第4話 逃げられない魔導士

 いかにもチンピラといった風情の男が4人、怒声を響かせドカドカと入ってくる。


「ここは教会、静粛に願います」

「うるせえ! 人様の労働力を奪っておいて、聖人面してんじゃねえぞ!」


 突然の物騒な来客に、グレースはファインの手を取り、自分の影に隠す。事態をつかめないグレースだが、望ましい客ではなさそうだ。牧師は諭すように言う。


「あの子らは、貴方たちに無理やり働かされていました。助けを求める者は拒まない、それが教会というところです」

「ああ? この俺にお説教かぁ? 役立たずの孤児どもを世話してやったのは俺だぞ。親が子に仕事を与えて何が悪いっつーんだ!」

「何が親ですか。弱みに付け込み、悪事を働かせる。従わなければ暴力を振るう。彼らを貴方たちの元には二度と戻しません」


 牧師の言葉に、リーダー格と思われる男が近くにあった机を拳で叩き割る。破壊音に、びくっと体を震わせるファイン。


「ふざけんじゃねぇ!! てめえをぶっ殺してでも、連れて帰るぞ!!」


 仁王立ちで静観していたグレースだったが、ここまでのやり取りを見るに、非があるのはチンピラの方なのは間違いなさそうだ。


「おい、殺すというのは聞き捨てならないな」


 グレースは背後のファインにそっと手を振れ、安心しろという合図をしてから、チンピラたちの前へと歩み出る。


「なんだぁ、てめえ。ナイト気取りが邪魔すんじゃんねぇ」

「お前ら、どこのチンピラだ? ギルド組合に報告する必要があるな」

「組合なんかが怖くてやってられっかよ、ゴラぁ! おい、やっちまえ!」


 リーダーが顎でグレースを示すと、二人のチンピラが前に出てくる。二人とも既に剣を抜いており、左右からグレースを囲むように、にじり寄る。


「おらぁ!!」


 左右から二人が同時に切りかかる。グレースは重い鎧を着ているとは思えないスピードで、チンピラの剣を軽々と避ける。

 こんな大振りが俺に当たるわけがない。攻撃の後も隙だらけだ。


 グレースは体勢を崩した一人のチンピラに裏拳をお見舞いする。顔面に強烈な一撃を喰らったチンピラは、数メートル後方まで吹っ飛ぶ。この一連の動きはグレースにとって、反射的なものだった。


 戦闘において、頭で考えるより先に体を動かす。研ぎ澄まされた反射神経がこれまで彼を助けてきたが、今回は違った。


「俺様、戦い、無理、逃げる」


 ナイフがぼそぼそとしゃべると同時に、教会の入口に猛然と走り出すグレース。


「しまったああああぁぁぁぁ!!」


 こいつの特性を忘れていたっ……! 俺自身の体で攻撃しても、このナイフは「一度攻撃したら逃げる」というルールを忠実に守ってくる。足が止められない……!


「待てええええぇぇぇぇ……」


 自分から立ち去っておいて意味不明なことを叫びながら遠ざかっていくグレースに、一同はぽかんとする。


「な、なんなんだ、あいつ……」

「ボス、ありゃ例の黒鉄くろがね鬼兵きへいじゃねぇすか?」

「確かに、あの真っ黒な鎧に、さっきの動き……あいつが。ハハ、ハハハ、仲間を見捨てて逃げる卑怯者つーのは本当だったみてぇだな!」

「違いますっ!」


 嘲笑するチンピラたちに声を荒げたのは、ファインだった。


「彼には、事情があるんですっ……! 卑怯者だなんて言わないで!」


 彼は何も言わず、私をかばってくれた。震えるだけの私を気遣ってくれた。そんな人を悪く言われるのは、我慢ならなかった。


「今度は小娘かぁ!? なかなか可愛い顔してんじゃねぇか。おい、こいつは殺すな、連れて帰るぞ」


 チンピラのリーダーはにたにたと下卑た笑みを浮かべる。


「ひいいぃ……」


 啖呵を切ったはいいものの、ファインにこの場を乗り切る術はない。


「私を使いなさい」


 ファインの背後、卓の方から女性の声が聞こえる。

 誰!? 振り返るファインだが、こちらに走り寄ってくる牧師しか見えない。


「やめたまえ! 殺すなら私だけにしなさい」

「お前も殺すし、女ももらう」


 剣を抜いたリーダーが、獲物を狙う蛇のように刀身をぺろりと舐める。


「私を使いなさいって言ってるでしょ、小娘!」


 声は黄金のガントレットから聞こえてくる。彼のナイフと同じ……こっちもしゃべるんだ……!

 ファインは意を決して卓に向かって走り、ガントレットを左手に嵌める。


 どうせ私はもうこの場から逃げられない。この武具に何か秘められた力があるなら、それに賭けるしか……!


「おお! 姉ちゃん、大層豪華なものをお持ちじゃあないですか。その体とお宝、両方いただけるとは運がいいぜ!」


 下衆な笑い声を上げて男たちが近づいてくる。


「止めなさい!」


 牧師が体当たりを仕掛けるが、チンピラにボディブローを返され、膝から崩れ落ちる。


「てめえは後だ。ガキ共の居場所を吐かせてから殺す。これからお嬢ちゃんとお楽しみタイムだ!」

「イヤっ……来ないでっ……!」


 恐怖で体が縮こまるファイン。とっさにガントレットを付けた左手を、襲い来る敵に向けていた。

 その腕をチンピラリーダーが握ろうとした瞬間、ガントレットから声がする。


「わたくしを汚い手で触れると思うな下郎」


 チンピラは何かに弾かれたように後方に後ずさる。


「なんだ!? 魔法でも使いやがったか、この野郎っ!」


 再度ファインの腕に掴みかかる男だが、やはり何かに弾かれる。


「こんのアマあぁぁ!! その腕、切り落としてやる!!」

「ひいいぃぃぃ!」

「情けない声出すんじゃないよ、小娘。戦いなさいっ!」

「そんなの無理ですぅ……おうちに帰りたいよぉ……」

「誰が帰すかよっ! 腕の一本なくても死にゃあしねぇだろ、おらぁ!」


 男が剣を振り下ろす。やだ、私こんなところで死んじゃうの……?


「ぐ、ぐぬぬぬ……なんで、切れねえんだっ……!」


 恐怖から目を閉じていたファインが見たのは、左手のガントレットから数十センチ離れた空間で静止する剣だった。男がどれだけ力を込めても、刃はそれ以上びくとも動かない。


「わたくしを傷つけられる者はいなくてよ」


 どこか誇らしい、優美な声を響かせるガントレット。逃げられなくなる代わりに敵の攻撃を寄せ付けない、これがこの武具の能力なの……?


「もう女がどうなっても構わねえ! 真っ二つにしてやる!」


 男はファインがガントレットを付けていない側、右半身から横なぎで剣を振るう。


「お願いっ、めてっ……!」

「造作もないわね」


 必死で体を捻り、左手で剣を受け止めるファイン。やはりガントレットから若干の距離を置いて、男の剣は止まる。


「くそがあぁぁぁ!!」

「品がないのよ、下郎」


 煽るガントレットの声は聞こえていないが、思い通りにいかず激高するチンピラリーダー。

 ガントレットは余裕綽々といった様子だが、ファインは恐怖で腰が折れそうになるのをなんとかこらえる。


 確かに攻撃は防げる。でも、私の体力じゃずっとは耐えられない。補助や諜報に特化した魔法しか習得していないため、こちらから攻撃することもできない。


 このままじゃいつか殺される……。ああ、こんな武具を装備してしまったために、私の命は終わるのね……もっとやりたいことが沢山あったのに……。


「うおおおぉぉぉお!!」


 ファインが諦めかけた時、入口の方から獣の雄たけびのような声が響いて来る。あまりの咆哮に、その場の全員の視線がそちらに集まる。


「戻ったぞおおおぉぉぉ!!」


 躍動する上腕筋、はちきれんばかりの胸筋、丸太のような大腿金。そして、バサバサとたなびく白いふんどし。

 声の主は、ふんどし一丁で全力疾走してくるグレースだった。

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