レンタルの結末

あおい

第1話


「きゃああーっ!目が回る!」


「アハハハハ!」


 遊園地のアトラクションのコーヒーカップ。私の悲鳴を聞いて調子に乗った彼氏がハンドルをクルクル回す。


 彼の名前は松下宗まつしたそう。二十三歳。高身長で痩せ型。顔はイケメンまではいかないけど普通にモテる容姿だと思う。


 複数人の顔写真が載ったプロフィールカタログから選んだんだけど顔写真より実物の方が断然ナイス。


 そう、私は今、彼氏をレンタル中だ。


 私、坂口奈央さかぐちなお(二十六歳)は、女性のランジェリーをデザイン、販売している会社の代表取締役。私のデザインした下着は若い女性達を虜にしてやまない。値段は正直、高い。でも、それに見合う価値のある品だと自信がある。


 下着はあっという間にバカ売れ、スタッフ二百人を雇用した会社は店舗を増やし年商百億を超えた。私は今年、六本木に建つタワーマンションの最上階に引越したばかり。


 顔はハッキリ言って美人と呼ばれる部類に入ると思っている。スタイルは昔から気をつけているし自信があった。


 まとめよう、美人、スタイル良し、金持ち、タワマン居住、これが私なのだ。


 それってモテるでしょ?どこからか質問が飛んできそうなので先に答えよう。

【はい、おそろしくモテます】


じゃあ、なんでレンタル彼氏?

【金で好みの男性を買えるから】

【売買で後腐れなくバイバイできるから】


 ウチの会社のスタッフ達も男女それぞれ恋愛をしているが、私はそれを見てウンザリしている。泣いたり笑ったり、恋愛には喜怒哀楽がつきものだ。


 それに男は面倒臭い。女の首に首輪をつけたがり、俺の女と誇示こじしたがる。まあ、女もしかりだが。


 とにかく私は縛るのも縛られるのも大嫌いなのだ。いつでも自由でいたいし気が向く時に恋愛がしたい。結果、落ち着いたのがレンタル彼氏ってわけ。


「次、何に乗る?」


 コーヒーカップから降りてフラフラしている私に宗が尋ねてきたので人差し指を前方に差した。


「次、ジェットコースター行くよ」


 回るのは苦手だがジェットコースターは大好き。


「OK」

宗は微笑んだ。……んだけど、いざシートに座り安全ベルトを装着すると、彼の横顔は蒼白で震えている。


 きっとジェットコースターは嫌いなのだ。なのに無理しちゃってさ。こうゆう所がレンタル彼氏のカワゆさ。


 お金の為、必死で業務を果たそうとしてくれる。


 ジェットコースターの次はお化け屋敷、次は空中ブランコ、途中でランチを挟み、またアトラクションに向かう。


 ラストは観覧車。頂上までくると都会の夜景がビューティフル。「綺麗だね」と私が言うと「うん」と彼が頷いた。


 遊園地の出口を抜けるとレンタルは終了する。私は宗に指定額を払い「バイバイ」と小さく手を振った。


 宗は黙っていて去ろうとしない。そして私の手首を掴んだ。


「えっ、なに?」


 困惑する私の手を引いて彼はズンズンと歩きだす。歩きながら宗は振り向いた。そして前髪を揺らしてこう言ったのだ。


「観覧車より綺麗な夜景を知ってるから今から行こう!」


 もの凄い爽やかスマイル。(時間外なのに、いいの?)心で彼に質問したけど、その問いを私は風に流した。


 不覚にも笑顔にドキドキしてしまったからだ。


 宗は高層ビルの最上階に私を連れて行ってくれた。彼は窓に指を差して得意気に口角を上げる。


「ね、さっきより綺麗でしょ?」


 私は窓ガラスに両手をシールのように貼りつけて「本当……綺麗」と呟いてみる。


 本当はね、こんな夜景、タワマンから毎夜眺めているよ。だけど、このキラキラした宝石箱は特別だった。


 特別な宝石に名前をつけたらこうなるかな。【宗のプライベートタイム】

それは、金銭の絡まない時間だった。


 まさか、彼は私に好意を持ったんじゃない?何となく期待して翌月に指名してみる。


 でも甘かった。プライベートはあの時だけ、宗は淡々と仕事を済ませて帰って行く。


 所詮、レンタルはレンタル。時間が終了したら消える運命さだめ。でも、それでいい。私は休日のたびに宗をレンタルした。


 まあ、気に入ったのだ。それだけのこと。


 二十八歳になり、田舎の両親がうるさくなった。「そろそろ結婚しなさい」電話でそればかり言ってくる。


 結婚かあ〜。そう考えた時、ふっと宗の顔が浮かんだ。


 私はダメ元でレンタル会社に電話で尋ねた。

「すみません、あの、レンタル旦那はいませんか?」


「いつもご利用有り難うございます。いますよ、カタログからお選び下さい」

柔らかい女性の声。


 私は慌ててパソコンでカタログを確認する。いる、確かにいた。でも……。


「あの、レンタル彼氏の松下宗君をレンタル旦那にしたいんですけど」


「宗ですか?」


「そう……です」


 別にシャレのつもりはない。


「少々お待ち下さい、本人に聞いてみます」


 耳に聞こえるメロディー音。スマホを持つ手に力がこもる。宗は何て返答するだろう?すると音が止んだ。


「宗からOKでました。レンタル彼氏からレンタル旦那に移行します」


「やったあ!」


 思わずハシャいでしまう。これから私と宗は夫婦になるのだ。レンタルだけど……。


 レンタル旦那は彼氏と違い年契約になる。私は宗と三年契約を結んだ。どうせ三年も経てば飽きるだろうと思ったからだ。


 ハッキリ言って高額だ。一般人には手のでない金額。でも、いい。今の私にとって宗は金額に見合う価値がある商品。私は三年分を一括で会社に支払った。宗はレンタル会社から毎月定額給料を銀行振り込みされるシステムだ。


 早速、私と宗は田舎の両親に会いに行った。手土産を持参して挨拶させる。結婚の許しを得る為だ。勿論、私の指示通り。菓子折りも私が持たせた。


 名前は本名だそうだ。これは本人から聞いた本当のことだが両親は早くに病死、身内はいない。仕事だけ嘘をついた。IT企業勤務(テレワーク)


 宗は少しでも私の両親に好印象をと、金髪のロン毛を黒い短髪に変えてきた。紺色のオーダースーツは私からのプレゼント。礼儀正しい彼に両親は見事に騙され喜んだ。結婚式は挙げないと説明。(お金がもったいないから)


 レンタル旦那は二十四時間拘束、入籍はしないが一緒に暮らすことになる。宗はスーツケースだけを持ってタワマンに引っ越してきた。ずいぶんと軽い引っ越し荷物だ。まあ、足らないモノは私がみんな揃えるからいいが。


 宗との夫婦生活がスタートした。彼の役割りは家事全般。最初は慣れない家事に戸惑っていた彼だが、必死に努力したらしく半年経過で完璧な主夫になった。あっ、主夫じゃないか、これが宗の仕事なんだから。


 疲れて帰宅した私を彼の優しいスマイルが癒やしてくれる。宗の得意料理はビーフシチュー。超絶に美味しいんだな、これが。休日は手を繋いで映画を観たりショッピングに出かけたりした。


 楽しいし癒されるしで文句なし。でもキングサイズのベッドで一緒に眠るが夜の営みはない。別料金なのだ。正直、女だし寂しい。


 私はレンタル会社に連絡して夜のオプション追加して貰った。夜、宗は野獣の如く私を抱く。もしかして我慢してたのかな?


 そのウチ、私は彼の子供を妊娠した。子種料金追加と訳の分からない金を追加して産むことを決意。妊娠を知った宗は気のせいか、とても嬉しそうでタバコをやめた。


 なんと自分の給料で、赤ちゃん用品を色々と揃えてくる。やがて子供が産まれると育児を率先して頑張ってくれた。家事にも手を抜かない完璧さ。


 私はレンタル会社に連絡して宗との契約期間を十年に伸ばした。そして二人目を出産。四人家族になった。子供は男の子と女の子、二人共、おそろしく宗に似ている。そして酷く可愛くて愛しい。


 子供が成長する姿を宗と二人でワクワクしながら見守る日々。一人目の時同様、二人目が初めて歩いた時に、彼は涙を流し手を叩いて喜んだ。


 子供達が少し成長すると家族で色んな場所に出かけた。ピクニック、遊園地、動物園、旅行、アルバムと動画は限りなく増える一方。どの写真も四人で寄り添って、はちきれんばかりの笑顔の花が咲いている。どう見ても幸せに溢れた家族だ。


 でも私は心にブレーキをかけている。幸せに溺れてはいけない。宗はレンタル旦那なんだから。


 そうして十年が経つ。バカな私は、再びレンタル会社に連絡して契約更新してしまった。なぜ?そんなこと考えなくても決まっている。この幸せを壊したくなかったのだ。


 もう何回、契約更新したか、子供も成長し何年か月日が流れた時、宗は窓を見つめて呟いた。


「もう契約更新できないよ。定年だから」


「えっ!」


 私は驚愕した。これは盲点だった。レンタル会社に定年があるとは……。


 契約終了日、宗は「手を出して」そう言って私の左手の薬指にダイヤの指輪をはめた。


「これはエンゲージリング、君の両親に挨拶に行く前に買ってたんだ。恥ずかしくて渡せなかった。後……」


彼は、スーツのポケットからまた指輪を取り出して私の手に捩じ込むように渡す。


「これは結婚十年の記念に買った指輪。やっぱり渡せなかった」


「宗……」


 左手薬指のダイヤが揺れる。手に握ったスイートテンダイヤが汗で濡れる。指が震えて止まらない。胸が熱くほとばしり目眩のように脳裏が揺らいだ。


 宗は壁の時計を見上げた。

「あっ、もう時間オーバー。契約終了だね」


 彼は緩く微笑む。

「僕は今まで、ちゃんと君の旦那でいられたかな?」


 ここからの時間は彼のプライベートタイム。出会った日以来だ。二人で見た夜景がキラキラと輝きはじめて虹色に変わった。


「あっ……」

喉元で声が絡んで上手く発せない。

私はフローリングに顔を下げた。天井を見ない自分はバカだ。下を向いてしまったら涙が溢れてしまうのに。


「僕には……」

ツムジが彼のハスキーボイスをキャッチした。

「僕にとって君は最高の妻だったよ。僕がもし金持ちだったら間違いなく君をレンタルしたいぐらいにね」


「もう行かなきゃ……」

いつの間に用意したのか、何十年か振りのスーツケースに置かれた彼の手が目の上部に映る。


 早く、早く言葉を発しないと宗が出て行ってしまう。


 スーツケースを転がす音が聞こえる。私は鼻水を啜って手の甲で涙を拭った。

「待ってよ」


 滲む視界で彼を真っ直ぐに見据える。

「定年なんでしょ?次の就職先は決まってるの?」


振り返る宗。

「いや、まだ何も考えてない」


「だったら」

私は両手を拳に変えた。

「決めてないなら私に就職しなさいよ」


「えっ?」

彼はキレ長い瞳を見開く。

「今……なんて?」


「聞こえなかった?私に就職しろって言ったの」


「君の会社?僕にできるかな?部所はどこ?」


 本当にダメダメ!宗は何も分かってない。


「そうね、役職を用意してあげる」


「役職?僕には何もできないよ」


「できるよ、というか、あなたにしかできない役職だよ」


「えっ、僕にしか?なっなに?」


 彼の瞳が忙しく泳いでいる。あまりにおかしな顔で笑ってしまいそうになったけど、私は堪えて真顔で言った。


「役職名は、私の旦那。契約期間は一生」


「あっ、えっ……」

宗は一瞬、時を止めたように静止すると表情を歪めて下を向いた。

「僕は……家事しかできないダメな旦那だよ。それでもいいの?」


「それはお互い様、私は仕事しかできない残念な妻だから」


「そんなことない!」

彼は頭を左右に激しく振る。

「君は僕にとって特別だから」


「それもお互い様、私にとってもアナタだけは特別だから」


「じっ、じゃあ」

宗は真っ赤に充血した目を上げて私に歩み寄る。そしてポケットから細いプラチナのリングを取り出した。

「僕はやきもちやきだから君をマリッジリングで縛るよ!」


「えっ?いつ買ったの?」

キョトンと驚いた。


「レンタル旦那を始めた時」


はっ?


「ばっ、バカみたい」


「そうだよ、どうせ僕はバカだよ」


「それも、お互い様か……」

私は指を差し出した。

「アナタのリングもあるんでしょうね?早く縛ってよ、私もギュウギュウに縛るから」


「ちゃんとペアで買ったよ」


 宗は私の指にはめた婚約指輪に重ねるように結婚指輪をはめた。ダイヤとプラチナが仲良く上下に並んでいる。勿論だが、私もしっかりと縛らせて貰う。


 その後、互いの指輪をくっつけて二人で見つめ合い、はにかみながら笑った。いい年して何やってんだか。


 でもね、首輪をはめるのも、はめられるのも、喜怒哀楽な恋愛も夫婦も宗とだけなら大歓迎だ。


 スタートは確かにレンタル彼氏。でもレンタル旦那は存在してなかった。宗は最初から私の本当の旦那で家族だったのだ。


 お互い気持ちを知った後は、もう長年抑えていた愛が溢れて止まらない。私と宗はすぐに入籍を済ませると子供達が呆れるぐらいイチャイチャするバカ夫婦になった。


「パパとママくっつきすぎ!」

「気持ち悪い」


 だって、しょうがないじゃない。これがレンタルの結末なんだから。人生初、レンタル抜きの恋愛してるんだから、夫婦なんだから。


 でも、ある日、私と宗はとんでもないことに気づいて頭を抱えた。


 宗をレンタル旦那した長い年数と料金だ。オプションの夜の営み料と子種料金。フタを開いてみれば私が会社に支払ったレンタル料と宗の給料も見合っていなかったし退職金も雀の涙。がめついレンタル会社め!もっと早くに気持ちを伝え合っていれば……。計算した金額にワナワナ震えが止まらない。悔やみきれないとはこのこと。


 私と宗は頭を抱えたまま悶絶しそうになって絶叫した。


「レンタル代、もったいなーい!!」


まっ、幸せだからいいけどね!



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レンタルの結末 あおい @erimokomoko

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