突然の横やり

 自分で作り出した内憂外患の泥沼に落ちたルラノーア国だが、流石に戦闘機からの空爆なら戦果が見込めると判断された。


 これは島の国が対空手段を所持していないことから考えられものだが、当初の白石逮捕という目的を完全に見失っていると言っていい。


 それでだ。


「……どこを空爆するんだ?」


 実行を本格的に考える段階で、ルラノーア国軍は明確なターゲットが存在しないと気付いた。


 基地。存在しない。


 空港や滑走路。存在しない。


 軍港。存在しない。


 集結している軍勢。存在しない。


 海岸の防衛施設。存在しない。


 島の国にはなにも。なーにもないのだ。


 何処を空爆するんだと問われた参謀の一人は、何を言われているんだろうかと疑問を覚えたすぐ後に唖然とした。


 現代の良心的軍事常識に縛られている彼らには、民間への無差別攻撃は不可能なのだが、島の国にはその民間施設しか存在しなかった。


 強いて言うならば島の国の宮殿が唯一目標らしい目標となり得るが、ルラノーア国風に言えば大統領府に等しい場所への直接攻撃は、言い訳のしようがない絶滅戦争に突入するようなものだ。


「それなら……あの渦とそこから出てきたナニカに対しての空爆ですか?」


「……今もあの場所に存在するのか?」


 ならば海岸に現れた異常存在に対する空爆を主張した参謀もいたが、突然現れた物が今もその場にいるとは限らない。


「……」


 奇妙なことだが、明確に空爆していい場所が存在しないため、ルラノーア国の軍の一部が困惑して機能不全に陥りかけている。


 これがもっと野蛮で後先考えない独裁者が支配する国なら、気にせず全てを殺せ。空から街へ機銃掃射しろとでも命じるだろうが、民主主義国でそんなことをしようものなら、下手をすれば命令不服従すら招くだろう。


 ついでに言うと、まだ虐殺犯の白石を逮捕するという建前が存在するため、余計に彼らは行動を縛られていた。


 結局、示威的な意味で山に空爆することはあっても根本的な解決にはならず、政府や市民を納得させるには上陸作戦だけという結論しか導き出せなかった。


 しかし事態は妙な動きを見せる。


 ルラノーア国でも、島の国でもない第三国が急に躍り出たのだ。


「島の国は我が国の保護国になりましたので手出しは無用に願います」


「……なんですと?」


 ルラノーア国の外務大臣が、唐突な話を持ち出されて面食らっていた。


「貴国の島の国への対応は性急すぎるとしか言いようがありません。我々レン国は島の国から保護を求められ、議会が承認しました」


 ルラノーア国に派遣されているレン国の外交官が、特に表情を変えず淡々と主張を述べた。


 転移事件直後、最初にルラノーア国と接触した国の一つがレン国だ。


 科学力はそれ程差がないものの、人口はレン国の方が六億と倍に近い。そして事件直後は大人しかったが、最近になってかなり拡張主義に傾いていることが特筆すべき事柄か。


 そしてルラノーア国が、島の国をこれでもかと劣等国家として宣伝していたため我慢できなかった国でもある。


「島の国は我が国の国民を虐殺したのですぞ!」


「それは貴国の主張でしょう」


 抗議するルラノーア国をレン国は相手にしない。


 ここで面白いのは、ルラノーア国は完全に断交状態の島の国に確認が取れないため、レン国の保護したという言葉を鵜吞みにするしかないところだ。


 実はこれ、完全に島の国を無視して行われている保護宣言であり、白石が聞けばうちの国を保護? え? と首を傾げただろう。


「勿論、我が国も調査をさせていただきますとも。ああ、ご一緒されますか? それなら出国される際は入念な調査が必要なようですので、少し余裕をもって事前に教えていただきたいです」


「……」


 核心に踏み込んできたレン国にルラノーア国が言葉に詰まる。


 このぐちゃぐちゃな世界で危険を顧みずに海に出た百人が、偶々島の国に漂流して虐殺された。だからその後に軍を動員する。そんな都合のいい話があるか馬鹿。煩く言うなら詳しく調べるぞと脅されたルラノーア国は、危険な真実がどこに転がっているか分からないため、断固とした対応が取れなかった。


「今は大変でしょう。少し落ち着かれた方がいい」


 親切なレン国の言う通りだ。


 弾劾騒ぎになっている大統領のお陰で、野党は協議を拒否して議会は停滞。軍は丸々消失したに等しい五万人の穴を埋めるためにてんやわんや。しかも野党が自分の息がかかった者を軍のトップに据えるため蠢動しており、人事面での混乱の予兆がある。


 この状況に陥ったルラノーア国は争う余力が全くないと判断したレン国は、島の国を抑えるために行動を起こしたのだ。


 勝つと名声が高まり誰もが無視出来なくなる。負ければ多くを失い侮りを受ける。


 古来から続く伝統はルラノーア国も例外ではなかった。


 一方、島の国。


「ルラノーア国かと思えば違う国。そんでいきなり侵略。いいね。面倒な建て前なんか気にしないのは好感を持つよ」


 警告や宣言もなく上陸しつつある軍を見た白石は、言葉とは裏腹にそれはそれでヤバいよなと苦笑していた。


 あいつは無理だったけど俺ならできる。そう考えてしまうのは人という種の定めだった。

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