5・そして、現在

風俗嬢、AV嬢。兄さんたちの情婦、立ちんぼ。男を買う女。

裏ビデオをさばく仕事をしていたときはそれなりにエグイ作品だって見た。


この世界にいりゃ、エロいことに関わる女をそれなりに見てきたわけだ。


しかし、である。

エロマンガを書く女は初めて見た。


「…で。あんたはエロマンガ家で、ここにあるのは資料やあんたの原稿だと」

「そうです…」


メガネの向こうでデッカイ目をきょろきょろとさせながら、トキコは言った。

志水たちの存在を恐れているというよりは、人見知りの類に見える。人と話すのに慣れていないというか。


トキコは一通り、自分の仕事の説明をした。エロマンガ誌にマンガを書いていること。パソコンで流れているAVやアダルトグッズやエリザベス(注 ダッチワイフ)はその資料。貼られている絵はこれまでの自分の原稿で、原稿をやるときにタッチを統一するために見ていること。


「俺はてっきり、ああいうマンガはスケベなおっさんが書いてるんだと思ってたぜ」

「エッチなマンガ書いてるからって、作者もエッチというわけでは…けっこう女の人もいますよ」

「あっそう」


物珍しさで話をふってしまったが、そんな話をしにきたわけではない。

志水にとって大事なのはこの女が金を返せるかどうか。

あまりにこの衝撃的な部屋の様子に――今でも、それらのものに囲まれているし、トキコはダッチワイフを抱いたままだが――取り込まれそうになっていたが、必要なのはこの女がどんな仕事をしているかじゃなくて、金があるかないかだけ。


「こっちは金さえ返してもらえりゃ、あんたが何の仕事してようがどうでもいい。利子込みで200万。きっちり返してもらうぜ」

「200万!?…そ、そんなお金ないです!」

「でもなあ、あんた令佳の連帯保証人だから。あんたが返さないとなんだよ」

「あの、その話なんですけど令佳は…?」

「金返すために風俗行かせたんだが、飛んだ」

「飛んだ?」


トキコの頭のなかには、どう考えても鳥とか羽みたいなのが浮かんでいるのが見てわかった。

志水とトキコの騒ぎを聞きつけて、部屋に入ってきていた八柳が引き取る。


「いなくなったってこと。数日出勤して、そのまま連絡とれないの」

「え!?そんな…」


トキコの顔が、青ざめていく。

それはそうだろう、自分に借金をふっかけて友達が消えたんだから。


「令佳は大丈夫なんですか!?」

「……は?」

「はっ!そういえば、メッセも数日前から既読ついてない!…どうしよう、何かあったんじゃ…令佳は実家とも疎遠だし、行くところなんてないはずなのに」

「…お前なあ…」


自分がおかれている状況もわからず友人の安否を気遣うトキコに、志水は特大の溜息が出た。


「あんたなぁ、借金押しつけられてんだぞ。そんなやつの心配してどうすんだよ」

「あ…あれ。そうですよね。…たしかに…」


ぼんやりした返答に、苛立ってくる。

こっちは金があるかないかを確認して、あるなら回収するし、ないなら今後の目途を立てさせなければならない。

なのにだ。

目の前にこんな風貌の男がいたらたいがいビビるもんなのに、トキコにはそんな様子もない。調子が狂う。


少し現実を見せてやらないとな。


「あんた、俺たちのこと何だかわかってるか?」

「え、えっと…令佳にお金を貸した人…で、借金取りのかた…?」


にらみを利かせて、トキコを見下ろした。


「おうよ。つまりな…ヤクザってやつよ」

「ヤクザ…!?本物の…!?」


トキコはハッと口元を覆い、驚きに目を見開いた。


よしよし、ビビっている。これで少しは自分の置かれている状況がわかっただろう。

これでようやく、本題に入れる。自分がいくらの借金を背負わされているのか、その返済義務があることが――


「や…ヤクザさんって」


トキコが、震える声を絞り出す。



「どんなエッチするんですか?」



「!?!?」


えっ今さらっとすごいこと聞かなかったこいつ?

フリーズする志水と、ついでにフリーズしている八柳に向かって、トキコはさえぎるように手の平を向けた。


「待って!やっぱり言わないで!あなたのその出で立ち…すごくイメージが湧きます!この最初の印象を大切に、すぐに原稿に――!」


トキコは机に向かい、ペンを握った。

ガリガリガリ!と物凄い勢いでペンを走らせている。その手さばきは、恐ろしいほどの速さだった。

机はこちらに背を向けて座るタイプのため、トキコの表情は見えない。


「おいなんだ急に。話の途中だぞ」

「……!」


トキコは返事もせず、一心不乱に紙に向かっていた。


「おい!話はまだ終わってね」


ブスッ!と手の甲にペンを刺された。邪魔だとでも言わんばかりに。


「ぎゃー!!殺すぞ!ってか痛えなそれ!」


よく見れば、ボールペンとも違う、志水には見たことのないペンだった。万年筆みたいだ。痛いわけだ。…じゃない!


志水は今度こそ、トキコを止めようと肩をつかもうとした。

しかし、それより早くトキコがこちらを向いた。


「…できました!」

「できたぁ?」


トキコが俺に向かって、さっき何かを書いていた紙を差し出した。コピー用紙とは違って、硬さと白さのある紙だった。原稿用紙というものだろうか。

うしろから、八柳も原稿用紙を覗き込んできた。ふたりでハッと息を呑む。


上手い…!


潤んだ瞳で男を見上げる女。隣に立つ男に、服を剥がれていく場面が描かれている。

素人の志水たちにもわかるほど、繊細なタッチだった。今の短時間でこれが描けたのか?

そして、なにより…


その男は、志水の顔をしていた。


「いい顔をしやがる」とかなんか言っている。ドヤ顔で。


「これ俺じゃねえか!」

「はい!」


トキコがいい笑顔で返事をした。小学生が先生に褒められたときにする顔だ。


「俺をエロマンガの人間にするな!」

「えーっ、でもすごくいいマンガになると思いますよ!これ担当さんに見せてもいいですか!?」

「ダメだろ!つか担当ってなに!?見せるとどうなるんだ」

「見せて、OKもらえたら雑誌に載ります。でも、これなら読切じゃなくて連載にできるし、そしたら原稿料で借金返せますよ!」

「俺のエロマンガで俺に借りた金返すなよ!!」


背後で、八柳が笑いをこらえているのがわかる。よしあとでこいつ殺そう、と志水は思った。

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