闇バイト潜入捜査系VTuber採用試験、その正体
アーカーシャチャンネル
はじまり
時代は令和となっていた。昭和、平成と続き、時代は……気が付いてみると令和だったのである。
この時代の日本は、ある存在が日本を深い闇へ導くかのような展開になっていた。
それは、闇バイトである。裏バイトともいわれるし、特殊詐欺グループの一斉摘発などのニュースは記憶に新しい。
その闇バイトの存在が、日本で脅威となり、海外でも『闇バイト』と言うワードが日本語でも通じるレベルで……浸透していた。
警察も闇バイトの一掃に動き出すのだが、それ以外の事件も放置するべきではない為に闇バイトばかりに注力するわけにはいかない事情もある。
それでも、近年はAIを使用した犯罪発見プログラムが浸透したので、それによって事件が一週間もたたないうちに完全解決をするという……フィクションのゲームやアニメを思わせるような事例が現実化していた。
これが、我々の知りうる令和。その中で、犯罪発見プログラムさえも通り抜けてしまうような存在、それが闇バイトだった。
今から受ける試験は、グレー案件と言うハッシュタグの付けられた投稿をきっかけとした……VTuber募集案件の試験の全容と言うか、一部である。
【若干名募集。今回の企画に賛同するVTuberの中の人を募集します。犯罪発見AIシステムをすり抜ける存在、それがニュースで報道されている闇バイトです。その一掃をするVTuberを募集――】
この投稿はSNS上で瞬く間に拡散、100万を超えるグッドやリツイートがされており、投稿に付けられたハッシュタグである「グレー案件」は流行語のイベントにノミネートされるほどだ。
今から、我々はこの試験を受けようという配信者の一人に許可を取り、潜入を試みた記録を、割愛もしつつ……公開しようと思う。
『本日は皆さんに、我々が行う一大プロジェクトのVTuber試験を受けてもらいます』
『プロジェクトと言っても、一般マスコミへは公開前なので、間違ってSNSで拡散することはないように気を付けてください』
『募集告知が拡散していた件は……まぁ、それはそれで。拡散してもらわないと、仮に募集しても受験者が集まりませんし』
『こちらも企業VTuberと言われるカテゴリーの側ではあるのですが、大手よりは知名度が低いので……この点に関してはどうしようもありませんね』
モニターに映るのは、大手ではないが企業系VTuber事務所の男性社長である。
しかし、背広には不釣り合いなジャガーの覆面……。おそらくは、彼もVTuberなのかもしれないだろう。
背広を着ているが、脱ぐと筋肉が……という事もない様子。しかし、まったく身体を鍛えていないかと言われると、それは嘘である。
さすがにプロレスラーだったり、格闘家という事はない。ジャガーの覆面をしたレスラーは存在するかもしれないが……。
今回の募集内容は「新プロジェクトのVTuber募集」である。
この企業が扱っているメインは配信ではなく、イベント会場に出張するようなタイプのイレギュラーとも言えるVTuberだった。
バラエティー番組のロケを思わせるような活動を行うVTuberというのは、色々と異例すぎる。
ほとんどが動画配信を行う系統、それこそ最大手がやっているようなVTuberをイメージしていただけに、今回の試験は別の意味でもイレギュラーと言わざるを得ない。
場所が場所だけに、リアルの場所で活動するVTuberも可能……という事なのだろう。システムが確立してなければ、このような芸当は不可能だ。
実際、その光景を会社のVTuber紹介などでも書いているのだが、見た目は特撮作品の撮影と見間違えるような……というのは間違いない。
試験は詳細が漏れるのを防ぐために、リモート方式で行われ、受験する人は専用サイトで応募し、エントリー後にメールで送られてきたURLをクリック、そして、この動画を見ているという流れだ。
しかし、募集告知が拡散していた一件に関して言えば、向こうも把握しているはずだし、口調からはそうも見て取れる発言もあった。
何故、ここまで「把握している事」を黙っているのだろうか?
『このプロジェクトには目的があります。それが達成されれば……いわゆるVTuberは卒業となります』
まさかの男性社長からの発言に、この配信を見ている他の受験者からはため息、動揺、更には頭を抱えるような人物もいる。
『卒業と言っても悲観的になってはいけません。この活動は、目的が目的なので卒業できないこと自体が問題なのです』
『……まぁ、留年と言うわけではありません。だからと言って、ノルマ達成失敗でプロジェクト終了もないでしょう』
『このプロジェクトは失敗が許されません。ノルマ達成は成功させるべきなのです』
失敗が許されない、そのプロジェクトに対して……本当に自分でよかったのか、そう思う受験者はいるだろう。
しかし、この配信を見ている人物は、アンケート試験、筆記試験、VTuberの体験試験と言った物も合格した、エリート中のエリートのはず。
今更、難題をぶつけられても……という受験者なのは間違いない。目つきも、心構えも最終試験に残れなかった人物よりは……。
試験を受ける受験者のパソコン画面に表示されているのは、ジャガーのマスクをかぶった男性社長の映し出された配信画面、それにコメントフォームがある位だ。
他の人物のコメントはチェックできない。画面に流れることもないので、そこから試験内容が……という事もないだろう。
このコメントフォームは、あくまでも質問用という事で用意され、クリックするボタンの名称も「質問」である。
これを使わない選択肢もあるだろう。しかし、これを使った回数で点数に変化があるという可能性も否定はできない。
【ノルマ達成とは? いわゆる投げ銭とかですか?】
男性社長の目の前には撮影用カメラがあり、そこで配信しているような形だった。そのカメラの下に、いわゆる質問で投稿されたコメントが表示されている。
最初に投稿された内容は、いわゆる投げ銭に関するものだった。
『早速質問とは……。そうですね、ノルマと言っても金銭的なものではありません』
『確かに企業なので、利益はあげないといけないでしょう。しかし、我々が求めるのは利益のその先です。将来的に損失が出る事の方が問題なのです』
『これに関しては合格した人に説明する予定なので、皆様もこの試験で合格できるように頑張ってください』
男性社長は、手振り身振りで説明を行う。将来的な損失とは、VTuberの炎上による引退などなのだろうか?
しかし、彼はノルマの達成で、このプロジェクトのVTuberを卒業させると言った。引退と言うワードは使っていない。
では、どういうことなのか? 自分は、それを質問でぶつけることにする。
【合格の枠は若干名という事ですが、1名で終わる可能性、もしくは合格者なしもあるのでしょうか?】
次の質問は自分のものではない。どうやら、順番、もしくは内容によって……という事の様だ。
もしかすると、コメントにタイムラグもあるのかもしれない。
『合格者なしに関してはありません、と断言します!』
質問内容は募集するVTuberの人数の様だ。全員不合格コースはない、と左手で拳を作って……更に言えば手も震えている。
もしかすると、話題作りで募集しただけで合格者なしというマッチポンプ……を質問者は考えていたのだろう。
ここの質問だけ、声を荒げることはないのだが……さすがに冷静でいられなくなったようで、少しだけ声のトーンが上がっていた。
『我々は今回とは別にバラエティー番組向けのVTuberも募集しています。そちらでは確かに合格者なしもありました』
『それでも、今回の企画は別件です。他で合格者なしはあったとしても……今回は「あっては」いけないのです』
『それを踏まえて、アンケートなどの審査も行い、この配信を見ている方々は最終選考に残ったといってもいいでしょう』
まさかの発言も飛び出した。この配信を見ている人物は、全員が最終選考突破だという。
つまり……この配信で何らかのテストを行い、数人に絞られるのかもしれない。
【我々は、募集の投稿に書かれていた闇バイト潜入捜査系VTuberというのも気になっています。まさか、本当に闇バイトの現場に潜入するのですか?】
【実際、ニュースで闇バイトに警察関係者を偽装潜入させ、一掃しようという話もあるとか。まさかとは思いますが……】
彼は、まさかと思いつつも質問をぶつけた。募集するVTuberは闇バイト潜入捜査系と書かれており、その通りの事をするのでは……と思った為である。
この質問が読まれたのは一番最後、質問を締め切る前にはコメントを投げたはずなので……質問内容を向こうが選んだ可能性は否定できない。
『その通りです。額面そのままですよ。今回のVTuber募集は、リアルの闇バイトを根絶し、それこそ闇バイトと言うワードがSNS上で二度とつぶやけないようにする……そういう目的です』
『SNS上で、ある有名会社のアカウントで愛称を間違えて言及、つぶやく行為を行うアカウントを監視するという一連の流れを見て……これを思いついたのです』
発想はまさかの個所からあったらしい。正式な愛称がAAというアカウントがあるとする。しかし、実際に呼ばれているのはABという愛称だ。
それを監視するために「AA監視部」みたいなハッシュタグが流行していた時期もある。今回の募集は、これがきっかけだった。
『我々にとって、闇バイトは我々の営業を妨害している存在であり、一掃されるべきなのですよ。しかし、様々なニュースで知っていると思いますが、闇バイトは未だになくなりません』
『犯罪発見AIシステム、それを用いても闇バイトは様々なワードを使って逃げ延びて、令和となった現在も生き延びています』
『彼らが優秀なハッキングシステムを使って逃げているわけではないのは……ニュースでも聞いている人がいるでしょう。そういう事です』
平成の終わり近くに導入されたとされている犯罪発見AIシステム、それを使っても闇バイトは一掃できず、令和を迎えてしまった。
明らかにフィクション、この試験自体がドッキリの類なのでは……と考えて応募したような受験者は社長の配信を前に試験に落ちていたのである。
それを踏まえると、男性社長の本気度は……言うまでもないだろう。
『そうした情勢、世界の流れを踏まえたうえで、皆様に問いたい。VTuberになった暁には、どれ位の時間をかけて闇バイトを完全一掃できるか、を』
最後に、男性社長は右手で拳を作り、その力の入りようは……今までの発言を踏まえれば、本気なのは間違いない。
単純にVTuberとして人気になりたい、バズりたい……そうした安易な気持ちだけでは、今回の案件は達成できないのだ。
闇バイトへの恨みやそれによって失われたもの、そうした負の感情で応募したような人物も選考には落ちているのだろう。
自分は、どれだけの人数が男性社長の配信を見ているのか知らない。それは、他の応募者も該当する。まさに完全な密室試験とも言えるような……。
最終試験の正体、それは「闇バイト潜入捜査系VTuberになって、どれ位で闇バイトを根絶できるか」を問うものだった。
なってすぐ、一か月、半年、1年……様々な回答が男性社長の元に集まっている。
それを見て、男性社長はジャガーのマスクをしているので顔色こそは分からないが……複雑な心境にいるのは間違いない。
そこで自分は、ある日数を投げることにした。コメントで説明する行為は禁止されていたので、選択肢を選ぶしかできない。
項目に「その他」はない。具体的な時間が細かく設定はされているので、そこから選ぶしか道はなかった。
しかし、男性社長は不安で仕方がない……そう自分は思っている。だからこそ……あの選択をした。
「はい、カット!」
男性社長の配信から、その社長とは違う男性の声が聞こえた。一体、どういうことなのか……自分は把握できないでいる。
しかし、からくりは簡単なものだった。
むしろ、途中の募集における文章が悪意を持って切り取られていた結果、あの展開になったとも言えるが。
『だまして悪いが……』
男性社長はおもむろにジャガーのマスクは脱ぎ始め、その素顔は……予想外の人物だった。
『こういう事だったのだよ。これ自体、実は撮影だったのだ』
真相としてざっくりと言えば「新たな特撮番組の撮影」である。
それが撮影の部分が割愛された結果、本当にVTuberを募集しているのではないか、と言う文章になってしまったのだ。
『しかし、実際に試験をしていたのは事実だ。これによって、次の番組をどうするか……という方針も決まった』
『結論から言うと、合格者は3名だ。応募人数……』
ここから先の言葉を自分は思い出せない。今回の応募人数は1万を超えるという話だってあったからだ。
最終選考1個前で残ったのは数百名。そこから更に絞られて……3名としか覚えていなかったのである。
自分の結果はと言うと、後日にメールで送られてきた。
【今回の選考では……】
結果としては不合格だった。やはり、あのタイミングで顔色を探ってしまったのが最大の失敗だったのだろう。
それでも、今回の事件の真相を知ることはできた。やはり、情報ソースは公式の物を確認することが重要、と言うのも改めて思い知らされる。
そして、この報告書をある場所へと送ることとした。それが……約束だったから。
更に数日後、一連の偽情報を拡散したアカウントが凍結、更にはまとめサイトも一掃されることとなった。
やはり、まとめサイトは悪意を持って情報を拡散し、利益を得ようと金になりそうなニュースを改変し、拡散していた事実は……国営ニュースでも報じられ、一気に勢いを落とすこととなる。
今回の事件自体、実は闇バイトでVTuber事務所の炎上を狙っていた事実も判明した。株価を下落させ、インサイダー取引でもしようとしたのだろう。
そうした事実も明らかになり、一時的だがSNS上に平和が訪れた。
それからしばらくして、自分は個人勢としてVTuberデビューすることになる。
モデルなどは用意していなかったものの、それをサポートするような体制がオケアノスと言うアミューズメント施設にあった。
その力を借り、アバターモデルこそは汎用モデルをエディットしてのものだが、オリジナル……いわゆる一次創作なVTuberとしてデビューすることになる。
自分は今回の企業勢の試験には合格できなかったが、こうして個人勢としてのVTuberデビューは出来たのだ。
一度の不合格で出来なくなるようなものではないはずだ。強い意志があれば、それは別の場所でかなうのだろう。
VTuberをやりたかったのは、変わりがないから。その思いに、嘘偽りはない。
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