第5話 ふんどしからのパーティ結成

「変態!?」


 ファインの口から正直な言葉が漏れる。筋肉の塊のような大男が、ふんどし一丁で驀進してくるのだからしょうがない。


「な、なんだ、あいつ!?」

黒鉄くろがね鬼兵きへいか?」

「なんで全裸なんだ!?」


 チンピラたちも異様な光景におののく。


「のこのこ戻ってきやがって、卑怯者が! あいつは鎧も付けてねぇ、ズタズタにしてやれ!」


 リーダーの声に二人の男が、猛然と近づいてくるグレースに向けて剣を構える。馬鹿め、あのスピードでは急には止まれまい。タイミングを合わせて剣を振り下ろすだけだ。


「死ねえぇ!」


 バキバキっ、と床が破壊される音と共に、チンピラたちの剣は空を切る。

 こいつ、直前で足を床にめり込ませて止まりやがった……! どんな足の力してんだよ……!


 グレースは床に沈んだ左足を抜くと、両足に目いっぱい力を込める。筋肉が膨張し、床がメキメキと音を立てる。


「ふんっ!!」


 グレースは足の力を解き放ち、前方へ跳躍する。両腕を大きく広げ、左右にいる男たちをラリアットで吹き飛ばす。そしてそのまま着地することなく、ファインの傍にいるリーダーにドロップキックをお見舞いする。


「ぐぼあぁぁ!!」


 腹部にドロップキックを受け、後方の卓に激突するリーダー。卓は粉々に壊れ、男もゴロゴロと転がって動かなくなる。


「逃げる、逃げるぞグレース!」

「戦いはもう終わった」

「へ?」


 4人いたチンピラは全員がノックアウトされ意識を失っている。


「ふー、俺様の大活躍で危機は去った!」


 お前は何もしてないだろう、という突っ込みもせず、グレースは呆然と立ち尽くすファインに声をかける。


「ココットさん、大丈夫ですか?」

「は、はい。貴方のおかげで……」


 ファインの目線の先には逞しい胸筋があり、グレースの呼吸に合わせて6つに割れた腹筋が上下する。そしてその下には股間部分を覆う白いふんどし……。


 男性の裸に近い体を見るのは初めてで、ファインは顔を真っ赤にして目を逸らす。当のグレースは全く意に介していない様子で真顔で言う。


「良かった。牧師さんは?」

「あっ!」


 ファインはうつ伏せになった牧師の元へ駆け寄る。


「息はしています、気を失っているだけみたいです」


 安堵の顔を見せるファインに、グレースはふんどし一丁で続ける。


「ここは私が見張っておくので、ココットさんはギルド組合に行って助けを呼んでもらえますか?」

「分かりました。すぐに戻ります!」


 グレースは牧師を慎重に仰向けにさせ、楽な姿勢を取らせる。4人のチンピラもそれぞれ調べるが、死んではいない。しかししばらく目を覚ますことはないだろう。


「よし! よし! よし! これなら最低限、戦えるぞ!」


 静かになった教会で一人、咆哮を響かせるグレース。たとえ逃げてしまったとしても、戻ってくればいいだけの話。重い鎧を脱ぎ捨て、なりふり構わず走ればロスは最小限に抑えられる。


 さらに「一度の攻撃で逃げる」のであれば、先ほどのように一撃で複数の敵を巻き込めばいい。


「だが、戻れはしない、な……」


 確かに多少は戦えることは分かった。しかし深いダンジョンを探索し、強大な敵を相手にするアジャースカイでは圧倒的に足手まといになるのは変わらない。


 少しだけ胸のつかえが取れた気もしたが、グレースの失望感と喪失感は残ったままだった。


―――――


「違うんです! この人は私と牧師さんを助けてくださったんです!」

「この変態が?」


 ファインと共に駆けつけたギルド組合員は、グレースを捕まえようとしていた。


 めちゃくちゃになった教会と床に転がる5人の男、そこにたたずむ、ふんどし一丁の大男。ふんどしには短刀のものと思われる鞘がくくりつけてある。誰が見てもグレースが犯人だと思う状況だった。


「おい、変態だってよ。勘弁してくれよ、俺様の名誉に関わるぜ」

「黙ってろ」


 ナイフのぼやきに小声で返すグレース。


「ほ、本当です……この方は私たちを守り戦ってくれました……」


 意識を取り戻した牧師の言葉で、ギルド組合員はしぶしぶ納得する。


「では、賊の4人を捕縛! この方は病院へ」


 ギルド組合員たちに連行されていくチンピラたち。


「ありがとうございました……お礼はまた……」


 担架に乗せられ運ばれていく牧師を見送る。グレースとファインだけが残される。


「牧師さんも命に別状はなさそうだな。君も無傷で本当に良かった」

「貴方の助けがなければどうなっていたか……それに、このガントレットにも救われました」


 ファインは左手で輝くガントレットを優しく撫でる。


「あんたに死なれて、あの下郎と契約するなんて、わたくし嫌ですもの」


 つんけんした調子でガントレットから声がする。


「そちらもしゃべるようになったのか!?」

「そうみたいです。彼らの攻撃から守ってくれました」

「わたくしは戦えと言ったのに。あら、あなた、素晴らしい身体! なんて美しい……わたくしと契約してくださないかしら?」


 ガントレットの提案はグレースにとって魅力的なものだった。逃げてしまうナイフより、逃げられないガントレットの方が俺には合っている。


「おいおい、こいつはもう俺様と契約してんだ。こっちだって、こんな戦い大好き男より、そちらの可憐なお嬢さんと契約したいのはやまやまなんだよ」

「なんなの、あんた。ヘタレのくせに」

「お、俺様はやるときはやるんだ! 戦闘狂のイカレ女!」

「わたくしを侮辱するの? やるならなるわよ」


「そこまでだ」


 ナイフとガントレットの言い合いに辟易したグレースがぴしゃりと言う。


「お互い、状況は変わらないみたいだな」

「そうですね……」


 俯く二人。しばらくの無言を経て、ファインが顔を上げる。


「ファンデンブルグさんは黒鉄くろがね鬼兵きへいなんですね?」

「そうだ。そうだった、というのが正しいかもしれない。俺はもうギルドを抜けた身だ」

「そうですか……これからどうされるんです?」

「ソロでやっていくか、いっそ旅にでも出るか。決まっていない」


 ファインはグレースの目を見つめる。グレーの目の中の、黒い瞳が強い意志を放つ。


「良かったら、私とパーティを組んでくれませんか?」

「俺と、君が?」


 思わぬ提案に虚を突かれるグレース。だが彼女の目は本気だ。


「知っての通り、俺はすぐ逃げる。こんな奴と組みたいのか?」

「はい。私たちは互いに『逃げる』『逃げられない』というハンデを負っています。でもそんな二人が一緒に戦えば、出来ることがある気がするんです」


 確かに、置かれた状況を理解しあえるのは大きい。他人からは理解できなくても、俺が逃げるのも、彼女が逃げられないのも折り込み済みで動ける。

 こいつらの声も俺たちにしか聞こえないようだし、一番の理解者と言えるだろう。


「いいのか? 今回は上手くいったが、相手次第ではどうなるか分からないぞ」

「でも貴方は必ず戻る。そうでしょう?」


 手を差し出すファイン。グレースにももう迷いはない。二人の手が重なる。


「よろしく頼む、ココットさん」

「ファインでいいですよ」

「では俺のこともグレースと呼んでくれ」

「よろしく、グレース!」


 満面の笑みを浮かべるファイン。グレースの悲しみ、喪失感は彼女の笑顔で上書きされていきつつあった。

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逃げる戦士と逃げられない魔導士 ~ふんどし戦士と美少女魔導士の冒険譚~ 黄金米 @koganemai_novel

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