第3話

 次の日、昼過ぎの休み時間にわたしはリリィをさらって――いえ、招待してアウフヘーベン校の庭園でアフタヌーンティーを嗜んでいた。



 恐ろしく立派なアウフヘーベン校では、宮殿のような校舎が三つ、その校舎に隣接する庭園も三つ。衛兵がいる正門から、左にテーゼ校舎、右にアンチテーゼ校舎、中央前方にジンテーゼ校舎がある(三つの校舎の位置に線を引けば三角形になる)。


 わたしとリリィはジンテーゼ校舎の庭園(近くには噴水がある)にいて、わたしが用意したサンドイッチ(チキンサンドイッチにキュウリサンドイッチ)、スコーン(クロテッドクリームとイチゴのジャムを用意)、ケーキ(フルーツタルト、パウンドケーキ)と紅茶を味わっている。

 生徒の自主性として、校内では給仕などの使用人は禁止されているのですべて自分で用意した。


 昨日のあれから、わたしはハマルティア家の邸宅に帰り、メイドを使い今日使う道具をすぐに準備させた。今日正門で馬車を降りた後はひとりで道具を担いで、授業の合間を使って用意していた。



「このスコーンとても美味しい――」

 リリィはクリームとジャムをつけたスコーンを食べている。明るい日差しは彼女の真珠のような白い髪を輝かせた。

「ええ、丹精込めてわたしが作ったの。あなたのために。クリームとジャムは家の物だけど、味はいいはず」わたしはミルクの入ったカップに銀のティーポットを使い紅茶を入れる。


「サンドイッチもそうでしたけど、とても美味しいです。急に連れて来られた時はびっくりしちゃいましたけど」

「ごめんなさいね、そうでもしないとめんどうな人がきちゃうから」

 ミルクティーに口をつける。



 ――シェードが来る前でよかった。めんどうごとは起こしたくないし、リリィが彼に好意を持つのも阻止しないといけない。ゲームじゃ悪役令嬢と仲良く庭園でアフタヌーンティーなんて存在しないから、シェードが出しゃばってくることも――。


 わたしがミルクティーから口を離すのと同じぐらいの瞬間だった。木製の白の椅子に座っているわたしたちにシェードが横からやってきた。



「シェード――いえ、シェード・バレンティア、わたしたちのアフタヌーンティーに何か用?」とミルクティーを片手に。

「昨日から何を企んでる」とシェードは言う。

「ええ、そうねリリィと二人でお茶を楽しむということを企んでいたの。どう、立派なアフタヌーンティーじゃない? わたしが全部用意したんだから。よかったらあんたにもひとつぐらいは上げてもいいけど――このキュウリサンドイッチのキュウリなんて今日温室での採れたてよ」

 わたしはキュウリサンドイッチを持って、彼の目の前に向けた。


「――いらん」

 わたしから離れたかと思ったら、椅子に座っているリリィの側まで行き彼女を自分のところに引き寄せた。

「これ以上、俺の女に手を出すな――」



 それはまるで、スチル(一枚絵)のように目に映った。

 さすがに攻略対象のキャラクターだけあって、様になる。リリィは頬を赤らめず、驚きつつもどこか安心感のある顔になっていて、僅かながらに、二人の周りには光の粒子らしきものが飛び回っていた。


 リリィの片手に食べかけのスコーンと口元にジャムがなければ完璧なイラストだっただろう。


 この状況を打破して、シェードをリリィから排除しなければならない。わたしの天使を守らなくては。



 わたしは椅子から立ち上がる「それは、こっちのセリフよシェード。わたしの天使に手を出さないでくださる」

「私は天使じゃないんですけど……」とリリィ。

「言っただろマグダレーナ、俺の女に近づくな」

「シェードさまの女でもないんですけど……」とリリィ。


 キュウリサンドイッチをお皿に戻し、片手にミルクティーを持ったわたしは二人の近くまで行き、言った。


「わたしと勝負をしましょうシェード」

「――勝負だと」

「ええ、魔法での勝負。先に膝をついた方が負け。わたしが勝ったらリリィとの邪魔を……いえ、シェード、あんたはわたしの下僕として働きなさい」 

「なっ――下僕だと、何を言って!」

「何もこうもない、言葉通りよ。駒は多い方がいいから」

「昨日からお前はわけのわからないことを――なら、俺が勝ったら二度とリリィに近づくな」

「もちろん、約束する」



 わたしはシェードの後ろにいるリリィに持っていたミルクティーを渡す。テーブルからナプキンを取り、リリィの口元を拭く。


「ねえ、リリィ勝負が終わるまでわたしのミルクティーを持っていてほしいの。スコーンで喉が渇いてるかもしれないけど、飲まないでね。できるかしら?」

「はい、それぐらいは別にできますけど――」

 シェードが横から入り、わたしとリリィを離した。ナプキンをテーブルに置くと、二人から距離を置く。近くの噴水まで足を進めた。



「水の近くにか……マグダレーナ」

「だって、水魔法の使い手ですもの。地の利を使って有利に事を進めるのは基本だと思いますけど――いけませんか?」

「問題ないさ、片をつけてやる。俺から離れるなよリリィ」シェードがリリィを自分の背中側へと寄せた。



 地上から火の粉が出始めると、彼を中心に炎が舞い上がった。シェードとリリィがその炎の中にいる。シェードは火魔法使い、それもかなりの使い手。水魔法は火魔法には有利だが、わたしと彼とでは力の差があり、有利不利の問題ではなかった。



 ――しょせんは『悪役令嬢』、攻略対象たちに倒されるのが宿命。都合のいいエゴイスティックに作られた世界。現実世界もゲームの世界も、結局はエゴイスティックにまみれた人間だらけ。けど、間違いなくわたしはあの時に見えた。理屈とか論理だとか、量子じゃない。神経でも、電気信号でもない。心で捉えた。存在、非存在をも超越した光。つまり、そこにいたのは――。



「降参するなら、いまの内だぞ。マグダレーナ!」シェードは手を一直線に伸ばす。



 彼を取り囲んでいた炎が、牙を剥いた獣のようにわたしへと襲い掛かった。わたしが手のひら前に出すと噴水の水が動き出して、盾のようになり彼の激しい炎を食い止めた。

 シェードは何もないところから火を放ち、わたしは噴水の水を利用して食い止めているが、徐々に水の盾は押されていった。


 本来であれば、絶対に勝てない相手。


 ……わたしを救ってくれる人なんてどこにもいない、エゴにまみれていない人間なんてどこにもいない。前はそんな風に思ってた――だけど、違った、いたんだ。見つけたんだ。エゴイスティックにまみれていない人間が。わたしはリリィを絶対に離さない、こんなエゴイスティックにまみれた人間たちから守り抜かなきゃいけない。そう、わたしの目的はリリィをバッドエンドに持っていくこと――。



 前に出していた手のひらを返し、人差し指と中指だけを伸ばした状態にした。水の盾が解かれ、炎が向かってくる。思いもよらない行動にシェードは驚いた顔をしていた。

「盾を解くな! あぶな――」



 わたしは二本の指を軽く折り曲げた。


 リリィの持っていたミルクティーが動き出し、カップの中に入っていたミルクティーが強烈な水鉄砲として、シェードの後頭部に直撃した。


 そのまま、シェードは顔面から地上に顔を打って倒れた。私に向かってきていた炎はシェードが倒れたおかげで当たる直前で消え去った。



 わたしはコツコツとローファーの音を立て、倒れた彼の前に立つ。

「卑怯だぞ……」とシェードは顔を横にして見上げる形で言った。

「地の利を使うことに『問題ない』と言ったのは誰でしたっけ?」わたしは続けて言う「それにわたしは――マグダレーナ・ハマルティア、悪役令嬢ですもの」


 リリィから空になったカップを受け取る。


「――さて、アフタヌーンティーの再開しましょうリリィ」

「シェードさんは……」

「キュウリサンドイッチでも食べさせておけばいいのよ」



 リリィは倒れて動けない彼に、鳩にでも餌付けしてるかのようにキュウリサンドイッチを食べさせていた。


 ――リリィ自身が誰かに何かをする分には問題ない。重要なのは攻略対象たちの動き。彼らの行動がリリィに影響を及ぼす。わたしはそんな彼らを排除しなければならない。彼女を、リリィを、天使を守らなくては――。

 わたしは椅子に座ると入れ直したミルクティーを飲んで、また次の作戦を練り始めた。


 悪役令嬢として、リリィをバッドエンドに持っていくことを考えて。

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悪役令嬢のわたしの目的は平民主人公をバッドエンドに持っていくことっ! 鴻山みね @koukou-22

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