エリザベス(注 ダッチワイフ)を抱きしめるトキコの手が震えた。


「なによりそれは、担当さんにかなり直されてようやく載った作品です。私の作品とはとても言えません」

「…だから何だよ?借金取りの俺らにとって、お前は返せる金がねえ仕事をしている。ただそれだけの話だ」

「それは…そうですけど」


たしかに先ほどの技量には、目をむくものがあった。マンガなんて読まない志水をも驚かせた、その力は確かなのだろう。

しかし、金になっていない。借金取りの立場である志水にとって、トキコの憐憫など何の役にも立たない。


「だったらなんでそんな仕事してんだよ。エロマンガなんか書くより、他の仕事探せ」

「……!」


トキコがはっと目を見開いた。


「待って!…エロマンガって、言わないでください。確かに大きな声で言えない仕事ですけど、私はプライドもってこの仕事してるんです!」


真っすぐに、志水をみすえる。


「借金は、マンガを書いて返します!」

「……あっそ」


志水には、この女がこの仕事の何にそこまでプライドを持っているのかわからなかった。理解したいとも思わない。


「まあ、やってみれば?ダメだったら…」トキコに、ずいっと顔を寄せる。「俺が色々と稼げる…紹介してやっからよ」

「……!!」


トキコの顔が、青ざめた。さすがのトキコにも、それが何を意味するのかはわかったのだろう。

志水は『ピンクヘブン創刊号』を床から拾い上げた。


「今日のところはこれ、預かってくぜ。古本屋に売りゃ足しになんだろ」


を想像して何固まるトキコを残し、志水と八柳は部屋をあとにした。



外へ出ると、街はすっかり暗くなっていた。


「八柳。あの女、夜職来ると思うか?」

「どうでしょうね。仕事があるなら、地道に今の仕事やらせて細く長く返済させるのもありかもしれませんね」

「俺はもうあいつに関わりたくねーから、すぐ稼げる仕事やってほしいんだが」


こんなに疲れた取り立ては初めてだ。殴ったわけでも、抵抗されたわけでもないのに。あんな華奢な女ひとりに振り回されている自分を自覚して、ますます疲れる。


「とにかく、今月分の金がすぐ必要だし…」

「……さーん!志水さん!!」


後ろから、ガッと腕をつかまれた。

ピンクヘブン創刊号を持っているほうの腕を。


「太!なんだよ!」


「その腕にあるのはピンクヘブン創刊号の美品ではありませんか…!?どこからそれを…!?」



道すがら太に牛丼を買わせて、ドリームファイナンス事務所に戻ってきた。本日二度目の太イーイーツで夕食である。


「えーっ、都しぐれ先生に会ったのですか!しかも、女性の方だったのですね!」


ピンクヘブン創刊号の入手経路を問われて、志水は今日の取り立てについて話した。


「どんな方でしたか?」

「あぁ?変な女だよ!」

「へえ~!変な方かぁ~」


どういう感心なんだよと思いながら、志水は牛丼をかきこむ。


「それにしても、連帯保証人にされていたとは…マンガ家の先生だから、ご友人に資産を狙われたのでしょうか」

「それが、今は金なくてカツカツだって」八柳が答える。「無駄足だったよ」

「なんと!」

「たしかに成人向けマンガ誌というのはどんどん減っていますからね…」

「アダルト系の仕事っていったら、俺らには稼げる印象なんだけど。マンガはそうじゃないの?」

「いえいえ、エッチなものはマンガの世界でも人気ですよ!ただ…一般向けのマンガに比べると原稿料は安いと聞いています。しぐれ先生は新作の発表ペースもゆっくりですし、原稿料だけではたしかに厳しいかも…」

「そうなんだ?」

「たとえば1ページ8000円だとして、読切は24ページ程度。20万円くらいでしょうか。それでいてしぐれ先生は、読切の発表が2、3か月に一度くらいなので、月額にすると…」

「高校生のバイトより安いじゃねえか!」頭のなかで電卓を叩いた志水が、会話に入る。「てか、暮らせねえだろそれ!」

「読切はそれぞれ電子書籍で販売されているので、ダウンロード印税もあるとは思うのですが」

「それっていくらぐらいなんだよ」

「具体的な数字はわかりかねますが…しかし評価数などを見ると、すごく売れているというわけではなさそうです」太はスマホで、ネットショップのページを開いた。都しぐれの作品一覧、とかいうのを見ている。「というのも、しぐれ先生の作品には、ちょっと偏りがありまして…」

「偏り?」


うーん、と太が腕を組んだ。


「なぜか、いつも女教師と生徒ものの話なんです」


真剣な顔で言うからなにかと思ったが、内容のどうでもよさに志水は肩透かしをくらった。


「はあ。そういうのが好きなんじゃね?」トキコの性格からすると、少し意外な好みではあったが。「フェチ向けのAVで、監督が同じだと似たような話いくらでもあるじゃん。女教師と生徒とか別に珍しくもなんともねえな」

「いや、似たようなというか…ほとんど、展開も同じなんですよね。悪くはないのですよ?しかし、ファンとしてはもうすこし開けたしぐれ先生の世界を見たいなと…!僕にはわかるのです。しぐれ先生の本気はこんなものではないと!」


志水は太の話と、トキコの今日の様子を頭のなかで統合する。

トキコが今日書いてみせたのは、ヤクザの俺の話。教師と女子生徒じゃなかった。

私の作品じゃありません、という言葉。マンガの話をするときの、苦しそうな顔。


なにか事情はありそうだが、志水には関係のないことだ。

志水にとって大事なのは、トキコが金を返せるかどうかだけである。太の話を聞いていると、マンガの仕事では借金返済は難しいかもしれない。もっと効率よく稼いでもらわなければ――


「僕の予想では、雑誌が合わないのではと思うのですよ。ピンクヘブンはいい雑誌ですが、あれだけ実力のある先生が一誌だけにとどまっているのも今の時代を考えると妙なんですよね。今は同人サイトだってあるんですから」


「ドージンサイト?」


それが、ヤクザひとすじ12年の、志水一が「同人誌」に出会った瞬間である。

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ヤクザ・ミーツ・エロマンガ家 @fujitatuki

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