第2話

「ありがとうね」


 小部屋(十人ぐらいは問題なく入れそうな部屋ではある)に入り、リリィに支えられて赤いベルベットのソファにわたしは座った。


「全然大丈夫ですよ。水飲みますか?」


 お願いする、とわたしは言って、リリィが透明なガラス瓶からグラスに水を入れている間に作戦を練った。上品な光沢が出ている赤いベルベットのソファに触れてその感触を確かめながら。



 死んだはずなのに、何故かいまはトゥエルブ・フューチャーズの世界にいる。これが夢なのか現実なのかはまだわからないけど、彼女がわたしにとっての天使なのは間違いない。

 シェードが出てきて、好意を彼女に示しているということは、他の攻略対象たちもリリィに近づいてくる。



 わたしがやるべきことは――リリィをバッドエンドに持っていくこと。



 バッドエンドは、攻略対象の誰とも一緒にならずに終わるエンディング。これといって彼女の人生が転落するようなエンディングではない(プレイヤーに負担を掛けないイージー仕様)。


 それ以外のエンディングは全部、攻略対象と付き合うことになる。誰かと一緒になってしまえば、彼女の純潔は守れない。阻止しなくてはならない。けど、リリィをバッドエンドに持っていくには、ある人物が重要――それは、悪役令嬢。



 悪役令嬢は最後の辺りまで主人公に付きまとうキャラクター。何かしらで主人公を困らせたりするが、毎回攻略対象のキャラクターたちによって成敗される。

 懲りずにやってきては排除され、主人公と攻略対象の距離を近づける為に用意されたような人物。バッドエンドにもっていくには悪役令嬢である彼女の力が必要――探し出さなくてはならない。



「あのー、聞こえてます?」とリリィはわたしの顔を覗く。

「――え、ああ……ごめんなさい。考え事してて」


 グラスに入った水を受け取り、ひと口飲む。リリィも同じソファに座る。


「……少し楽になった。あなたはやっぱり天使よ」グラスをテーブルに置く。

「天使じゃなくてリリィですってば」

「リリィでもあるし、天使でもある。わたしを救ってくれたんだから」

「リンゴを喉に詰まらせたら、誰だって助けますよ」

「そうじゃないの、リンゴの話じゃなくて――」


 そういえば――悪役令嬢はどこに……。リンゴを喉に詰まらせた悪役令嬢が、長い黒髪の悪役令嬢が、リリィと悪役令嬢に間にシェードが挟まって――。


 わたしは自分の頬を触った、すべすべしている。髪に手を伸ばす、長い艶のある黒髪だった。わたしはリリィに尋ねる。


「ねえ、ここに鏡ってない?」

「鏡ですか? そこの壁に――」

「ありがとう。ちょっと鏡の前まで行きたいから、手伝って欲しいのだけれど」


 リリィは承諾し、ふらつくわたしを鏡の前まで連れていってくれた。行く途中に聞いた。


「おかしなこと聞くけど、わたしの名前って……」

「マグダレーナさんですよね? ハマルティア家のご令嬢の」

「マグダレーナ・ハマルティア……わたしの名前……」


 悪役令嬢の名前は確か――マグダレーナ・ハマルティア。身体的な特徴は赤色の瞳、左の目元にはほくろがあったはず。


 ワックスが掛けられた艶のある木製の枠にはめられた鏡を見た。長い黒髪、赤色の瞳、左目元にはほくろ――鏡に映し出されたわたしの姿は悪役令嬢、マグダレーナ・ハマルティアだった。



 つまり――リリィをバッドエンドに持っていくのは、わたし自身。攻略対象のキャラクターをわたし自身が排除していかなければならない。


「――そう、わたしがマグダレーナ・ハマルティア――悪役令嬢の……」

「大丈夫ですかマグダレーナさん? ソファで休んだ方が――」とリリィは心配していた。


 わたしは高笑いをした。笑い声は部屋に響き、リリィはその笑い声に驚いた様子だった。


「わたしはマグダレーナ・ハマルティア! 彼らを排除する悪役令嬢! リリィを守る――いえ、わたしの天使をわたしの手で守るの。エゴイスティックにまみれた世界から!」わたしはそう言うと両手でリリィの手を握った「リリィ、あなたはわたしの天使よ。エゴイスティックにまみれた人間を――違う、どんな人間もあなたに近づけさせない。わたしはあなたを守る、光を濁らせなんてしない。宣戦布告よ、このエゴイスティックにまみれた世界に!」


「――へ?」とリリィは言った。

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