星空のルミナ

小日向葵

星空のルミナ

 叔父が孤独死していた。


 僕が子供の頃、よく遊んでくれた父の弟。のっそりとしていて優しくて、仕事が忙しい父に代わってキャンプや海水浴なんかに連れて行ってくれた叔父は、僕が中学生になったころに突然姿を見せなくなった。


 奴には奴の事情がある、と父は素っ気なく言ったけれど、僕は知っていた。あの夜、父と叔父とが口論をしていたことを。いつまでも夢を追い、アルバイトで生計を立てていた叔父と、夢を諦めて家族のために会社勤めをする父とでは、相いれない部分が大きかったのだろう。叔父は、僕の学習机の上に青く透き通ったギターのピックを残していなくなった。



 あれから八年。



 大学生になっていた僕は、ある日母から叔父の死を知らされた。新幹線で三時間もかかる遠くで、ひっそりと息を引き取っていたという。詳しいことは判らないけれど、病死か自然死かといったところらしい。


 昔、テレビで自殺のニュースが出るたびに叔父は憤っていた。どんな人にも必ず待っていてくれる人がいる。自分から命を絶つのは、その人との絆を絶つことだ。いいか、どんなに苦しいことがあっても決して自殺だけはするんじゃないぞ。叔父は、まるで自分に言い聞かせるようにそう言っていた。


 だからまあ、叔父の死は自殺ではないだろうと僕は思う。いつだったかの夏休み、降るような星空の下で叔父は遠くを見つめ、いつか俺にもとぽつりと言った。叔父が何を待っていたのか、何に期待していたのか今となっては判らない。星空の向こうに、彼は何を見ていたのだろう。



 父と母が数日家を空け、そして薄紫の布に包まれた箱と共に母が帰宅した。


 叔父だ。


 向こうで色々と手続きをし、実家のお墓に入れるために連れ帰ってきたのだ。持ち物などは全て向こうで処分してきたと母は疲れた顔で言った。


 「あなたは孤独死だけはしないでね。結婚くらいしなさい」

 「そんなの判らないよ」


 死を悼むよりも先に、厄介事扱いされる叔父に僕は軽く同情を覚えた。父は職場へ直行したらしい。そして母も身支度を整え直すと、自らの職場に向かった。


 そんな両親を、僕は別に冷たい人たちだとは思わない。生活を維持するというのはそういうことだ。生きている人は、生きていくためにしなければならないことが、あまりにも多い。骨壺に収まった叔父にはもう、判らないだろうけど。



 僕はふと思い出して自室に戻り、机の引き出しの奥からあの青く透き通ったギターピックを取り出してリビングに戻った。


 「叔父さん、これが形見になっちゃったね」


 僕はそれを骨壺の入った箱の前に置く。壁掛け時計の秒針の音だけがこちこちと、午後のリビングに響く。



 ひゅいん。



 突然妙な音がして、部屋の中に風が吹いた。リビングの隅を見やると、そこには金色の髪に銀色のワンピースを着た美女が、肩で息をして立っている。誰だ!?


 「間に合った」

 「間に合った?」


 日本語だ。外国人に見えるけど、綺麗な発音だ。彼女は僕の存在などまるで気にしていないようにつかつかと箱に向かって歩き、そして掌から緑色の光球を放つ。


 「な、何を。あんた誰だ」

 「迎えに来たのです」


 彼女は表情を崩さずに言った。箱を包んだ光球がゆっくりと彼女の隣に移動し、そして縦に長く、次いで人の形となる。


 「え」


 光が薄れる。その中から現れたのは、僕の記憶にある叔父さんよりもまだ若い……まるで高校生くらいに若返った叔父だった。彼女は満面の笑みを浮かべて、少年となった叔父と抱き合う。


 「ああ、やっと会えた。さあ、行きましょう」

 「きっと来てくれると信じていたよ」

 「ちょっと待って」


 ふたりは僕を見る。女性もいつしか、若い叔父さんと釣り合うくらいの少女に変化していた。


 「やあ、久しぶり。もう十年近く会ってなかったか」

 「この子はあなたの縁者ね?全て置いて行くことになるけれど」

 「構わない。俺は君とどこまでも行くと、ずっと願っていたんだ」

 「嬉しい」

 「だからちょっと待ってよ」


 すぐ二人の世界に入ろうとするので、僕は慌てて声をかける。


 「叔父さんは死んだんじゃなかったの?」

 「ああ、死んだよ」

 「でも心は私が連れて行く。愛する人と二人で、大宇宙を旅するの」

 「どういうこと?」

 「俺はずっと彼女を待っていたんだ。いつかきっと来てくれると。そして旅立つんだよ、俺たちの未来に」


 全く理解が出来ない。これは夢か?


 「見たことを誰かに話しても構わない。でも誰も信じやしないだろう。兄貴も義姉さんも信じちゃくれなかった。だから俺は一人で夢を追った。そして今、夢と共に旅立つ。ただそれだけだ。行こうルミナ」

 「はい、あなた」



 少年と少女の身体が光に包まれ、そして突然に消えた。リビングに再び静寂が訪れ、こちこちという秒針を刻む音が戻ってきた。僕はただ、呆然と立ち尽くしていた。




 白昼夢だったのかも知れない。そして僕は、あの出来事を誰にも語ってはいない。どうせ誰も信じない、夢だと馬鹿にされるのが落ちだ。



 けれど僕は、あれは現実の出来事だったと思う。色を失い、透明になったギターピックを見るたびに、僕はあの二人が光の中に消える瞬間の、素敵な笑顔を思い出すのだ。





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星空のルミナ 小日向葵 @tsubasa-485

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