試験が存在しなくなった世界

kayako

試験で苦しんだ時、誰しも一度は考える?



 2025年、世界から「試験」という概念が消失した。

 人間の頭脳と身体をCTスキャンすることにより、試験に代わる選別が自動的に、しかも短時間に行なうことが可能になったのである。

 学校の試験についても、企業の面接についてもほぼ同様。その学校に相応しい学力をもつ人間が、その企業に相応しい能力をもつ人材が、ややこしい試験や面倒な面接が一切なくともCTスキャン一発で判別可能になった。


 この大発明に、あらゆる学校・企業が飛びついたのは言うまでもない。何故なら――

 試験直前になって付け焼刃の知識を詰め込み、運も味方につけて定期テストを切り抜ける者。

 面接で聞こえの良い嘘八百を吐き散らし、いざ仕事になったら散々文句を言ってさっさと転職する者。

 そういった輩に翻弄されることは、もうない。真の能力がスキャンだけで分かるのだから!

 さらに、引っかけ問題を作ったり意地悪な面接官を用意したりなどの面倒もなく、スキャンだけで全ての能力が分かる。


 勿論、試験を受ける側だった学生たちにとっても万々歳だ。

 テスト勉強など、もうしなくていい。面接の練習など不要。

 個々の適性も瞬時に分かるので、どの学校に行ってどんな職業につけばいいのか、あれこれ悩む必要もなくなった。



 この画期的なCTスキャンが普及して最初の5年。

 人それぞれの本来の能力が瞬時に判明し、誰もが理想の進路を選び、誰もが理想の仕事に就くことが出来た。

 本来なら学力的に問題ないはずの生徒が、しょうもない引っかけ問題で受験に失敗することもなく。

 逆に学力が基準値に達していない生徒がたまたま運よく受験に合格してしまい、その後勉強についていけず苦悩することもない。

 面接で自分をごまかす必要も、ありもしない志望理由を飾り立てる必要もない。

 試験や面接に頼ることなく、学校も会社も本来の自分を評価してくれる。

 誰にとっても幸せな社会になる――誰もがそう思った。



 だが、それも最初だけ。

 そこから5年も経過すると、少しずつほころびが見え始める。

 そしてさらに時は過ぎ――



 2045年、某会社人事部。


 面接も試験も存在しなくなって20年。

 どの企業でも人事部とは最早名ばかりの部署となり、社内でも特に出来の悪い、いわゆる落ちこぼれが集う窓際部署と化していた。この某会社も例外ではない。

 今日も彼らは当然の如く昼過ぎに出社し、半分居眠りをしながら、応募者のスキャン結果をチェックするだけの仕事に没頭している。

 そんな彼らの会話は。


「やれやれ……今日もろくな人材出てこないなぁ」

「みんなが勉強しなくなったからなぁ」


 椅子の上で堂々とあぐらをかきながら、データを眺める40代社員二人。

 彼らはCTスキャンによる入社を認められた、最初の世代だ。


「僕らより上の世代は、みんな言うよねぇ。

 俺たちは試験と面接で大変だったのに、お前らはいいよなぁって」

「今となってはそれも分かる気がするぜ~

 頭を調べてもらうだけで合格できるなら、そもそも勉強も面接対策もする必要ないからなぁ」

「いや、勉強する必要はあるんだよ? でなきゃスキャンも通らないんだから。

 だけど試験がないと、なかなか勉強ってしないもんなんだよねぇ」

「俺らの世代はまだ学生時代に試験があったからまだこんなもんで済んでるけど、俺らより下になればなるほどどんどんレベル下がっていくよなぁ」

「試験がないからそこに向けての努力もしなくなって、世界的に学力レベルが著しく落ちてるってどっかのニュースで言ってたなぁ~」

「世界的にかぁ~、だったら問題ねぇかなぁ~、俺らの国だけじゃないし」


 パソコン画面に表示されたデータを眺めながら、スナック菓子をボリボリかじる社員二人。


「見ろよ、この写真。

 こいつら、身だしなみ整えすらしなくなったし」

「スーツ姿で来る応募者の方が珍しくなっちゃったね。何このダサイ穴あきジーパン」

「そもそもCTスキャンですら怖いって逃げ出した奴までいるってさ」

「それもこれも、試験や面接がなくなったせいじゃないの?

 そういうプレッシャーに耐えられる人材がいなくなっちゃったってことじゃ」

「今思えば、学生時代ウザくてたまらなかった定期試験そのものが、世の色んな苦難に耐える為の訓練だったのかもな」

「そもそもウチの採用基準を満たせる奴が1万人に1人もいないって時点でヤバイ」



 ちなみに、この二人以外の人事部社員は全員、二人より後の入社である。

 そして全員、まず出社していない。



「はぁ~あ、またVtoberの配信でも見るかぁ」

「Vtober? 今はろくな奴いないだろ。

 試験も面接もなくなってから、映画もアニメも漫画もドラマもゲームもいつの間にか面白いものが消えた。

 優れた作家やタレント、面白い作品を生み出すには優れた編集者やマネージャー、プロデューサーが必要だ。昔ならそういう連中は必ず、多くの熾烈な試験や面接を突破してきたが、今は……」

「Vtoberなんてその最たるもんだよね。

 だから僕は、今のじゃなくて昔の配信見てるよ。昔のほうが断然面白いから!」

「だよなぁ~

 あらゆる過酷な試験に勝ち残ってきたVtoberたちの面白かったことよ……」


 そうボヤきながら、窓の外を眺める二人。

 ろくに清掃されておらずゴミだらけの道路には、ボロをまとった人々が今日も彷徨っている。

 あちこちで暴力沙汰も発生しており、少しでも金のありそうな中高年を若者たちが集団で襲っている。今やそれも日常の光景と化していた。


「俺たちはまだ、会社の中にいられるだけマシだぜ。

 外じゃ、どんなCTスキャンでも総スカンを喰らった奴らが物乞いときた」

「スキャンだけに総スカン。ププw

 というか、治安も衛生状態も滅茶苦茶悪くなったよねぇ。どこ行っても食事は不味いしサービスも極悪だし」

「どこの国も同じなら、別にいいけどさぁ~」



 その時、窓の外がピカリと光った。

 突然、地平線から明るい閃光が現れ、空を覆うように広がっていく。

 瞬く間にその光は大きくなり、会社全体、いや街全体が震動を伴って揺れ始めた。


「あれ?

 あの光って……」

「ヤバくない? なんかどんどん大きくなっ」


 それが二人の最期の言葉であった。





 その日、世界中の無数の国が壊滅した。

 それはCTスキャンに頼らず、ひたすら試験による自己研鑽を続けた、とある小国の新型ミサイルによるもの。

 そしてその小国こそ、世界中にCTスキャンの技術を齎し、試験の概念を消滅させた国でもあった。

 そう、弱小な島国が世界の中で勝ち抜き、頂点に立つ力を手に入れる為に――



 Fin

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