敗残
斬る。斬る。斬り捨てる。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
無限に思える餓鬼の群れ。いや、事実として積もりに積もった怨念と邪気は無限に等しく、溢れ出たなら忽ち京を飲み込むだろう。
それがどうした。だからどうした。
「おおおおおおお!」
叫ぶ荒武者達。その全てが一騎当千。万夫不当。万人敵。
無限の濁流を斬り続け、腕に、足に餓鬼が絡もうとなんの障害にならず刀を振り回す。紛れもなく人類の最盛期。
一人ではなく、一万を超える全ての荒武者が英雄。
「鬱陶しいわあああああ!」
なにより暴れ回る二代目征夷大将軍。
荒武者達にとってすら武の象徴。頂点。至高。
超越した現象、鬼門ですら理解不可能な理外の存在。
蹴散らされる餓鬼の群れ。千年以上前に行われた戦いの初戦は鬼門の圧倒的敗北だった。
◆
◆
ここ数日、ルラノーア国の軍港付近では虐殺を主導した重犯罪者、白石が連行される様を中継するため多くのメディア関係者、一目見ようと思った野次馬の一般人、それと動画投稿者が集っていた。
なにせその瞬間の撮影に成功すれば高視聴率は間違いなし。投稿者にとっても再生数が期待出来るため、成功が約束された一大イベントと言っていいだろう。
そこに百人近い死者への哀悼など欠片もなく、あるのはどこまでも利益だ。
「まだかよ。もうそろそろだと思うんだが」
「もしかして混乱を避けるために、別のところからこっそり……って感じじゃないっすか?」
「ああ……あああああああ……ひょっとしたらそうかも」
実際、とある動画投稿者が気にしているのは、いつになったら一国の主でありながら世紀の大犯罪者となった者が、自国に連行されて項垂れる姿を撮影できるかについてだ。
メディアも煽る。
『百人の犠牲者ですから、死刑はまず間違いないでしょう。しかし中々難しいかもしれません』
『きっちり逮捕されて裁判を行われる独裁者というのは……』
『ほぼ事例がないですね。逃げて亡命するか、混乱の最中に命を落とすかのどちらかが多いです。今回の警察が気にしているのは、犯人が山の中に逃亡したり自殺を図ることだと思います』
戦いが起こったとしても絶対に勝てる。虐殺者を追い込める。それを疑っていない。
「支持率は?」
「回復してはいますが……」
支持率ばかり気にしているブラウン大統領も似たようなものだ。
虐殺事件が起こった直後、一時的に急落していた支持率だが、白石の逮捕を発表すると若干持ち直した。しかしながら、対立政党が声高に懲罰戦争を主張しており、そちらの方がかなり受け入れられていた。
するとどうなるか。
「やはり今からでも……いや……」
その支持されている戦争という方向に舵を切った方がいいのではと、ブラウンを含めた政府の人間は思い始めた。しかし今更現場に向かった者達に方針転換を伝えると、それはそれで敵対政党に攻撃材料を与えるようなものだった。
結局のところ、今現在ルラノーア国を動かしている人間にあるのは現状維持と支持率のことだけであり、国益よりもまずは与党としての立場が優先されていた。
逆に野党は大きなことだけ言っていれば支持率は上がるし、現実に落とし込む面倒な作業の必要がない。だがその夢物語りで国民の気がよくなるなら、政府も無視するわけにはいかず現実と齟齬が出始める。
犯罪者を逮捕する理想と、大敗して壊滅した軍という現実も……。
翌日。
「周囲一帯は立ち入り禁止になった! 早く退去しろ!」
「な、なんだ急に⁉」
軍港に集まっていたメディア、動画投稿者は、血相を変えた兵士達の命令で排除され、周囲一帯は完全に規制されてしまった。
しかしながら、そんなことで諦めるようならここには来ていない。
付近の住居、見晴らしのいい場所などに無断侵入して撮影場所を確保した一同は、なにかとんでもないことが起こったのだと判断してやる気を上げていた。
呑気なことと言うべきか。
撮影している者達……いや、視聴者が望んでいるのは刺激のある記事、映像であり、その点では彼らに節操がないのではなく、人間全体にないと評するべきだろう。
ただ、その刺激が強すぎることは予想外の極みだった。
すぐではなく、それから丸一日。
前日から医療関係者と思わしき人間達が軍港に集結しており、これはやはり何かがあったのだと思った撮影者達は、思わぬ奇襲でも受けて多数の怪我人。場合によっては死者すら出たのではと思った。
(見通しが甘かったと政府、軍を非難できるし、死者がいれば遺族に取材も出来る。再現映像も作らないといけないから忙しくなるぞ)
尤も死者が出たと予想したところで、撮影者の頭の中にあるのは数字が取れるかどうかだ。
彼らはそれで飯を食っているのだから当然であり、余所に負けてなるものかと決定的なシーンを撮ろうと奮起する。
『現場からの中継です。たった今、白石容疑者を連行していると思わしき船団が到着いたしました!』
『今慌てて動画を撮ってるんですけど!』
奮起は船団の到着と共にピークへと達し、あちこちに存在する撮影機器が一斉に起動した。
そして百人を虐殺した重罪人の到着は、全ての放送を中断して生中継しなければならないイベントであり、各局で臨時の番組に切り替わった。
政府から行われた報道自粛の要請は無視して……である。
だから流れた。全国民が注目している中、地獄絵図の残滓が。
『あれは……あれはどういうことなんでしょうか……』
スタジオのキャスターが戸惑ったような声を漏らすが、それはテレビを見ていた全ての人間の疑問を代弁した。
『ひいいいいいいいい!』
『いやだあああああああああああああああああ!』
遠くからの撮影でも軍港から聞こえてしまう声。
船が到着した途端に一刻も早く、そして少しでも遠ざかるため、正気を失った兵士達が走り、それを軍港にいた者達が取り押さえる。
だが一人や二人の話ではない。百、下手をすれば千人近い兵士が正気を失ったように叫び、暴れ回っている。
そして怪我人。
脚がない。腕がない。体の一部がない人間達が、ストレッチャーに乗せられ次々と運ばれる。
最後に運ばれたのは……船の中で命を落とした者……遺体袋だ。
『ど、どうなってんだ? 他の奴は?』
暴れる兵士、生気のない怪我人、項垂れて袋を運ぶ船員。その群れ。群れ。
数が全く足りていないことに動画投稿者の一人が気付いた。
島の国に向かったのは五万人もいた筈だ。動画投稿者はその様子も撮影しており、大勢の人間を記憶していた。しかし、どう見ても軍港には半分もいない。
『む、向こうで治安維持か?』
脳が浮かんだ最悪の予想を拒絶して、最もあり得ると誤認した可能性を口にする。
島の国の治安維持任務で帰っていないだけだと。
残念ながらその誤認は時間が経てば経つほど薄れ、軍港にいる者達にぴったりな言葉が思い浮かぶ。
『まさか……負けた?』
即ち、敗残兵である。
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