所詮人は人

 レン国の性急さには奇妙な。もしくは馬鹿げた訳がある。


「汚染されていない大地。実に魅力的だ」


 政界、金融界を統べる権力者達には、島の国の自然が酷く魅力的だった。


 深刻な化学汚染が引き起こされていた世界出身のレン国は、豊かな自然というものに対する憧れが強い。そして転移事件後、金や権力を欲しいがままにしてきた者達は、原始的過ぎるが故に化学汚染の心配がない島の国に我慢が出来なくなっていた。


 愚かな話だ。レン国の上層部は国家のため、国民のためではなく、極々一部の人間が訪れることが出来る特別リゾート地を求めているのだ。


 そして軍部も軍部である。


「上層部が求めているなら、一刻も早い制圧計画を作るぞ」


 権力者の望みに反すれば失脚し、逆ならば出世するような体制の軍は戦略や戦術とは無縁だ。軍ではなく私兵と言い換えてもいいだろう。


 転移すれば腐敗している政府が有能になるなどあり得ない。権力者のおもちゃである軍が危機的状況で、聡明極まる集団に変化するなど笑い話の中だけだ。


 組織や国家が作り出された当初ならともなく、今現在は権力闘争の才能だけが必要であり、その権力闘争の天才が軍事的才能にも恵まれているとは限らない。


 寧ろ素人考えで権力を振りかざし、国家の足を引っ張る方がよっぽど想像しやすい事態だろう。


 それでこんな事態が引き起こされた。


「やあやあ皆さん、本日はどういった御用でしょうか? 自分、この島の国で大王をやっている白石という者なのですが、責任者の方を呼んでもらえませんか?」


 気さくな雰囲気で近づく白石に、赤毛が多いレン国の兵士もにこやかな顔になる。


「俺達は神の使いだ。ほら、見ろよ。火を出せるんだぜ」


 タバコを吸うために持ち込んだ、私物のライターに着火した兵士が神を名乗る。その顔に浮かんでいるのは、遅れた現地住民に文明という火を見せる神の如き傲慢さだ。


「おお! こりゃ凄い!」


「そうだろ。神に跪け」


「いやあ、カグツチの系譜は異世界にも広まってたのかあ。あ、責任者の方をお願いできます?」


 ライターの火に目を丸くした白石だが、兵士が期待していたのはまさに神の御力だと慄いて地面に平伏した現地住民の姿だ。そのため改めて跪けと命令したが、白石は感心するばかりである。


 下等民族の大王を名乗った男を屈服させる彼らの目論見は崩れた。


 そして責任者を呼んでくれと再び頼んだ白石だが、レン国軍部の責任者は現場に出ることを酷く嫌い、面倒なことは現場の仕事だと押し付ける悪癖があった。


「えーと、マニュアルは……あったあった。島の国はレン国の保護国とするものである。以上」


 携帯端末を操作した兵士が、交渉に訪れた人間に対するマニュアルを確認すると、非常に雑な宣言しか記載されていなかった。


「ちなみにですけど、ルラノーア国が敗退していることは知っています?」


「山を燃やすみたいだから大人しくした方がいいぞ」


 不思議に思った白石が尋ねると、親切な返答があった。


 どうもルラノーア国が島の国に敗れたらしいということまでは掴んでいたレン国だが、実戦経験に乏しい軍隊が森で奇襲を受け、同士討ちでも起こしたのだろうと判断していた。


 そのため大地を汚染するような薬剤は控え、侵攻ルートに存在する森を焼き払う作戦を計画していたが、こんな程度だから元居た世界で重い化学汚染を引き起こしたのだ。


「帰ってくれませんかね?」


「とりあえず撃つか?」


「だな。神様に跪いてもらおうぜ」


 白石の対応が面倒になった兵士、いや、私兵が拳銃に手をかけて白石の足に発砲した。


 それだけならよかったかもしれないが……。


「聞いた話だけど美人の嫁さんとルラノーア国に行ったんだってな。そっちは優しくしてやるから安心しろよ。まあ、本当に美人なら俺達が楽しんだ後、上の連中への贈り物にするけぎょ」


 最後の言葉は白石のデコピンで弾けた頭が奏でた不協和音だ。


「ははははは。いやあ、流石にこの状況で、うちのかみさんまで引き合いにされると殺すしかなくてですねえ」


 足を打たれて跪くどころか、平然としている白石が人差し指から血を滴らせ、そういった発言は遠慮してもらいたいと注意した。


「ルラノーア国とは違うけど、茨木君にお願いしようか」


 どうせこれ以上話しても埒が明かないと判断した白石は、爆散した男が口にしていた美人の嫁さん。つまりミキの弟分であり、次は任せると約束していた護衛筆頭に場を譲った。


 すぐ後ろにいた男は震えていた。


 大柄ではあるが戦車を投げ飛ばした星熊に比べるとまだ細身で、絞り込まれた鋼の肉体と言った印象を受けるだろう。


 そんな男のぼさぼさの髪が重力に逆らう。黒い瞳が血走ったような深紅に変わる。上半身に纏っていた布が燃え尽きる。


 岩、もしくは金属で構成された様な肉体が露わになる。しかし左腕に残る荒い縫合痕が、彼の肉体がきちんとした有機物であるという証明になっていた。


 そしてこの男、トラウマと言ってもいい過去から、仲間や身内のことなると異様に沸点が低くなる特徴があった。


「死ねええええええええええええええええ!」


 読んで字の如く、怪力乱神が現れた。


 日本の伝説に名高き鬼の一角。


 最強の怪物殺しである源頼光の配下、渡辺綱と死闘を繰り広げた……。


「オオオオオオオオオオオオ!」


 茨木童子が吠えた。

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