怪力乱神

『綱ああああああああああああ!』


『茨木いいいいいいいいいいいいい!』


 三度。


 大江山、一条戻橋、そして羅生門。


 茨木童子が死に損ない、また死に損なった果ての決闘。怨念として燃え盛る茨木童子と渡辺綱による戦い。


 大地を、大気を揺るがす衝突。鬼門が完全に開きかけていた時代に、それを押し留めていた荒武者達すら虫けらのように屠った鬼と、武者達の頂点に近い漢の勝敗は、茨木童子がまたしても死に損なう結末を迎えた。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! おおおおおおおおおおおおおおおお!』


 あまりにも切ない茨木童子の慟哭が夜の山に木霊する。


 川に映る彼の顔は涙と涎に汚れ、とてもではないが人前に出れる顔ではなかったが、そもそも顔を見る仲間達はもういない。


 友が、仲間が、家族が死したというのに、どうしても生き残ってしまう我が身の不甲斐なさ。どうしても死なない中途半端な頑強さ。どうしても勝てない弱さ。その全てが茨木童子にすれば情けない。


『あ、いたいた。茨木君、迎えに来たよ』


 気楽な声で全てが変わった。


 ◆


 燃えた。


 人体が骨すら残らず燃え尽きる。


 ライターを着火して火という原初の権能を見せていた男は、茨木童子の腕に宿った真っ黒な炎に包まれて断末魔すら残せなかった。


「ひいいいいいいいいい⁉」


 頭が爆散した頭に続き、燃え尽きた仲間を見届けた兵士達はようやく再起動を果たして発砲する。


 だがリゾート地を確保するためにやって来たレン国の兵士は約十万。ルラノーア国の倍の兵力なのだから、恐れる必要などないだろう。


 なにせ相手はたった一人。そう、一人なのだ。十万対一など成立する筈がないではないか。


 勿論成立しない。逆の意味で。


「おおおおおおおおお!」


 高速回転する銃弾は茨木童子の肉体に着弾した途端、粉微塵と化す。


 単なる金属の塊に何を恐れる。


 意思がない。気迫がない。信念がない。殺意がない。志がない。ないないないない。何もない。雑多な兵士の雑多な弾丸が雑多に費える。


 命も。


「びょっ⁉」

「げっ⁉」

「きょっ⁉」


 奇妙な声が重なる。


 茨木童子が腕を振るう。

 頭が弾ける。胸にぽっかりとした穴が開く。頭部が転がる。上半身と下半身が別れる。


 茨木童子が駆けて敵のど真ん中に突撃する。

 ぶち当たった衝撃で血煙となる。肉塊となる。臓物が散らばる。


「う、撃つな⁉」


 人類は想定外の事態に陥った。


 集結している軍のど真ん中に飛び込んだ個に対応するためには、適当な数人が押さえつけるだけでいい。だが人を容易く肉塊に変えられる個の場合、銃だけが頼りなのに周りは味方だらけなのだ。


 そのため恐慌状態に陥った兵士の乱射で、少なくない数の犠牲者が発生した。


 しかも味方を犠牲にしたのに、暴れ回る個を止められないときた。


「邪魔だああああああああ!」


「え?」


 誰が理解出来ただろうか。


 重量五十トン以上の戦車が、掬い上げるように殴られただけで三回転して宙を舞うなど。


 鬼の膂力を受けてはならない。それは平安を生きた者なら常識であり、現代兵器だろうが例外ではない。


 荒武者を撲殺し、陰陽師の結界をぶち抜き、破壊という山の頂にいたのが鬼という種なのだ。ましてやそれが茨木童子。渡辺綱という例外中の例外だからこそ決闘を成立させただけの話。


「おおおおおおおお!」


 茨木童子が近くにあった別の戦車の側面を思いっきりぶん殴る。


 横に吹っ飛ぶ。地面に接触して一回転、二回転、三回転、四回転、五回転。


 砂浜に抉れた痕跡を刻み付けた戦車は、ひき肉にした味方の血と臓物で汚れながらようやく止まり……。


 追いついた茨木童子に今度は蹴飛ばされた。


「頑丈なのはいいけど、ああなったら素直に壊れた方がマシかもねえ」


「ふふ。そうですね」


 蹴飛ばされた戦車が揚陸艇にぶち当たり、火災を起こした光景に白石が感想を口にすると、傍に寄って来たミキが同意した。


「それにしても。ふふふ。白石さんも怒るんですね」


「そりゃ長年付き添った奥さんのことであんなこと言われちゃあ怒るよ」


「ふふふふ」


 すぐ近くで惨劇が繰り広げられているが、柔らかい雰囲気なままのミキがくすくすと笑い続ける。どうやら自分のことで、白石が人を殺したことが嬉しいようだ。


「茨木君はもっとキレッキレだけど。あ、戦車が味方ごと撃った」


 白石が話している最中、恐慌状態の戦車が味方に構わず主砲を発射した。


 しかも単に爆発するのではなく、内蔵された散弾で面制圧するタイプをぶっ放したものだから大惨事だ。千切れた肉片が辺りに散乱して、殆どの人間が即死する地獄絵図が生まれた。


「蚊でも刺したかあああああああ!」


 肝心の茨木童子が全くの無傷だったが。


 寧ろ怒りに燃料をくべる結果に終わり、弾き飛ばされた戦車は逃げようとしていた揚陸艇を破壊する。


 その時、洋上にいた空母から攻撃ヘリの群れがやって来ていることを認識した茨木童子は、ルラノーア国を訪れた際に考えた対処法を実行することにした。


 


 祖が大陸で発祥した鬼は、海を渡り極東に移住したため長い戦いが始まった。それを思えば肉眼で見える距離にいる空母など、すぐ近くにいると表現してよかった。


 だが人類にすれば想定外も甚だしい。


 いったいどこに海を走り……その勢いのまま飛べば空母の飛行甲板に着陸、いや、着地出来る生物を想定する人間がいるというのか。


 そして当たり前だが空母の乗組員は、艦内での白兵戦を真剣に想定していないし、白兵戦命令など全次元を見渡したところで、本当に極々僅かな例外を除いて発生していない。ついでに言うと、味方の空母を攻撃出来る人間もあまりいないだろう。


「沈めやあああああああああ!」


 勿論、銃が効かない生命体が殴り込んでくることも想定していない。


 扉をぶち破って艦内に侵入した茨木童子は、出会う人間全てを撲殺して艦内を駆け巡る。保安要員、撲殺。甲板要員、撲殺。待機中のパイロット、撲殺。衛生兵、撲殺。司令部、撲殺。


「やめっ⁉」


 艦橋の窓ガラスが真っ赤に染まる。通路が血の海になる。


「ど、ど、どうすりゃいいんだ⁉」


 慌てて引き返した攻撃ヘリのパイロット達は、空母の艦橋で発生した惨劇を確認したものの、まさか自分達が沈める訳にはいかない。しかしどうにかしなければ、そのうち燃料が尽きて島の国に着陸しなければならない。


 この茨木童子の、大本に潜り込めば戦闘機、攻撃ヘリはなす術がないという結論にして暴論は、見事に機能していると言っていいだろう。


 ヘリ部隊がそうこうしている内に、空母が保管していたミサイルや弾薬が爆発して火災が発生し始めた。


「あ、あ、ああああ」


 意味するところは、ヘリが帰る母艦の喪失である。


「ど、どうすんだよ……」


 派遣部隊の中心だったはずの空母の炎上は海岸からもよく見えたが、どうするもこうするもない。


 呆然としている陸上の兵に残された道はただ一つ。


「皆殺しだああああああああ!」


 あっという間に砂浜に戻って来た茨木童子が吠え、全ての揚陸艇が単なる肉体によって粉砕される。


 陸地の奥へ逃げようとした者達も、茨木童子が牧羊犬のような動きで退路を断ち続け、一塊を維持し続けた結果……。


 島の国に上陸した兵士は、誰も祖国に帰還することが出来なかった。



後書き


超個人的な独り言・直接関わりはないものの、某胃に剣がぶっ刺さった組織が特鬼相手に眼が血走る理由。

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古の?日本?多次元世界転移に巻き込まれ、刀や馬の時代に戦車と相対する。勝てるかって? 勿論。平安の化け物達程じゃないでしょ。 福朗 @fukuiti

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