【百合短編小説】リボンとスパイク ―私だけの令嬢になって―(約9,800字)
藍埜佑(あいのたすく)
【百合短編小説】リボンとスパイク ―私だけの令嬢になって―(約9,800字)
●第1章:すれ違う二つの世界
春の風が校庭を吹き抜ける午後、女子高の体育館からは規則正しい足音と、バスケットボールが床を打つ音が響いていた。
「泉川っ! ナイスシュート!」
チームメイトの声に、泉川エリカは軽く手を上げて応えた。汗で湿ったショートカットの前髪を払いながら、次のプレイに備えて態勢を整える。
練習試合とはいえ、エリカの動きは無駄がなかった。長身を活かしたドリブル、相手を翻弄するフェイント、そして確実なシュート。それらの動きは、男子顔負けの迫力があった。
「エリカ様、さすがですわ!」
体育館の2階ギャラリーから、女子生徒たちの歓声が上がる。
「……また来てるのか」
エリカは少し眉をひそめた。バスケットボール部の練習を見学する生徒は多かったが、最近は特に増えている。その理由は、エリカ自身もうすうす感じていた。
男っぽい、とよく言われる。スポーツマンらしい体つき、きびきびした態度、そして何より、制服の下はいつもジャージという服装。それでも、いや、だからこそ人気があるのだという。
「カッコいい!」
「王子様みたい!」
2階からの黄色い声に、エリカは気恥ずかしさを感じながらも、練習に集中する。
そんなエリカの姿を、一人の少女が静かに見つめていた。
月城薫。彼女もまた、学校で一際目立つ存在だった。ただし、エリカとは正反対の理由で。完璧な令嬢として知られる薫は、いつも凛とした姿勢で、優雅な物腰を崩さない。栗色の長い髪は柔らかな波を描き、制服のスカートの丈も規定通り。彼女の周りには、いつも上品な空気が漂っていた。
薫は、エリカのプレイを見つめながら、小さくため息をついた。
「もったいないわ……」
その呟きには、どこか切なさが混じっていた。
◆
「お疲れ!」
練習が終わり、エリカはチームメイトと別れを告げ、夕暮れの校舎を歩いていた。汗を流したばかりの体に、春の風が心地よい。
「泉川さん」
後ろから呼び止められ、エリカは振り返った。そこには月城薫が立っていた。
「ああ、月城か」
エリカは少し警戒するように身構える。クラスは違うものの、月城薫の名前は知っていた。学校中の誰もが知っている存在だ。完璧な成績、礼儀正しい態度、そして何より「お嬢様」と呼ぶにふさわしい立ち居振る舞い。
「こんな時間まで残っていたのですね」
薫の声は、まるで透明な水のように澄んでいた。
「ああ、練習があったから」
エリカは少し気まずそうに答える。薫とはほとんど接点がなかった。正直なところ、自分とは住む世界が違うと感じていた。
「実は、お話があるのです」
薫はそう言って、一歩エリカに近づいた。
「話?」
「はい。泉川さんに、お願いがあります」
薫の真剣な眼差しに、エリカは思わず背筋を伸ばした。
「私と、お友達になっていただけませんか?」
「は?」
エリカは思わず聞き返した。
「えっと……月城、僕のこと知ってるよな? スポーツばっかりで、お前みたいな上品な子とは……」
「はい、知っています。だからこそです」
薫は微笑んだ。その笑顔には、どこか企んでいるような色が見えた。
「泉川さんの可能性を、私が引き出したいのです」
「可能性って……」
「泉川さんは、とても素敵な素質をお持ちです。それなのに、今のままではもったいない」
薫はエリカの腕をとり、まっすぐに目を見た。
「私と一緒に、新しい自分を見つけてみませんか?」
その言葉に、エリカは困惑した表情を浮かべる。しかし、薫の眼差しには揺るぎない決意が宿っていた。
「お断りします」
エリカはきっぱりと言い切った。
「なぜですか?」
「だって、僕はこれでいいんだ。バスケがあって、仲間がいて……今の自分に満足してる」
エリカの言葉に、薫は少し寂しそうな表情を見せた。しかし、すぐに決意に満ちた顔に戻る。
「でも、私はあきらめません」
「はぁ?」
「泉川さんの持っている魅力を、必ず引き出してみせます」
薫の目が輝きを増す。
「それに……」
薫は少し言葉を切り、そっとエリカの手を取った。
「泉川さんのことを、もっと知りたいんです」
その仕草があまりにも自然で、エリカは言葉を失った。手のひらから伝わる薫の体温が、妙に気になる。
「……勝手にすれば?」
エリカは顔を背け、そう言い捨てると、足早にその場を立ち去った。
背後から、薫の清らかな笑い声が聞こえた。
●第2章:始まりの一歩
それから数日後、エリカの日常に、少しずつ変化が訪れ始めた。
まず目についたのは、教室の窓際に立つ薫の姿だった。休み時間になるたびに、彼女はエリカのクラスを訪れるようになった。
「泉川さん、今日のお弁当は?」
ある日の昼休み、薫は優雅な仕草でエリカの机の前に立った。
「コンビニの弁当だけど」
エリカは少し警戒しながら答える。
「まあ、それはいけませんわ」
薫は小さくため息をつき、自分の席を引き寄せた。
「明日から私がお弁当を作ってきますわ」
「は? いや、そんなの要らないって」
「でも、スポーツをされる方は特に、栄養バランスが大切です」
薫は自分のお弁当箱を開けた。中には色とりどりのおかずが、まるで絵のように美しく詰められている。
「ほら、一つどうぞ」
薫は箸でだし巻き玉子を摘み、エリカの口元に差し出した。
「え? ちょ、待って……」
「あーん」
クラスメイトたちの視線を感じながら、エリカは仕方なく口を開けた。
「……うまい」
思わず呟いた言葉に、薫は満足そうに微笑んだ。
「でしょう? 明日からは私が作ったお弁当を食べていただきますわ」
「いや、でも……」
「お断りは受けません」
薫の微笑みの中に、どこか威圧的なものを感じ、エリカは言葉を飲み込んだ。
そうして始まった「お弁当計画」は、クラスの話題となった。スポーツ少女と令嬢という、一見ミスマッチな二人の関係に、周囲は興味津々だった。
「エリカ、いいな~。月城さんのお弁当だなんて」
チームメイトの河野美咲が、練習の休憩中にからかうように言った。
「うるさいな。別に頼んだわけじゃないんだぞ」
エリカは少し顔を赤らめながら答える。
「でも、美味しそうだよね。見てるだけでお腹すいちゃう」
確かに、薫の作るお弁当は見た目も味も申し分なかった。栄養バランスも考えられていて、練習後の疲れた体に染みわたる。
そんな薫の気遣いに、エリカは少しずつ心を開いていった。
◆
「エリカ!」
ある日の放課後、薫は珍しく走ってきた。その手には、大きな紙袋が下がっている。
「どうしたの?」
「見てください!」
薫は紙袋から、白いブラウスとスカートを取り出した。
「これ、エリカに似合うと思って」
「え? いや、待って。僕、服とか……」
「試着だけでも」
薫の瞳が期待に輝いている。その視線に押され、エリカは観念したように頷いた。
「……わかった。試着だけな」
更衣室で着替えを終えたエリカは、鏡の前で落ち着かない様子で立っていた。
「絶対似合うって、エリカ!」
明るい声でそう言いながら、薫は鏡の前でくるくるとスカートを回して見せる。
「いやいや、無理だって。僕にはそういうフリフリ系、絶対に似合わないんだから」
エリカは手をひらひらさせて薫の提案をやんわりと拒否する。
「そんなことないわ!」
薫はエリカの前にぴたりと立ち、彼女の顎をすっと掴むようにして顔を覗き込んだ。その瞳は真剣そのものだった。
「エリカは顔立ちがきれいで、スタイルだっていいんだから、絶対お嬢様ファッションが似合うはず! それに、私はあなたを私好みの完璧な令嬢にするって決めたんだから!」
「いやいや、決めたって、なんで僕の意見ゼロなんだよ……」
エリカは困惑しながら顔を赤くした。
「エリカ、あなたが普段着てるそのジャージ、いつも同じじゃない? もっと服に興味を持たないと!」
「スポーツするのにこれが一番楽なんだから、仕方ないだろ!」
しかし、薫の勢いは止まらなかった。
「ふふ、そんなエリカを優雅で洗練された令嬢に変えるのが私の使命なの」
「勝手に使命にするなよ!」
エリカが抗議しても、薫はにこにこと笑うばかりだった。
●第3章:新しい私との出会い
翌日、エリカは薫に連れられて買い物に出かけることになった。
休日のショッピングモールは人で賑わっていた。エリカは少し緊張した面持ちで、薫の後を付いていく。
「まずは、エリカに似合う服を探しましょう」
薫は楽しそうに、次々と洋服を手に取っていく。
「これとか、どう思います?」
薫が手にしたのは、淡いピンク色のワンピース。エリカは困惑した表情を浮かべる。
「いや、それは……」
「試着してみましょう!」
断る暇もなく、エリカは試着室に押し込められた。
「……これ、本当に似合ってるのか?」
エリカは着慣れない淡いピンクのワンピースを見下ろしながらつぶやく。
「似合ってるに決まってるでしょ! ほら、鏡をよく見て!」
薫はエリカの肩を押し、鏡に向かわせた。
エリカは少し恥ずかしそうに鏡を見た。そこに映っている自分は、確かに今までのジャージ姿とは全く違う印象だった。髪も少し整えられ、スカートの裾が軽やかに揺れている。
「……こんなの、なんか違う気がする」
エリカがぶつぶつ言うと、薫はにっこり微笑んだ。
「違うっていうのは、いい意味でよ。ほら、スポーツばかりじゃなくて、たまにはこういう新しい自分を楽しむのもいいでしょ?」
「うーん……まあ、たまには……ね」
エリカは頬をかきながら視線をそらしたが、鏡の中の自分をちらりともう一度見た。その表情には、ほんの少しだけ満足の色が見えた。
「じゃあ、次はこれを試してみましょう!」
薫は嬉しそうに次々と服を手渡していく。白のブラウスに紺のスカート、淡い色合いのカーディガン……。エリカは最初こそ戸惑っていたものの、次第に薫のペースに慣れていった。
「あ、これ……可愛いかも」
エリカが思わず呟いた言葉に、薫は目を輝かせた。
「やっぱり! エリカにはこういう爽やかな色合いが似合うと思ってたの!」
薫の笑顔は、まるで太陽のように明るく輝いていた。エリカはその笑顔に、どこか温かいものを感じた。
◆
その日から、薫の「改造計画」は本格的に始まった。
放課後、バスケの練習が終わった後に服のコーディネートを教えたり、休日にはテーブルマナーを練習したり。エリカにとっては慣れないことばかりだったが、薫が本気で向き合ってくれるのが嬉しくもあった。
「お箸は、このように持つんですよ」
カフェでケーキを食べながら、薫は丁寧に説明する。
「ほら、エリカの手、とても綺麗なのに、もったいないです」
そう言って、薫はそっとエリカの手を取った。
「こうやって、優しく……」
薫の手が、エリカの指を包み込むように添えられる。その温もりに、エリカは思わずドキリとした。
「な、なんか恥ずかしいな……」
「どうしてですか?」
「だって、こんなに近くで……」
薫の吐息が頬にかかるほどの距離で、エリカは落ち着かない様子だった。
「ふふ、可愛い」
薫はくすりと笑う。その仕草があまりにも自然で、エリカは言葉を失った。
「……こういうのも、悪くないかもな」
エリカは少しおしとやかに紅茶を飲みながら呟いた。
「でしょ? エリカはもともと素敵なんだから、こういう風にもっと輝けるの!」
薫のキラキラした笑顔に、エリカはちょっとだけ目をそらした。
「……ありがとな、こんな風に気にかけてくれて」
「え? 何急に改まって!」
薫が驚いた顔をするのを見て、エリカは少し笑った。
「だって、こうやって頑張ってくれるの、普通嬉しいだろ」
その言葉に、薫は顔を赤らめて小さく頷いた。
二人の距離は、少しずつ縮まっていった。
●第4章:揺れる心
梅雨の季節を迎えた頃、エリカの中で少しずつ変化が芽生え始めていた。
バスケの練習後、シャワーを浴びた後の髪を整えながら、エリカは鏡をのぞき込んだ。薫に教えてもらった通りに、少しだけ髪に手をかける。
「エリカ、今日も可愛いね!」
チームメイトの言葉に、以前なら「うるさいな」と言い返していたのに、今は少し照れくさそうに笑うようになっていた。
「泉川さん、最近変わったよね」
「なんか、女の子らしくなった?」
「でも、バスケはちっとも変わらないけど!」
クラスメイトたちの噂も、エリカの耳に入ってくる。確かに、制服の着こなしも少しずつ変わり、髪型にも気を使うようになった。それでも、コートの上では相変わらずエースとして輝いている。
「エリカったら、汗の拭き方も雑すぎますわ」
練習後、薫がタオルを持ってやってきた。
「ここ、こうやって……」
薫は丁寧にエリカの首筋の汗を拭う。その仕草は優しく、まるで大切なものを扱うかのようだった。
「……なんで、ここまでしてくれるの?」
エリカは思わず聞いてしまった。
「それは……」
薫は少し言葉を詰まらせる。
「私、エリカのことが……」
その時、チームメイトの声が響いた。
「エリカ! ミーティング始まるよ!」
「あ、ごめん! 今行く!」
エリカは慌てて立ち上がる。
「月城、また後でな!」
そう言って走り去るエリカを見送りながら、薫は切なそうな表情を浮かべた。
◆
週末、薫はエリカを誘って街へ出かけた。
「今日は、特別なお店に連れて行きたいの」
薫に手を引かれるまま、エリカは高級そうなブティックの前に立った。
「え? ここ?」
「ええ。もうすぐ学校のパーティでしょう?」
そう言えば、来月には学校主催の夏のパーティがある。毎年恒例の行事だ。
「エリカにぴったりのドレスを選びましょう」
「え? いや、でも……」
「大丈夫。私が全部プロデュースするから」
薫の決意に満ちた表情に、エリカは観念したように頷いた。
店内では、次々とドレスが薫によって選ばれていく。
「このブラックドレス、エリカの雰囲気にぴったりだわ」
薫が選んだのは、シンプルながら上品な黒のドレス。肩のラインがすっきりと出て、裾はふんわりと広がるデザインだった。
「こんな綺麗な服、似合うかな……」
「絶対似合います。さあ、試着してみましょう」
試着室のカーテンが開くと、薫は息を呑んだ。
「まあ……」
鏡の中のエリカは、まるで別人のようだった。長い手足が美しく伸び、引き締まった体つきがドレスのラインを美しく描いている。
「エリカ……本当に綺麗」
薫の声が震えていた。その真摯な表情に、エリカは胸が高鳴るのを感じた。
「これなら、パーティも楽しめそうだな」
エリカの言葉に、薫は満面の笑みを浮かべた。
その日、二人は他にもアクセサリーや靴を選び、パーティの準備を整えていった。
帰り道、夕暮れの街を歩きながら、エリカは薫の横顔を見つめていた。
「なんですか?」
「ん? いや、なんでもない」
エリカは空を見上げた。
「ただ、こうやって一緒にいると、なんか落ち着くなって」
その言葉に、薫は嬉しそうに微笑んだ。
●第5章:本当の私
パーティまであと一週間となった頃、エリカは思いがけない出来事に遭遇した。
いつものように練習を終え、更衣室に向かおうとしたとき、後輩の女子生徒が声をかけてきた。
「せ、先輩! お話があります!」
緊張した様子の後輩に、エリカは優しく微笑みかける。これも、薫の影響かもしれない。
「どうしたの?」
「実は……先輩のことが、ずっと好きでした!」
突然の告白に、エリカは言葉を失った。
「私、先輩のバスケする姿に憧れて……でも最近は、女の子らしい一面も見れて、もっと好きになっちゃって……」
後輩の真剣な眼差しに、エリカは困惑する。
その時、小さな物音が聞こえた。振り返ると、薫が立っていた。
「あ、月城……」
薫は一瞬、悲しそうな表情を見せた。しかし、すぐに優雅な微笑みを浮かべる。
「お邪魔してしまったようですね。失礼します」
そう言って、薫は踵を返した。
「待って!」
エリカは思わず声を上げた。
「ごめん。今は答えられない」
後輩に向かって丁寧に頭を下げ、エリカは薫を追いかけた。
校舎の裏、薫は一人たたずんでいた。
「月城!」
「追いかけてくる必要はありませんわ」
薫の声は、いつもの清らかさを失っていた。
「私、勘違いしてたのかもしれません」
「え?」
「エリカの変化を喜んでいたけど、それは私の思い通りにしようとしていただけ。エリカの気持ちなんて、考えてなかった」
薫の声が震えている。
「違う!」
エリカは強い口調で否定した。
「確かに最初は戸惑ったよ。でも、月城が一生懸命教えてくれて、気にかけてくれて……それが、すごく嬉しかった」
エリカは一歩、薫に近づく。
「月城と過ごす時間が増えて、自分の新しい一面に気付けた。それは、強制されたわけじゃない。月城が、私の可能性を信じてくれたから」
薫は驚いたように目を見開いた。
「エリカ……」
「それに、さっきの告白のこと」
エリカは薫の手を取った。
「僕の気持ちは、もう決まってる」
「え?」
「だって、僕の心は月城にしかないんだもん」
エリカの素直な告白に、薫は目を潤ませた。
「本当に?」
「うん。月城のおかげで、本当の自分に気付けた。スポーツも好きだし、でも、女の子らしい部分も大切にしたい。そんな僕を認めてくれたのは、月城だけだから」
薫は、エリカの胸に顔をうずめた。
「私も……私もエリカのことが、大好きです」
二人は、夕暮れの校舎の影で、静かに抱き合った。
●第6章:二人の距離
パーティの日、エリカは薫と一緒に会場に向かった。
黒のシンプルなドレスを纏い、髪も薫に整えられたエリカは、誰の目にも「お嬢様」そのものに見えた。しかし、その立ち姿にはスポーツで鍛えた凛とした美しさが残っている。
「ほら、見て。みんなエリカに注目してる」
薫がそっと耳元で囁くと、エリカは照れたように笑った。
「……まあ、今日はお前のために頑張ったんだからな」
「え?」
薫が驚いて振り向くと、エリカが少し照れながら続けた。
「僕がこうやって着飾るの、正直言ってお前が喜ぶ顔が見たかっただけなんだよ」
その言葉に、薫は顔を赤らめながら微笑んだ。
「ふふ、やっぱりエリカって、そういうところがイケメンなんだから」
二人は笑い合い、夜のパーティの空気の中で静かに手をつないだ。リボンとスパイクの間にある境界線は、もうとうに消えていた。
パーティの終盤、二人はバルコニーに出た。
「月城」
「なあに?」
「ありがとう」
エリカは夜空を見上げながら言った。
「私の新しい一面を見つけてくれて。でも、本当は何も変わってないんだ」
「そうね」
薫も空を見上げる。
「エリカはずっと、エリカのまま。ただ、その魅力に気付いただけ」
エリカは薫の方を向いた。月明かりに照らされた横顔が、とても美しい。
「これからも、一緒にいてくれる?」
「もちろんよ」
薫は笑顔でエリカの手を握り締めた。
「私たち、これからもっと素敵な関係になれると思うの」
「うん。僕もそう思う」
月明かりの下、二人の影が寄り添うように重なる。
風が吹き、薫の髪が揺れた。エリカは思わずその流れる髪に手を伸ばす。
「どうかした?」
「ううん。ただ、綺麗だなって」
素直な言葉に、薫は頬を染めた。
「エリカってば、本当に素直になったわね」
「それも、お前のおかげかな」
エリカはくすりと笑う。その表情は、スポーツ少女の爽やかさと、淑女の優雅さが不思議と調和していた。
「ねえ、エリカ」
「ん?」
「私ね、最初からエリカのことが気になってたの」
薫は夜空を見上げながら続けた。
「バスケットコートで輝くエリカを見て、この子の中にある可能性をもっと引き出したいって思った。でも、それは単なる好奇心じゃなかった」
「どういうこと?」
「エリカの純粋さに、私自身が惹かれていたの。誰の目も気にせず、自分の好きなことに打ち込む姿に」
薫はエリカの方を向いた。
「私は、周りの期待に応えようとしすぎて、本当の自分を見失いそうになってた。でも、エリカと過ごすうちに、私も変われた気がする」
「月城……」
「だから、ありがとう。私の『改造計画』のおかげで、私自身も変われたの」
エリカは薫を優しく抱きしめた。
「これからは、二人で変わっていこう。でも、無理はしないで、ゆっくりとね」
「ええ。私たちらしく」
パーティの会場から、ワルツの音色が流れてきた。
「踊らない?」
エリカが手を差し出す。
「まあ、エリカからお誘いとは」
「だって、お前に教えてもらったんだから」
二人は月明かりの下で、静かにステップを踏み始めた。スポーツで培った身体能力と、薫から学んだ優雅さが溶け合い、それは見事な舞となった。
リボンとスパイク。相反するように見えた二つの要素は、今や見事に調和している。
「ねえ、エリカ」
踊りの途中、薫が囁いた。
「なに?」
「私、エリカのことを、もっともっと好きになりそう」
「ふふ、僕もだよ」
月の光を浴びながら、二人は寄り添い、新しい一歩を踏み出そうとしていた。
(完)
# リボンとスパイク Special Episode ―ふたりの未来―
## その後の物語 ~バスケットと令嬢と、私たちの夢~
夏のパーティから半年が過ぎた冬の午後、体育館からは相変わらずバスケットボールの音が響いていた。
「エリカ先輩、ナイスシュート!」
後輩たちの歓声が上がる。泉川エリカは軽く手を上げて応えた。しかし、その姿は以前とは少し違っていた。短い髪は柔らかな雰囲気を纏い、動きの中にも不思議な優雅さが感じられる。
ギャラリーには、いつものように月城薫の姿があった。彼女は優雅に座り、エリカのプレイを見守っている。手元には手作りのタオルと、栄養ドリンクが用意されていた。
「はい、お疲れ様」
練習後、薫はエリカにタオルを差し出した。
「ありがと。でも、いつも待っててくれて大丈夫? 生徒会の仕事もあるのに」
「もちろんよ。私の恋人を応援するのは、最優先事項ですから」
薫の言葉に、エリカは頬を赤らめた。交際を始めてから半年、二人の関係は周囲にも認められ、今では学校の「憧れカップル」として知られている。
「それより、エリカ。来週の試合、楽しみにしてるわ」
「ああ、インターハイ予選か……」
エリカは少し真剣な表情になった。
「月城、その日、来てくれるの?」
「当然でしょう。私のエリカが輝く姿、絶対に見逃すものですか」
薫の瞳が輝いている。
「実は、サプライズも用意してるの」
「え?」
「それは、当日のお楽しみ」
薫は人差し指を唇に当て、くすりと笑った。
◆
試合当日、体育館は応援で熱気に包まれていた。
エリカが入場してきた時、観客席から大きな歓声が上がった。そこには、薫が率いる応援団の姿があった。
「えっ!?」
エリカは目を見開いた。完璧な令嬢として知られる薫が、応援団の先頭に立っているのだ。その姿は相変わらず優雅だったが、声を張り上げて応援する姿は、今までに見たことのない新しい一面だった。
「泉川エリカ選手! 頑張ってください!」
薫の掛け声に、観客席が沸いた。
「月城……」
エリカは胸が熱くなるのを感じた。
試合は接戦だった。最後の1分、同点の場面。エリカがボールを持っている。
「エリカー!」
薫の声が響く。
エリカは一瞬、ギャラリーに目を向けた。薫が、真剣な眼差しで自分を見つめている。
(そうだ、私には……)
エリカは深く息を吸った。
(私には、二つの誇りがある)
スポーツに打ち込む自分と、薫と過ごす時間で見つけた新しい自分。それは、もう対立するものではない。
エリカは軽やかにドリブルを開始した。相手のディフェンスをかわし、ジャンプ。そして、シュート。
ボールは美しい弧を描いて、ゴールに吸い込まれた。
「勝ちましたーっ!」
薫の歓声が、会場中に響き渡った。
◆
「まさか、応援団を結成するなんて」
試合後、エリカは薫とカフェで向かい合っていた。
「どう? 私も頑張ってみたのよ」
「ああ、最高だった」
エリカは心からの笑顔を見せる。
「でも、令嬢の薫様が、あんな大声で応援するなんて……」
「エリカが私を変えてくれたのよ」
薫は紅茶をすすりながら言った。
「私も、自分の新しい一面を見つけられた。エリカが教えてくれたの。自分らしく輝くことの素晴らしさを」
「月城……」
「それに、これからもっと素敵なサプライズがあるわ」
「え?」
「実は、私、スポーツマネジメントの勉強を始めたの」
「えっ!?」
「エリカの将来を、ずっとサポートしていきたいから」
薫の真剣な眼差しに、エリカは言葉を失った。
「月城は、いつも私のことを考えてくれて……」
「当然よ。私の大切な人なんだから」
薫がそっとエリカの手を握る。
「これからも、二人で新しい道を見つけていきましょう」
「うん。約束する」
二人は微笑み合った。窓の外では、春を告げる風が桜の枝を揺らしていた。
(Special Episode 完)
【百合短編小説】リボンとスパイク ―私だけの令嬢になって―(約9,800字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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