Nameless

西順

    

 …………あっし? あっしの名前ですか? へへっ、名乗る程のものじゃあ、ござんせえ。


 おたくも殿様のお触れを耳にして、この城へ?


 ええ、ええ。殿様に仕える千載一遇の好機なんて、一生に一度あれば万々歳でやすからねえ。


 ほう? お武家様の三男とは大変でしょう? ええ、ええ、結納金も用意出来ず、嫁取りも大変で、士官して猫の額程の土地でも貰えれば、嫁も来てくれるんじゃないかと? そりゃあ必死にもなりますわなあ。


 あっし? あっしはしがない百性でやんす。次男坊だったんですがね、お隣りさん家が女しか生まれなかったもんで、十二で婿入りしましてね、姉さん女房と仲良く暮らしていたんですよ。


 それが何で殿様に士官するのか、ですって? 暗い話になりますが、聞きます? え? そんな振りをしたら聞かずにいられない? ではよござんしょ。あっしらの出番まで、ちょいと昔話に付き合ってくだせえ。


 あっしは山田舎の村で姉さん女房と、その両親と田畑を耕し、のんべんだらりと暮らしていたんですがねえ。もう、十年になりやすか。飢饉があったじゃないですか。何年も雨が降らず、あっしたちの村でも、飢えで死ぬものが少なくありやせんでした。


 だからでやす。貧すれば鈍する。なんて言葉もありやしょう? 人間生きていけるだけの食いもんが足らなくなると、頭が回らなくなるもので、野盗がそこかしこに現れるようになりやしてね。


 そんな頃でやんす。収穫した作物から年貢を、山向こうの庄屋様の家に運ぶ為に、男衆が集まって庄屋様の家まで、年貢を運んでおりやした。うちらの纏め役をやってくれていた庄屋様は、気安いお方でしてね。わざわざ年貢を山を越えて運んできたあっしたちを気遣って、その日は庄屋様の家に泊まり、いくらばかりかの持て成しを受けまして、さて翌日に村に帰ってみれば……、お察しの通り、村は野盗に襲われ、女衆に餓鬼にジジババのみの村なんざ、野盗からしたら、格好の獲物でやす。


 村は荒れ放題で、女も餓鬼も、ジジババも、馬や牛まで、何もかも殺されておりやした。あっしの女房も……。


 これには男衆も怒り心頭となりやしてね。その野盗共の寝蔵を草の根分けて見付け出して、殺し合いまで持ち込んだんですが、そいつらの頭領ってのが、これまた強いの何のって。村で一番強かった、あっしの兄貴も、一刀の下に殺される始末でして、他の男衆が時間稼ぎをしていてくれている間に、あっしは庄屋様の下まで伝令に、いんや、逃げ出したんでさあ。


 庄屋様も親身になって、近隣から男衆を集めて、皆でそいつらの寝蔵に向かうも、時既に遅しとはこの事で、うちの村の男衆は皆殺し。野盗共は既に寝蔵を引っ越していた後でやした。


 村の連中全員殺され、正しく天涯孤独となったあっしは、弱い自分を責め、庄屋様が小姓として雇ってくれるってえ、有り難い申し出を断って、山籠りして十年。それなりに剣が振れるようになったと、山を下ってきたってえ、どこにでもあるありふれた話でさあ。


 へへっ。同情してくれるんですかい? お優しいお武家様だ。仇討ち? それも考えて下りてきたんでやすが、庄屋様が殿様にまで話を持っていって、侍や武士を総動員してくれたようで、山から下りてきたら、綺麗さっぱり後始末が終わっていたってえ笑い話でさ。あっしが必死になって十年修行したってえのに、もう、事は終わっていたんでやすからねえ。


 ええ、ええ。お互い士官して貰えるよう、頑張りやしょう。


 ✗ ✗ ✗ ✗ ✗


 いやはや、お天道様もお人が悪い。何もお武家様と競わせなくても良いでしょうに。いやいや、あんな話を聞いた後だからって、遠慮なんてしなくて良いんですよ。まあ、貴方様は、そんな事をする方じゃあないでしょうが。


 何故そう思うかですって? そりゃあ、分かりやすよ。その額の傷、忘れようと思ったって、忘れられやしやせん。あっしの兄貴が付けた傷だ。野盗の頭領が、武家の三男坊とは、世も末ですねえ。


 おやおや、顔が険しくなりやしたな。影武者立てて、逃げおおせたのに、こんなところから秘密がバレたんじゃあ、切腹ものだ。


 へへっ、流石はお武家様。刀を構えるお姿も、堂が入っている。ホントに、その構えを見ると、あの時殺された兄貴の事を思い出しやす。兄貴の仇、女房の仇、この場で果たさせて頂きやす。


 ええ、ええ。どうぞ笑って下さい。士官の場に、竹光でやってくる莫迦野郎は、あっしくらいでしょうからねえ。でもねえ。この十年、あっしはこの竹光で技を研いてきたんだ。さあ、死合を始めやしょうや。


 ✗ ✗ ✗ ✗ ✗


 いやいや、有り難うございやす。殿様には、十年前の借りがありますから、あっしも粉骨砕身の気概で、殿様に仕えさせて頂きやす。


 先程のお武家様の首を、一刀の下にちょん切った技ですか? 特に技や流派の名前なんざ考えておりやせんでした。どうでしょう? 殿様がお決め下されば、これからそれを名乗っていきましょう。


 爾汝死ななし。良い名でありやすな。では、今後よりあっしの剣は、爾汝死と呼びましょう。


 はい。はい。あっしは生涯を賭けて、殿様にご恩返しする所存でやす。これより、よろしくお願えいたしやす。

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Nameless 西順 @nisijun624

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