夜分に失礼いたします

@PPmojitarinai

第1話

「なあ、人を呪ってみたいんだけど。」

「そりゃこっちのセリフだよ。何時だと思ってんだ。」


自分で言うのもなんだが、俺は温厚な人間だと思う。だがどんな人間だって深夜三時に気持ちよく眠っている所をこのような意味不明な用件の電話で叩き起こされれば呪ってやりたくなるものだろう。


「今は午前三時だろ、でもそんなことどうでもいいんだよ。俺は人を呪ってみたいんだ。」

「そうか、勝手にしてくれ。俺は寝たいんだ。」

「俺は真面目な話をしてるんだよ!」


なるほど、確かにその声には真剣さがこもっているような気もする。呪いとかいう荒唐無稽な第一声からふざけているのかと考えもしたが、もしかしたら誰かを呪ってやりたいくらいの事がこいつにあったのかもしれない。もしそうなら、多少の眠気を押してでも、親友として話を聞いてやるべきか……。


「分かったよ。それで、誰をどうして呪ってやりたいんだ?呪いの事は分からないが相談位は乗ってやるぞ。」

「いや呪ってみたいだけだけど。」

「そうか。お休み。」


聞いて損した。今度こそ俺は電話を切ろうとする。


「いやいやいや、俺は真剣なんだよ!真剣に誰かを呪ってみたいんだよ!」

「相談内容が真剣に思えねぇんだよ。分かんねぇけど、呪いって手段だろ。明確な目的があって誰かに呪いをかけるんだろ。特に理由もないけどとりあえず呪いをかけてみたいって意味わからんしそもそも普通に迷惑だろ。」

「手段が目的だって別にいいだろ。『京都に旅行に行きたい!』って奴は居ても『日本古来の神社仏閣の数々を見学し見識を深め日々の生活に役立てたい』とかいう奴はあんまり居ないだろ。」

「別に手段が目的でもどうでもいいけど切羽詰まってねえなら明日にしてくれよ。俺は眠いんだよ。じゃあ切るぞ。」

「待ってくれ!せめてあと一分……!」


まだ何か言いたそうにしていたが、構わず電話を切る。今度人の眠りを妨げようものなら今度は俺が呪ってやろうと誓いつつ、枕に頭を任せたところで再びスマホが鳴り響く。


いい加減にしてくれ。出てやらねえから、さっさと諦めてくれ。

そんなことを考えながら布団を被っていたが、一向にスマホは鳴りやまない。


「……ちゃんと文句を言ってやらないとダメみたいだな。」

音に耐え兼ね、遂にスマホを取る。しかし、聞こえてきた声はアイツの物ではなかった。


「夜分遅くに失礼いたします。」

「……どなたですか?」


聞き覚えの無い声だ。あいつだと思って出たが、別の奴だったのだろうか?どうせこんな時間に掛けてくる相手だから、碌な奴じゃないだろうが……。そう思い通話相手を確認するが、液晶に表示されているのは間違いなくアイツの名前だった。


「そうですね、貴方が先ほど電話していた彼、その契約相手とでも言いましょうか。」

「契約相手……?何のです?」

「先ほど彼が言っていたでしょう。人を呪ってやりたいと。それですよ。」


やっぱり碌な奴では無いようだ。ただ、アイツのスマホから電話をかけてきているのは気にかかる。


「じゃあその契約相手さんが何の用事です?」

「貴方が先ほど電話していた彼が亡くなったので、一応ご報告した方がよろしいかと思いまして。」


「は?」

アイツが死んだ?さっきまで話していたのに?


「彼は元々超常の力に興味があったようでしてね。それで、どうやってか私の呼び出し方を知った彼は、私にその力を見せてほしいと仰ったんですよ。」

「……貴方の力というのは?」

「ですから、人を呪う力です。まあ彼は特段呪いたい相手もいなかったようですから、そっちは私に任せるとの事でしたが。ただ、人を呪うには相応のリスクがあるのですよ。人を呪いにかけておいて、自分だけは無事でいようなんて考えはいけない。」

「お前が……アイツに何かしたのか?」

「まあ、はい。今すぐ誰かに電話を掛け、三分間切らずに相手が付き合ってくれれば私は誰かに呪いをかける。相手が三分経たずに電話を切ってしまえば代わりに彼を殺すという契約を結びました。」

「じゃあ……じゃあ俺がアイツの電話を切っていなければ……?」

「彼は死なずに他の誰かに呪いをかけていたでしょうね。」

「俺が悪いのか……?」

「いいえ。貴方が電話を切らなければ彼は死にませんでしたが。」

「俺のせいでアイツが死んだのに、俺は悪くないのか?」

「はい。そもそも深夜に訳の分からない電話がかかってきたのに少しでも付き合ってやったのですから。相手が貴方の知らない理由で切羽詰まっていたのを見捨てたからといって、誰が貴方を責められるでしょう。」

「いや……でも……。」

「そもそも、見ず知らずの他人に呪いを掛けようとしていたような人間ですよ?別に死んだっていいじゃないですか。」

「……。」

「まあでも、本当に貴方が気に病む必要はありませんよ。」

「彼の、誰かを呪いたいという願いは、どうやら叶ったようですから。」

「おい、待ってくれ……!」

「彼もそう思っていたことでしょう。それでは、夜分に失礼いたしました。」


そこで電話は切れた。掛けなおしてみても、誰も出ない。

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