「答案用紙の向こう側」【光の守り人シリーズ】

ソコニ

第1話「答案用紙の向こう側」

梅雨の晴れ間、カフェ『澪』の掃除中に陽子は一本の万年筆を見つけた。古い棚の奥から転がり出てきたそれは、淡い光を放っているように見えた。


「あら、それを見つけたのね」

振り向くと、いつものように白藤琴子の姿があった。

「私の学生時代の思い出。不思議な万年筆なの」

「不思議、ですか?」

「ええ。夢を叶えたい人の想いが、インクとなって溢れ出すの」


そう言い残して、琴子の姿は消えた。替わりに、一枚の古い写真が床に落ちている。昭和の学生たちが、受験勉強に励む様子。その中に若き日の琴子の姿も。


その日の午前中、制服姿の女子高生が来店した。

「いらっしゃいませ」

「あの...静かに勉強させていただけますか」


伊藤美咲。地元の進学校に通う三年生。医学部を目指しているが、この前の模試の結果が振るわず、自信を失っていた。


陽子が玄米茶を淹れていると、万年筆が淡く光を放った。美咲の心の中が見えてくる。


幼い頃から、町医者だった祖父の背中を見て育った。地域のお年寄りたちに慕われ、往診に奔走する祖父の姿。その想いを継ごうと決意したのに...。

「私には無理なのかも」

机に広げたテキストを前に、美咲はつぶやく。


午後になって、スーツ姿の男性が駆け込んでくる。

「すみません、少し休ませてください」


佐藤健一、32歳。IT企業に勤めながら、公認会計士の試験に挑戦していた。しかし、今日の試験は手応えが悪く、落ち込んでいる。


「三回目なんです。周りからは『もう諦めたら?』って」

疲れた表情で健一は話し始めた。


陽子は二人に、同じ玄米茶を出した。

「この茶葉には、不思議な力があるんです。本当の自分の想いが見えてくる、って」


美咲が一口飲んだ時、万年筆が再び光を放つ。

祖父の診察室の風景が浮かび上がる。


「美咲ちゃん、おじいちゃんの診察、手伝ってくれる?」

小学生の美咲が、体温計の使い方を教わる。患者さんが笑顔になる瞬間の喜び。

「ありがとう先生」

その言葉の温かさ。


「そうか...私、諦めたくない」

美咲の瞳に、強い光が宿る。


一方、健一の前にも映像が広がる。

新入社員の頃、経理部の先輩から教わった会計の基礎。

「君なら、きっとできる」

その言葉を、今も胸に抱いている。


「私たちって、似てますね」

美咲が健一に話しかける。

「諦めたくないって気持ち」


「そうだね。僕も、もう一度挑戦してみる」

健一は笑顔を見せた。


陽子は二人に、琴子の万年筆を差し出した。

「これで、夢への一歩を記してみては?」


二人が万年筆を手に取ると、温かな光が溢れ出す。美咲はノートに「私の夢」と記し、健一は手帳に「新たな挑戦」と書いた。インクが、淡く輝いている。


夕暮れ時、二人が帰った後、琴子の姿が再び現れた。

「若い人の情熱って、素晴らしいわね」

「はい。きっと二人とも、夢を叶えられると思います」


「そうね。試験って、不思議なもの」

琴子は遠くを見るように続けた。

「点数じゃない、その先にある本当の学びに気づけた時、道は開けるのよ」


窓の外では、梅雨の晴れ間が、夕日に染まっていた。

机の上の万年筆は、静かな光を放ち続けている。


一ヶ月後、美咲は模試で過去最高点を取り、健一は公認会計士試験の一次試験に合格した。

カフェ『澪』の古い棚の奥で、万年筆は今日も、誰かの夢を待っている。



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