第3話 運命の出会い

 グレースの突然の申し出に、エルザは狼狽する。


「待ってグレース、みんなは私が説得するから!」

「君の心遣いは本当にありがたい。だが俺がいると士気にかかわるし、そもそも、俺はもうまともに戦うことができない……」

「イヤよ! 戦えなくてもいい、私のそばで支えて、ねぇ、グレース……!」


 エレザの目に涙が浮かんでくる。グレースは心が引き裂かれそうな思いを閉じ込め、席を立つ。


「すまない。戦えない俺は、君の邪魔になるだけだ」

「そんなことない! ねぇ、待ってよ!」

「健やかでいてくれ」


 グレースは部屋を出ていく。泣き崩れるエレザを残して。


―――――


 悲しみと罪の思いに押しつぶされそうになりながら、グレースはあてもなく街を徘徊していた。


 16歳で幼馴染のエレザとパーティーを組んでから、10年近く戦いに身を置いてきた彼にとって、ギルドを抜けることは己のアイデンティティを否定するに等しかった。


 しかし、これからもっと高みを目指せるアジャースカイにこんな卑怯者は不要だ。

 エレザが自身に抱く思いには薄々気づいてはいたが、彼女にはもっと良いパートナーがいるはずだ。俺だって悲しい、だが彼女の幸せを思えばこそ、身を引くべきだ。


 これからどうしたものか……冒険者以外に出来ることが思い浮かばない。いっそソロで活動するか。いや、一度しか攻撃できない今の自分がソロで何かができるとも思えない。

 

「ねえねえ、あれ、黒鉄くろがね鬼兵きへいじゃない?」

「あの黒い甲冑、間違いない。パーティを置いて逃げ出したってやつだろ」


 通り過ぎる人たちの声がグレースの耳にも届く。これまで多くの武功を上げてきたグレースだからこそ、今回の失態が人々の顰蹙を大きくしていた。名声が悪評に変わるのはこんなに簡単なことなのか。


 気づくとグレースは、人気のない街外れにある寂れた教会の前に来ていた。ナイフが呪われていないか調べてもらった教会だった。


 その時の若い牧師の人柄に惹かれたのか、人がいないところに来たかったのか、なぜここに足が向いたのか彼自身も分からない。


「お願いしますっ! これの呪いを解いてください……!」


 開け放たれた教会の中から、若い女性の悲鳴に近い声が聞こえてくる。グレースが中に入ると、牧師と女性が話しているのが見える。

 

「私も貴女の力になりたいのはやまやまなのですが……先ほども申しましたように、それは呪いではないのですよ」


 諭すように優しく語りかける牧師。女性はぷるぷると震えているのが分かる。

 グレースは「呪い」という女性の言葉に吸い寄せられるように、二人の元へと向かう。


「貴方は先日の。そういえば、貴方も武具に呪われたのではないかとおっしゃっていましたね」

「その節は感謝する。『貴方も』ということは、この女性も……?」


 グレースの言葉に女性が振り向く。小麦の色を明るくしたようなやや赤みがある金髪が、ふわりと揺れる。くるくるとした巻き髪が両肩の横に束を作っている。

 グレーの目は涙で潤み、白い肌にピンク色の唇が映える幼顔が、大柄なグレースを見上げている。


「そのようなのです。ですが、お二人とも呪いの類はかかっていません。弊害が出ているのは同じなのですが……」


 弊害、か。確かに呪いでもなく、病気でもないなら他に言いようがない。


「俺はグレース・ファンデンブルク。君は?」


 グレースの言葉に、ひっくひっくとしゃくり上げながら女性が答える。


「私はファイン・ココットと言います……」

「ココットさん、私はこれのせいで戦えなくなりました」


 腰のナイフをぽんとはたくグレース。


「ちょいグレース、叩くなよ」


 いつものようにグレースにしか聞こえない声でナイフがわめく。


「しゃべった……!?」

「へー、俺様の声が聞こえんのか、この娘」


 引き気味のファイン以上に、グレースは驚きを隠せない。


「君っ、聞こえるのか!? こいつの声がっ」

「ども~、お嬢さん、こんちは~」

「は、はい……今、挨拶を、されました……」


 エルザを含め誰にも聞こえなかったナイフの声が聞こえるとは……グレースは同士ができたような喜びを感じる。


「では、貴女の武具も、やはり?」

「いえいえいえ、こちらは話したりはしません」


 ファインは卓の上に置かれた黄金のガントレットを示す。宝石が散りばめられた豪華絢爛な装甲手袋は、物言わず静かに光だけを放っている。


「本当に武具から声がするのですね。グレースさんのお話しを信じていなかったわけではないのですが、私には今も何も聞こえないものですから……」


 牧師は二人をまじまじと見て言う。


「ファンデンブルクさん、貴方は『戦えなくなった』とおっしゃいましたね。私は逆なんです……」

「逆、と言うと?」

「このガントレットを手にしてから、私は敵から逃げることが出来なくなりました」


 確かに俺とは真逆の効果だ。グレースは自分が手にしたのがこちらの武具だったら、まだマシだっただろうと思う。


 緑を基調としたワンピースに紫のコルセット、動きやすそうな皮のブーツを履いた彼女もおそらく冒険者なのだろう。「敵」という言葉からグレースは察する。


「見たところ貴方は魔導士のようだ。後衛職だから逃げられないと困る、ということですか?」

「それもありますが、私のギルドは偵察や諜報をメインとしているので、いざ戦闘になった際に撤退できないのは致命傷なんです……連携に大きな支障が出るからと、ギルドから追い出されて……」


 ファインの涙が頬を伝う。一日で二人の女性を泣かせてしまった、グレースの胸はズキンと痛む。


「それは……申し訳ないことを聞いてしまった、すまない」

「いいんです、事実ですから……ひっく……」

「なーかした、なーかした、グレースがなーかした~」


 茶化すナイフにグレースは叩き折ってやろうかと思うが、意外にもファインの頬が少し緩む。


「なんだか、面白い武器さんですね」

「能天気なんです、役立たずのくせに」

「俺様の力を発揮できてないのはおめーだろうが、この筋肉だるま!」

「黙れこのチキンが」

「ああ? お前も捌いてやろうか? ええ!?」


 グレースとナイフのやり取りを見て、涙を拭いながらクスクスと笑うファイン。役立たずと思ったが、意外なところで効果を発揮したことにグレースは苦笑いする。

 その時、教会の入口から男の声がする。


「おいゴラぁ! てめえんとこがうちのガキ共を匿ってるのは分かってんだぞ、くそ牧師!」

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