第1話
指切り拳万…。
どこからかそんな歌詞が聞こえてくる。
少年は傘を差さずに雨に打たれ続けた。遠くから聞こえてくるサイレン音を聞きながら、ただ、そこに佇んでいた。
「手をあげろ!!」
刑事のそんな言葉に少年は素直に応じた。白くて細い腕が上げられた。少年の顔はどこか安堵の色さえ見せていた。だんだんと小さくなっていく歌詞に縋るように、少年は口ずさむ。遠い日々に交わした約束を。
少年は回想した。刑事に手錠をかけられながら、過去を思い出す。雨は一向に止まない。むしろ、勢いを増して降り続けている。
「…誰かの涙みたいだな」
刑事のつぶやきに、少年は微笑む。「…そうですね」
「未曾有の連続殺人事件の犯人が、たった今確保されました!!遠くてあまりよくは見えないのですが、なんと犯人の正体は少年のようです!14人を殺害した日本を震撼させた殺人鬼。彼の動機は一体、なんでしょうか?警察の発表を待ちましょう」
リポーターが興奮して話している。数え切れないほどのカメラがついに少年の姿を見捉える。シャッター音が現場を包む。
少年は目を閉じた。瞼の裏に、ある女性の姿が浮かぶ。痩せてやつれた美しい女性が僕に優しく笑いかけてくる。
『あたしは大丈夫だ』
高いトーンで、小さな子供をなだめるようなそんな口調で、
『君、いつも言ってたでしょ?』
くすくす、と笑うその仕草が僕は好きだった。不思議と胸の辺りが温かくなるんだ。
『“あなたはしぶとい”って。だから』
僕の頬を撫でる。まるでペットに触るような手つきで。
『大丈夫。君に殺されるまでは死ねない』
『まだそんなこと言ってんの?』
『ふっ。そんな泣きそうな顔をしないでくれよ』
まるで何も変わらないように、僕に嘘を吐いた。それも僕を傷つける、ひどい嘘を。
『約束しよう』
「はいっ」と女性は少年に小指を差し出す。少年は怪訝そうな顔をしたが、しぶしぶ自分の小指を出した。
『指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます、指切った!!』
小指と小指が離れた瞬間、ぼそっと女性が何か言っていたような気がしたが、少年の耳には届かなかった。
―――針千本を飲むのは誰?
少年は目を開けた。そして、そう呟いた。
***
「中島さん!!」
名前を呼ばれた男は、寝不足なのか低い声で「何だぁ?」と返事をした。くたびれたスーツを着て、しばらく整えていなかったのか、無情髭が生えていた。
「新たな被害者が出ました!!」
中島は目の色を変え、舌打ちをした。今、中島ら特殊犯罪捜査一課3班は、毎日のようにニュースで取り上げられているある事件を追っていた。
2022年1月20日未明、埼玉県飯能市で一人の遺体が発見された。――それも内蔵の一部が取られた状態で。
当初、警視庁捜査本部は内蔵の一部が取られていたことから快楽殺人事件として方針を固めた。しかし、3日後、二人目の遺体が発見された。被害者は若い女性で、殺害現場は東京都千代田区と一人目の殺害現場とは離れた場所だった。二人目の遺体は何も取られてはなく、人形のように美しい姿で殺害されていた。ただ、殺害手口が同じだったため、連続殺人事件として大規模な捜査が行われた。緻密な計画を立てて、殺人を行っているのか、犯人の遺留品さえ、指紋などの手掛かりは一つもなかった。その上、目撃者もいなかったため、捜査は暗礁に乗り上げる。その後も被害者は増えていき、その数は13人となった。事件発生からたった2ヶ月で…。
中島はこの事件をただの殺人事件ではないと考えていた。殺人手口がかなりこだわりの強いものだったからだ。どのご遺体も幸せそうな顔をしていた。快楽犯や愉快犯なら被害者の絶望に満ちた顔を見たいはずだ。これまでの経験からそのような犯人が多かった。しかし、今回の犯人はそうではない。むしろ、被害者を思っての犯行のように見える。この事件は何らかの目的があるに違いない。そう考えていた矢先に、14人目の被害者が出てしまった。すぐに会議が開かれた。ただ、不思議なのはこれまでの犯行は一週間に2人くらいのペースで行われていた。しかし、14人目は1ヶ月という長い沈黙を経ての事件だった。
「被害者の名前は明石笑美さん、36歳です。東京都丸の内にてOLをしていました。彼女には家族がおらず、天涯孤独だったそうです」
太田が捜査結果を報告する。参事官の丸川が「死因は?」と尋ねると、すぐさまに鑑識課部長である最上が「心臓が貫通されていて、即死だと思われます」と答えた。
「1ミリもずれることなく、正確に刃が心臓の奥までに刺さっていました。今、解剖を依頼しています」と加えた。
プロの手口であることは最初の捜査で判明していた。中島は腕を組んだ。被害者全員との共通点が全く見つからない。性別も年齢も容姿も殺害現場も皆バラバラである。一貫性のない事件に全員頭を抱えた。判明しているのは、殺人手口が同じであることと、どのご遺体も幸せそうな顔をしていた、この2点のみである。
「もう14人目の被害者が出てしまった。これは警察の威信に関わる事件である。一刻も早く犯人を確保しなければならない。すでに国民から警察への信頼は地に落ちた。それでもやらなければならない。警察の誇りを取り戻すためには」
刑事部長・浅見の言葉に、一同はさらに引き締まる思いで捜査を行う。
「明石笑美さんに恨みを持つ者や交友関係を洗いざらい調べろ!!」
気合いの入った丸川の命令で、会議室がピリッとした厳格な雰囲気となった。中島は10歳も年下の新人刑事、太田と組んでいた。「中島さんはこの事件の犯人をどう見ますか?」
「あのな、太田。人に意見を聞く前に自分の意見を持てよ」
太田は「だって、わからないんすもん」と頬を膨らませた。
「ったく・・・」
中島は缶コーヒーを一気に飲み込んだ。ずっと徹夜続きで、ろくに寝ていない。目の下には隈ができており、元々強面なのか更に磨きがかかってより怖い顔になっていた。今にも人を殺しそうな、そんな顔だ。
「どの線から追いますか?」
「共通点を探す」
「まだ諦めてなかったんすか」
中島は頑に被害者の共通点を探すことを譲らなかった。一度決めたら、最後までやり遂げる。それが彼の信条だ。それに・・・
「なんか、今回の被害者、気になるんだよな」
明石笑美の顔写真を見て、そう呟く。
指切り拳万、嘘ついたら… 氷魚 @Koorisakana
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