4.七海、再び焦る
「思い出してくれたんですか?」
「う、うん。あの日のこと思い出したくなくて、でも安西くんのことだけは記憶の奥に大事にしまいこんでて……ごめんね。あの日帰りに会えなかったのも、ごめん。雑用やらされてたんだ……」
「そんなに謝らなくてもいいんですよ。大事に、ですか。思い出すのは僕のことだけでいいのにな」
外はもうすっかり暗くなっているが、カフェの中にはきらきらとクリスマスの装飾が輝いている。テーブルの向かい側でうれしそうにホットココアに口を付ける一穂に、七海の表情がわずかに固くなった。すぐに思い出せなかったことに少しの罪悪感が湧いてくる。
「え、えっと、それにしてもよく覚えてたね。頭いいんだ」
「頭いいとか関係ないですよ。忘れたくないから覚えていただけで。いつか探し出してやろうと思ってましたから」
「今日会えてうれしかったな」と言いながら、一穂はまたココアを飲む。
「い、いつか、って」
「あの日、自分から模試受けたいって言い出して親にお金出してもらったのに、会場に行ってみたら周りが私立中学の制服だらけで……。僕は普通の公立中学だったので、劣等感が一気にうわーっと出てきちゃったんですよ」
「それで落ち込んでたんだ?」
「はい。それ以来、模試みたいな試験が苦手になっちゃって。学校の試験と違って、すごく緊張しちゃうんです。でも絶対に、絶対にキャリアとして市役所に就職したくて……」
「市役所? なんで? もっといいところあるでしょ」
「前に動画サイトで七海さんが魔法少女やってるの見たから」
『久保さん』ではなく『七海さん』と呼ばれ、どきりと心臓が跳ねた。一穂の口元は笑っているのに目が笑っていないように、七海には見える。
「あ、いや、その、ど……動画? 私どこかで撮られてた?」
「動画サイトに上がってましたよ。良くないですよね、無断で撮影するなんて」
「うん、一応禁止されてはいるよ。いくら禁止したところで止めることなんてできないから、もう諦めてるけど」
七海が言い終えると、一穂の表情が強張り笑みが消えた。七海がわずかに体を後ろに反らせてしまったくらい怖い表情だった。
「絶対に許さない。僕はそういう決まり事をきっちり整備してしっかり運用していきたいんです」
「そ、そうなんだ、すごい。それでね、かず……じゃなくて安西くん」
つられた七海が思わず「一穂くん」と言いそうになり慌てて言い直す。
「一穂でいいですよ」
「いや……」
「嫌なんですか? 僕はうれしいのに」
「じゃあ、一穂くん。あのね、その……あのときはありがとう」
「今日もだけど」と付け足し、七海は一穂の言葉を待った。一穂は驚いて七海の顔を凝視している。
「……いや、あのときって、七海さんが僕を助けてくれたんじゃないですか」
「私ね、本当にあのとき落ち込んでたの。初めてのバイトだったんだけど、私がやることなすこと全部に文句言われて」
「そうだったんですか」
「でも一穂くんが笑ってくれて、ああ、私にもいいことできたな、って思えたから……」
一穂は特に返事もせず、真剣な面持ちで七海を見ている。何かまずいこと言ったかなと七海が焦り始めたとき、彼はやっと口を開いた。
「……な、何か私まずいこと言った……?」
「……いえ。それなら今度一緒にどこか行きましょう。あ、もちろん魔法少女の現場ではなくて、デートで」
「で、デート!? いや、そういうのは同じくらいの年齢の子と行きなよ」
「僕は七海さんがいいんです。あのときチョコチップメロンパンをくれた七海さんが好きなんです。おかしいですか?」
「ちょちょちょっといやおかしいとかいやいやよくわかんないけど」
内心パニックになりながらも、七海は声を抑えて話す。カフェの店内で騒ぐのは良くないという大人の気遣いだと本人は思っているのだが、慌ててしまっていることに変わりはない。
「せっかく連絡先も名前もわかったんだし。どこがいいですか? これからクリスマスや年末年始のイベントがいろいろあるだろうから、一つ一つ調べて行きましょう」
「ね?」と笑顔で首を傾げる一穂に反論や否定などできず、七海は小さくこくりとうなずいた。
「もし魔法少女の緊急出動要請がかかったら僕も付いていきますね。七海さんのこと隠し撮りされたくないので、できるだけ見張ってます」
「う……うん、勤務時間外はあまりないんだけど……、よろしくお願いします……」
「楽しみですね」とにこにこしながら言う一穂に戸惑いの表情を浮かべながらも、七海は心の中でもうクリスマスイベントのことを考え始めていた。何しろ七海は堅い服装の自分しか一穂に見られていないのだ。どんな服装で行くかを決めておかないと、当日慌てることになってしまう。
「あ、七海さんなら何でもいいですよ」
「え? 何が?」
「今、どんな服着ていこうって考えてたんですよね?」
「なっ、なんで私の心読めるの!? おかしい!」
真剣な問いに「あはは」と声を出して笑う一穂につられて七海も失笑してしまい、声をあげて笑い始める。今日は何だか不思議な日だったなと思いながら。
すると一穂が突然真面目な顔になった。
「大蟻がストライキしてくれてよかったですよ。七海さんにまた会えたから。うれしいんです。本当に」
「……うん」
「僕、がんばって七海さんの上司になりますから」
「うん……、って、えっ? 上司!?」
「だってそうしないときちんと魔法少女を守れないじゃないですか」
「ほ、本気なの!?」
またも飛び出た七海の真剣な問いに、一穂はニヤリと悪い笑みを作った。
「もちろん。楽しみにしててくださいね」
一穂の目の中に剣呑な光が見え、七海は「はい」と答えることしかできなかった。
魔法少女は市役所職員のお仕事です 祐里 @yukie_miumiu
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