白銀乃紡詩

めいき~

はくぎんのつむぎうた






黒い空が広がっていた……。


 手に息を吹きかけ、それが季節感を漂わせる。小さく肩を震わせて、虚ろな瞳を揺らせていた。ここまで歩く間に、クリスマスソングが流れる街並みにサンタの恰好をしてプラカードを持った人たちが沢山いて。嫌でも、今日がクリスマスである事を自覚させてくる。


 だが、私は仕事だ。というか、年で一番忙しい。というもの、プレゼントや荷物は年末にかけて爆発的に増え。ただでさえ、ネット通販等によって荷物は爆発的に増えている。おまけに、路上駐車の切符を切る連中は我々みたいな運送業の車を重点的に狙う。もっと最悪なのは、区役所などで許可証を発行してもらっているのにも関わらず駐禁切符を切る様なのまでいる。

 何のために、あれ程嫌味たらたらの説明くどくどで我慢に我慢を重ねて許可証を貰うと思ってるんだ。


 そんな訳で、私の様な運送業に席を置く人間はサンタクロースを見ると心の中で手を合わせてメリークリスマスではなく、お疲れさまですと言ってしまう。


 ただ、小さい子供達の笑顔は嫌いではないので。黒い空に街の明かりが乱反射してまるで空が巨大なスクリーンの様になってその空には私と同じようにクリスマスシーズンに苦労しているサンタが沢山いるのだろうなと想像しながら。


 今日も朝食も昼食も取る事が出来なかったので、三時頃に公園のベンチで遅すぎる昼食を食べていた。すると「ここいいですか?」と声をかけられ、「どうぞ」と私は答えた。「寒いですね~」隣に座ったショートの若い子が私にそう言って来た。「えぇ、今年は一段と冷えますよね。心も財布も寒いまま……」と自身が今食べている安いだけが取り柄ののり弁を見つめた。


 世間ではケーキやらチキンやらが売りに出されているが、私の弁当は変わらない。「失礼ですが、同業の方ですか?」そう言って、若い子が私に聞いてくる。私はチラリと隣をみると、同じように膝に弁当をのせて。しかし、私と違って楽しそうにウキウキとした表情や仕草で弁当を食べているではないか。


 「私は、運送業です」というと隣に座った若い子は「私もですよ」と明るく答えた。「ボーナスが良かったんですか?」と私は思わずそう聞くと「うちにはボーナスなんてありません」と言ったので余計に何故それ程楽しそうにしているかが妙に気になった。


 曰く、その男の子は街中でクリスマス一色になるこの雰囲気が好きと聞いた時に私は思わず目を見開いて、思わず彼の方を見た。

 私はそんな風に思った事はないし、自分がこうしてのり弁を食べていると年中関係ない気持ちになっていたからだ。サンタは国によってはサーフボードにのっていることもあるし、ソリに乗っている事もある。


 だから、毎年仕事だけが増える年末が恨めしいとさえ思っていた。だが、私の隣に座って体ごとクリスマスソングに合わせて揺れている彼は本当に楽しそうだったのだ。



 私は、その楽しそうな姿を見て。もう一度、自分の膝の上にあるのり弁を見た。

そして、こんなの食べているから気分が沈むんだと思わず苦笑し。彼を見ると、トナカイの着ぐるみを着ていて。真っ赤な鼻のツケ鼻の下の口を大きく開けてデコレーションした私より可愛いお弁当を食べていた。「それ、何処で買ったんですか?」「これですか? 自作です」とトナカイの彼は笑う。そのあどけない笑顔が可愛くて、私の死んだ表情が若干綻んだ事が自分でも判った。



 「それじゃ、私はこれで」そういって、立ち上がり公園の金属のゴミ箱にのり弁が入っていた容器を捨てた。その時は、もう二度と会う事は無いと思っていた。






 それから、私は毎年変わらない配達を終え。ネオンが煌めく街をどんよりとした気持ちで歩いていた。疲れとやるせなさだけが重りの様にのしかかり、ただぼんやりと何処へ行く当てもなく。そうやって、何処を歩いたかも判らない中で何故か既知感のある背中が見えた。「何であんたがここにいるのよ」


 そう、公園で自作の弁当を食べていたトナカイの着ぐるみを着た男が屋台の丸椅子に座っていたのを見てしまった。「のり弁のサンタさんじゃないですか」と大きな声で彼はいうが、恥ずかしさのあまり私は顔を真っ赤にしながら「もうちょっと、覚え方があるでしょ!」と言った。「縁があるもんですね~」と笑う彼に何とも言えない気持ちになった私は何て空気読めない男なの……と思わずにはいられなかった。



 その後、彼は「ここの醤油ラーメン美味しいんですよ♪ おごりますよ」とお金を店長に出す。私はヤケクソで、「あっそ」とだけ言うとその横に座った。


 「そのスカート寒くないんですか?」「寒いに決まってるでしょう」お酒を飲んでいるのか、それが素なのかは判らないが私のサンタのコスチュームのスカートを指さしてそんな事を聞いて来た。「寒いのは、スカートだからって訳じゃなさそうだけど」「うるさい」


 そんな事を言っていたら、醤油ラーメンが出て来たのでそっちに専念する。アツアツの湯気と白い息が混じって、ほっとした気持ちになった。


「癪だけど、凄く美味しい……」「そりゃ良かった」「もうすぐ、クリスマスだけどアンタは何処か行かないの?」と私が尋ねると「アンタじゃなくて、田島な」「お姉さんは?」「天梨(たかなし)よ、気前のいいトナカイさん」


「天梨で金ナシか傑作だな」「笑い事じゃないわよ」そういって、トナカイの足を思いっきり踏んだ。田島は痛がりながら「悪かったよ」と謝った。



 「どっかいかないの? だっけ。そのどっかの行き先がこのラーメン屋でお姉さんがそこに来たんだけど」と答えたので私は言葉に詰まる。


「これだけ、街がクリスマス一色の時にラーメンって……」「俺は良いと思うけど、ケーキ食わなきゃいけない法律もないだろうし。チキン食わなきゃ死ぬわけでもない。だったら、俺は寒い日に自分が好きな体が温まるもんをくいながら一杯やりたいね」「変わったやつ……」そう言いながらも、ここのラーメンはとてもおいしかったので、その気持ちは分からなくもない。


 そして、神妙な顔をして「料理なんてウマけりゃなんでも最高さ」と言うと笑った。赤提灯に照らされて赤ら顔。私はスッとお金を店長に渡すと、「じゃラーメンの代わりに私が一杯奢ってあげるから」そういって、カップの酒をトナカイに手渡す。



 田島はそれを受け取ると「お姉さんも気前いいじゃん」と言ったのでもう一回彼の足を踏んづけた。そして、カップ酒のふちをこつんと軽くぶつけながら「やたら明るいトナカイに乾杯」「寒そうなサンタさんに乾杯」と言って乾杯した。




 トナカイの鼻の様に赤くなった、田島が酔った勢いでとつとつと話始める。「なんであたしに声かけてきたの」「そっくりだったんだよ」と。「誰に」「八年位、闘病生活して先週亡くなった彼女にさ。ひでぇ顔も含めて、幽霊としてでも戻って来てくれたんじゃないかと」「何よそれ」「病院食がまずいからって言ってさ、だったら俺が作るよって毎日作ってたら癖になって。食べる度に思い出してさ」


 それで、彼女そっくりな奴が公園で椅子に座って青い顔でのり弁食ってたらどう思うよ。俺の作った弁当本当は喜ばれてなかったんじゃないかとかさ、色々考えちゃってさ。そんな話を聞いて、天梨はこの田島とかいうトナカイが面白い奴に見えて来た。



 (その時、私は彼を変わってると思った)



全く、三流役者でも今時そんな話しないと思いつつ。酔った彼がふらふらと消えていった先で空になった弁当箱を墓石に置いて泣いているのを見て。



(何が行った先がラーメン屋よ、ラーメン屋の近くに彼女のお墓があるんじゃない!)


 そうは思っても、そんな真剣な表情でクリスマスキャンドルに火をともして泣きながら歌ってたら話自体は信じるしかなかった。



 そんな思い出のトコに、あたしが来ちゃったのか。


その場をそっと離れ、私はクリスマスソングの流れる街にまた戻っていった。




 虚ろな目で、流れる街並みやネオンを見ていると。どんどんと、モノクロの世界に溶けていくような気分になってくる。寒いのは、スカートだからとか冬だからというのもあるけれど。それ以上にきっと……。


「トナカイの居ないサンタは、一人で荷物詰め込んで、シーズンに関係なくブラックな仕事をするのでした」なんて自分でおどけてみるも「時間指定の癖に家に居ないとかで、再配達になるのマジでやめてほしい」とか気がつくといつもの様にぼんやりと街を歩いていた。


 ふと、みると街のショーウィンドウにうつる自分の姿が見え足が止まる。悪い顔色が病人と重なった……ね…………。メイクで隠しきれない疲れに、思わずため息が魂が抜ける様にでる。「天梨で、金ナシ、恋ナシ、暇ナシで、あるのは仕事だけって」肩を落とすと商店街の店舗と店舗の間に入り口がある自宅のエレベーターに乗る。


 駅へのアクセスが良く、家賃が一万円台という安いだけが取り柄の我が家。玄関入って二秒でキッチンの部屋なのでいつも通りインスタントをレンジに入れてスイッチを押す。「爆発しないかな」とかの台詞が口をつく。


 メイクを落とさないとまずいので、鉛の様な体を動かしてシャワーを浴びる。私が男ならきっとズボンでスカートよりはマシだし、メイクもしなくていいと考えたらなんで自分は女に生まれて来たんだろうと恨めしい気持ちにすらなる。


 キッチンの冷蔵庫のすぐ横に、洗濯機と乾燥機を兼ねたものが備え付けであるのでそこで周る自分が着ていたサンタコスチューム。もっとも着慣れたジャージを上下で着ると部屋の隅に投げ捨てられた寝袋に入る。布団の上げ下ろしさえ億劫になって、洗濯機に直接入れられる寝袋は買って大正解だった。


 こうして、私の一日は何も変わり映えすることなく終わる。電子レンジの中にいれた筈のインスタントが翌日無残に冷めているのに気がついたのは翌日だったが。





 今日は、鉄分のサプリを自宅下のドラックストアで買った。月のモノで鉄分が抜け落ちるとさらに体調が悪化するからだ。自分が女だから、こんな無駄な出費があるのかなと思うとさらに恨めしい気持ちになる。



 季節柄、長靴に入ったお菓子が売られていてそれを手に取った。トータルすれば高くつくかもしれないが、もうだいぶ子供の頃これが毎年ベットの頭の所にぶら下がっているのが凄く楽しみだったと薄く笑う。


 あの頃の気持ちなんて微塵も残ってはしないが、あの田島とかいうトナカイの顔がふと頭の中に浮かんだ。バカ面さげて両手でこのお菓子のつまった長靴を持ってバンザイしながらうぇ~いとかやっているイメージが頭の中に出てきて不覚にもその場で蹲り笑ってしまった。「似合いすぎ」と呟いて。



 ただ、そのバカ面が何故だか妙に頭にこびりついて。お墓の前で泣いていたあの顔と同時にフラッシュバックしてくるのだ。



 ダメにしたインスタントの変わり買わなきゃと。自身の現実を思い出して頭が痛くなった。



灰色の空、灰色の帰り道。



 家に一度、買ったものを置いて。特に休みに自分が行くところもない事を思い出して、いつからこんな風になったんだろうと考える。社会人になってから? ブラックで休みが取れなくて友達の誘いを断り続けたから? 様々な事が、頭をよぎる。


 世の中の幸せそうな人々を見る度に、口の中で年代物の梅干を転がしている様な気にさえなるのは気のせいなのだろうか。ふと、気がつけば田島が奢ってくれた屋台が目の前にあった。「なんで、この時間からやってんのよ」今はジャージだし、衣装の時ほど気をつけなくていいと思い。なんとなくで暖簾をくぐる。


「いらっしゃい」店主の声がしたので、メニューをチラリとみるとネギザーサイラーメンなるものがあった。「お客さん、それ辛いよ大丈夫?」と聞かれたので「平気よ」と答えると店主は早速ラーメンをつくり始めた。麺を茹でる鍋がぐらぐらと揺れ、昨日の醤油ラーメンの味を思い出す。


「お客さん、昨日も来たよね」「美味しかったから、忘れられなかったのよ」そういうと店主が笑った気がした。「嬉しいね……」そんな呟きを、私の耳は聞き逃さなかった。



それから、無言でラーメンを受け取ると夢中で食べた。私の人生の様なパンチの利いた、後で胃にきそうな。そんな辛さが、体中を温めていく。



「お姉さん、なんでここに居るの?」後ろから声をかけて来たのは「それは、私の台詞よ。トナカイの田島さん」「今日はサンタじゃないんだ」「あんな寒いスカートは、仕事の時以外お断りよ」



 ラーメンの辛さで温まっているのか、それとも田島に会えたから気持ちが温かくなっているのか私にはわからなかった。ただ、私に判っていたのは……。




 この田島という青年に、私が恋してしまったという事だけだ。

この話は、サンタの私とトナカイの彼の何処にでもありふれた馴れ初めの話。


「座りなさいよ、真っ赤なお鼻のトナカイさん」

「そうさせてもらおうかな、真っ赤な顔のサンタのお姉さん」


二人の尽きる事のない笑い声が、ネオンの様に殺風景な屋台で紡ぎ出されていった。



(おしまい)

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