最終話 勇者の話

「俺の話でもするか。まあ、俺はこの世界でいう転生者。平たく言うと異世界からやってきたものなんだ。」


 プスー。プハー。勇者の口から煙が出る。


「俺の前世は最低だったよ。散々いじめられて、パシられて、殴られてな。今世ではいじめられはしなかったが、悲惨だったな」


 勇者は達観してそういう。


「俺はよく勇者なんて呼ばれるが、俺は勇者なんかじゃない。勇者ってのは、俺が言うに勇ましき者。だと思うんだ。この世から希望も何もかも失ってしまった俺が名乗れるような肩書きじゃねえよ。俺はただの。平凡な男だ」


 平凡な男の頬を一筋の涙が伝う。


「ああ。本当に平凡だったらどれだけよかったか。弓使いも、騎士も、魔法使いも、僧侶も、俺も全員が平凡だったら。農村出身で、大した才能もなく、ただ式に集まって、平凡に働いて、馬鹿やって、みんなでどんちゃん騒ぎ出来たらどんなに良かったことか……」


 プスー。プハー。勇者の口から煙が出る。

 だが、勇者の目からは雫がポタポタと落ちている。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 勇者は絶叫する。


「なんで、なんで俺は勇者に生まれて、前世の記憶を持って、弓使いは、弓の才能に恵まれて、騎士は体力がつきやすくて、魔法使いは基本魔力が多くて、魔法もたくさん覚えれて、僧侶はなんで、回復魔王が得意で、なんで俺は、俺らは!なんで、魔王討伐の旅に出されて、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで!なんで、なんで!なんで……!」


 勇者が心のうちに抱え込んでいた思いが、あふれ出す。


「俺はいじめられたからな。前世では恋する余裕なんてなかった。だから僧侶が俺の初恋の相手だった。だが、その人まで死んだ!嫌だ!こんな世界が嫌だ!理不尽なこの世界が嫌だ!」


 プスー。プハー。勇者の口から煙が出る。

 気が付けばもう日が傾いてきた。


「俺は、俺はもうこの世界では生きていけない。みんな死んだ。みんな死んだ!あいつらが、あいつらが俺の生きるすべてだった!なのに!なのにみんな死んだ!彼女も死んだ。俺は呪う。この世界を、理不尽なこの世界を!俺たちから未来を奪ったこの世界を!だから俺は嫌う!呪う!」


 勇者は鞘からマスターソードを取り出す。

 プスー。プハー。勇者の口から煙が出る。


 勇者の目は、確信と決心と。……そして憎しみと怒りに満ちていた。


「グサッ」勇者の腹に……いや、平凡な男の腹にマスターソードが突き刺さる。

 その刹那、平凡な男は倒れる。


「キャァァァァ!」そこはまるで阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


 国王が叫ぶ。

「先ほど勇者が使っていった紅の回復薬をさがせぇぇぇ!」


 勇者は、平凡な男は憎んだ。この世界を。自殺しても尚、俺を生かそうとするこの世界が。


 許せなかった。

 その刹那。その国には巨大な。そして強い呪いが振りまかれた。


 その勇者は、勇者の皮をかぶった魔物だと。そう人類史に刻まれている




 平凡な男は立ち上がった。が、何か妙だ。

 自分の体がなぜか半透明なのだ。


 ここはどこだろうと、あたりを見まわす。地面はあたり一帯真っ白。

 まるで雲の上のようだった。


 ふと、前方を見ると、最近会ったばかりなのに、懐かしく感じる面々がいた。


 どんな敵でも的でも千発千中だった弓使いの「ボーゲン」

 いつも鎧ばっか着て、素顔はほとんど見たことない騎士の「リッター」

 魔物を食べるのをすごく嫌がってた魔法使いの「スオベラー」

 俺の初恋の相手だった僧侶の「メンヒ」


 ほんとうに懐かしいな。自然と涙があふれてくる。


 仲間みんなが俺に向かって手を振っている。


 俺は、みんなの元へと走り出した。


 ― END ―

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勇者の凱旋記~勇者と仲間の物語~ 団栗珈琲。 @dongurikohi109651

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