次に向けて

「これは……これは現実のことなのか?」


 百人の虐殺者を捕らえに行って、万単位の人間が殺されたルラノーア国の軍部は、艦船やヘリから撮影された映像を見て呆気にとられた。


 奇妙な渦。溢れ出る人型。更には戦車をひっくり返す怪物。


 そのどれもが異常という他なく、彼らの常識を木っ端微塵に消し飛ばすものだった。


「人間……ではある筈だ」


 状況を面倒にしているのは、映像に映っている者の外見が全て人間の範疇だったことだろう。


 これがはっきりと分かりやすい怪獣なら寧ろすんなり超常の類と納得した。しかし、餓鬼は薬物で理性を失った人間が、恐怖を忘れて襲い掛かったと言われれば、若干ながら説得力があった。


 勿論無理がある。


「しかし戦車をひっくり返せる人間なんてあり得ません!」


 比較的若い参謀が声を張り上げる。


 人間の体積では50トンや60トンの戦車をひっくり返せるはずもなく、これだけは絶対に不可能だと断言出来た。


「政府はこの映像をどうするつもりだ?」


 ある軍人が政府の方針について尋ねた。


 恐ろしい虐殺映像など通常なら絶対に公表しない。だがそうしなければ、世間にとんでもない怪物と戦っていることを理解させられない。


「それどころではない混乱が……」


 しかしその方針すら政府は明確に打ち出すことが出来ていなかった。


 メディアが軍港での混乱を伝えると、身内と連絡が取れなくなった兵士の家族が大統領府の前に詰めかけた。それに野党が便乗して現政府の失態を声高に叫んだものだから、大統領達は海の向こうにいる敵ではなく、目の前にいる敵への対処で精一杯だった。


「挙国一致内閣は夢か……」


 軍人の言葉が空しく響く。


 建国当初に起こった危機に対処するべく、二大政党が一致団結したこともあった。しかしながら時が経てば経つほど当初の理念は失われ、今では分断を招くほど醜い罵り合戦と足の引っ張り合いに終始しているのだ。


「弾劾という話になっているようです」


 挙国一致内閣成立後に成果を出して現政府の手柄にされるよりも、政権を奪取することを優先する野党と支持者は協力を拒否していた。


 なにせ生き残った兵士達も深刻なPTSDを負っているため、派遣された五万人全員が丸々再起不能の全滅に陥っていると言ってよく、現政府への攻撃材料には事欠かない有様だ。


 これを野党や支持者はスルー出来る筈もなく、待つことを知らない野良犬の様に餌を貪っていた。


「しかも再出兵の可能性が……」


「軍は政治のおもちゃではない!」


 軍人達に怒りが渦巻いた。


 失敗をすればそれをなかったことに出来る大きな成功を求める。それは古今東西の人間が逃れられない習性であり、ルラノーア国の政府も同じだった。


 この場合の失敗は白石逮捕であり、求めている大きな成功は白石だけではなく島の国の完全征服だ。


 しかしながら、政府の政治的危機だから未知の敵に無策で突っ込めと命じられる軍にすればいい迷惑だ。


 同じくらい迷惑なのは、野党と支持者達は今すぐにでも島の国を亡ぼせと主張していることだろう。


「……」


 一瞬、軍人達の脳裏にクーデターの文字が浮かぶ。


 どんな政治体制だろうが、軍が文民統制という言葉に縛られている状況では、その文民という大多数が馬鹿なことを基本的に想定していない。いや、想定しようがない。


 尤も軍が賢いかと問われれば、疑問符が浮かぶ時代も多々あるため、もうこれは人間という種の宿命と思うしかないだろう。


 賢い。頭がいい。国民全員がきちんとした教育を受けている。文明を作り上げた。結構な話だ。


 枝葉が咲き誇ろうと生物としての本能的な根。保身、優越感、生存、嫉妬、侮り、同調圧力、場に流される。それら様々が、石を叩き割っていた時代からあまり変わっていないことに眼を瞑ればだが。


 ◆


「また来るんでしょうかねー」


「来ると思うよー」


 河原で寝そべっていた白石は、背後から聞こえてきた甘ったるい声に返事をする。


「極論すれば100の内51人が元気なら頑張るかもね。50人になってようやく止めようかって話。49人になったらもう駄目。止めよう。みたいな?」


「へー。人間って大変ですねー。無理そうなら無理って諦めたらいいのに」


「生き死にじゃなくて面子で戦ってただけなのに、ヤバイ奴はヤバかったよ」


「古い人間を持ち出されても困るかなーって」


「はははは。若者には理解出来ないかー。と言いたいところだけど……」


「なにか?」


「いえ、なんでもありません……」


 白石は纏わりついてくる黒い靄を気にせず、名が廃れるくらいなら死んでやると豪語して、怪物達をなぎ倒した武者達を思い出す。


「次に来る時は本気だろうなあ。対宿敵結界も作動させないと」


「そもそも勝てるんですかー?」


「チハヤ先生を止める手段が今のところ見つかってないから、負けることはない……と思う」


「反則を持ち出すのは卑怯かなって」


 沈みゆく夕日を眺める白石の顔は普段通りであり、やって来るであろう鋼鉄の嵐への対策を考えていた。


「それに、茨木君がかなりやる気なんだよね。どうもルラノーアで侮られたのが気に入らないみたい」


「あらあ……」


 続けてぽつりと漏らされた白石の言葉に、甘ったるい声はご愁傷さまと言わんばかりの感情を込めるのであった。

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