指切り拳万、嘘ついたら…

氷魚

プロローグ

ひどい雨の日だった。少年と女性が邂逅したのは。うるさく鳴り響く雷鳴というBGMを聞きながら、女性は目の前にいる少年に見惚れていた。彼の足元には男の人が倒れていた。それが死んでいることに気付くのにそう時間はかからなかった。


暗くてよくは見えなかったが、雷の光で微かに少年の表情(かお)が見えた。返り血を浴びていたのか、彼の顔には赤い血がべったりとはりつけられていた。肌が色白だからなのか。妙に映えていて美しかった。女性は思わずうっとりしてしまう。


しばらくして、彼が今、ニュースでよく取り上げられている通り魔の犯人だということに気がついた。本来ならばすぐに通報すべきだったが、彼女はそうはしなかった。なぜかは分からない。ただ、この光景をいつまでも見ていたいと願ってしまった。


「…死にたいの?」


ようやく少年が口を開けた。声変わりする前なのか、少し高めの声で。それで少年が小学高学年から中学3年生くらいの年齢であることが分かる。


「いや、死にたくないよ」

「だったら、通報するか、それともこのままこの場を去るか、選んで」

「お、あたしを殺さないのか?」

「…もしかして、僕がただ適当に人を選んで殺しているとでも?」

「違うの?」


あからさまに苛立っている彼をよそに、ただの通り魔ではないのか、と女性は考え込んだ。そして、


「殺されるのは嫌だけど、人生は何が起きるか分からない。ある日、突然死ぬかもしれない。病気だったり、事故だったり…もしくは殺されるかもしれない」


少年は戸惑った。目の前にいる女性が、今この瞬間にも犯行を目撃しているのにもかかわらず、逃げもせず、通報もせず、楽しそうに話し始めたからだ。


「もし、殺される、としたらその相手は君がいい」


少年は眉間にシワを寄せた。


「…なんで?」

「今更だけど、君、殺人鬼だよね?」

「それが?」

「君が殺した遺体はどれも美しいものだったって、ニュースで取り上げられていた」

「だから?」


女性はにっこりと笑った。


「君なら、あたしを綺麗なまま殺してくれるんじゃないか。それに、痛くなさそう」


こいつ、イカれてるな…と少年は若干引いた。女性は、一歩、一歩と少年の元へ歩いて行く。それに合わせて、後退りする。


「約束してね。いつか、あたしを殺すって」

「希死念慮?」

「まさか!でも、よくそんな難しい言葉知ってるな。せっかく、殺人鬼をお目にかかれたんだし、約束しておいて損はないだろ?」


その言葉に、少年はこう答えた。


「―――――――――」

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2024年12月25日 19:00

指切り拳万、嘘ついたら… 氷魚 @Koorisakana

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