悪役令嬢のわたしの目的は平民主人公をバッドエンドに持っていくことっ!

鴻山みね

第1話

 もう、うんざり。みんな自分勝手で、人のことなんて考えてもいない。

 勉強がどうだとか、ペーパー(小論文)がどうだとか、学歴がどうだとか、年収がどうだとか――エゴイスティックにまみれた人間だらけ。



 夜中、ひとりのわたしはアパートでパンとワインを食べ飲み干し、プラスチックのリンゴ(つまり、リンゴのフェイクフルーツ)を口に入れてわたしは喉を詰まらせ死んだ。

 エゴイスティックにまみれた社会とはこれでおさらば、地上ともおさらば――わたしを救ってくれる人なんてどこにもいない、エゴにまみれていない人間なんてこの世界には――。



「早く――つまった――いて――」


 もうろうとする意識のなか、左右には長い黒髪、前には金の刺繍ししゅうが施されている白いテーブルクロスが見えた。

 美しく染められたブルーの毛足の絨毯じゅうたんには、割れたお皿にカップ――シルバーに輝くカトラリー(ナイフやフォーク、よく見ると文字が彫られている)が落ちていた。



 それからすぐだった。息が苦しく、喉に何かが詰まっていて、吸ったり吐いたりする空気はヒューヒューと口から音を立てていた。大勢の声がるつぼに入れらてるかのように、いったい何人いるのかすらわからないぐらいだった。


 叩かれていた背中が止まったと思ったら、後ろから腹に手を回され、力強く腹を押された。口からは唾液とひと口サイズのリンゴ(フェイクフルーツではなく、本物のリンゴ)が出てきて、絨毯の上に落ちた。



「落ち着いて呼吸してください」そう言うとわたしの背中を撫でた。

「――ご、ごめんなさい。わたしったら、迷惑掛けちゃったみたいで――」

「そんなことないですよ。『マグダレーナ』さん」

「マ……マグダ、いったい誰のことを――」



 苦しかった呼吸が少しずつ戻っていき、わたしはブルーの絨毯から目を離して顔を上げる。

 真珠を彷彿とさせる白髪のミディアムヘア、毛先が少し跳ねていて、瞳は淡い青(その色はブルーの絨毯の若い頃のような)の少女が心配した顔つきでわたしを見ていた。



「……天使」とわたしは言った。

「え?」



 天使と称しても偽りのないと思える少女、後ろから光を放っている。リンゴを食べて死んだわたしに天使――いや、神様がくれた贈り物。そうとしか思えないぐらい直感的に心を打った。


「天使なんかじゃないですよ。マグダ――」

 わたしは彼女の手を握り、言う「だって、あなたの後ろから後光が!」

 後ろ振り向いた後、こちらを見た「天井の明かりで逆光になってるだけですよ。あの……大丈夫ですか?」


「いいえ、逆光じゃない。仮に逆光でも、そうじゃない。見えたの! オーガニックなわたしの心から、直接。太陽の光とか、火の光とか、電気の光じゃなくて――泥にまみれてない、汚れてない、美しさ。目や耳からの入る情報を無くしたとしても、心から見えるの! もしかしたら天使じゃないのかもしれない、そう――あなたは天使だとかそういうのじゃなくて。生命を越えた、それはまるで……。間違いなくあなたはわたしの――」



 言葉を言いきる前に、誰かがわたしを遮った。膝をついて彼女を見上げるわたしの前に立った。その声ですぐに男性だとわかった。


「おい、わけのわからないこと言ってないで離れろ」


 誰、邪魔しないで、と反射的に言おうとしたが、その姿を見て言うのをやめた。見覚えのある姿だった。


 それだけじゃない、周りを見渡すと立食パーティーでもしているかのように大勢の人間が立っていて、白い皿やグラスを持っていた。高級感のあるシャンデリア、白い壁には金の装飾。

 ホワイトのシャツに、ホワイトのジャケット(ゴールドのパイピングがある)。男性はネイビーのパンツに女性はネイビーのスカート。そして、ネイビーのネクタイとリボンタイ。ジャケットにはゴールドでできたタカのブローチ――服装すべてに見覚えあった。



 わたしが学生の頃にやっていた乙女ゲーム、『トゥエルブ・フューチャーズ』とまったく同じ服装。

 そして、わたしの前に立ちはだかる赤髪の男はゲームの攻略対象のひとりシェード。

 確か……記憶では、主人公がリンゴを喉に詰まらせた『悪役令嬢』を助けるんだけど、本人に難癖つけられて、それを助けるというキャラクター。男らしいキャラで嫌いじゃないけど、いまわたしはそれどころじゃない。見つけた彼女を――天使を離せない。



「いいえ、それはムリ」とわたしは言った。

「……なんだと、お前はまたこいつをいじめようと――」


「ねえ、そっちこそわけのわからないこと言わないでよ。わたしは、喉にリンゴを詰まらせて死にそうだったの。いえ……もう死んで……」軽く首を振って話を戻す「――わたしは彼女に感謝してるんだから。こうやって感謝の気持ちを伝えているの、手ぐらいなに? 手を握るのにあんたの許可が必要? それに、立つのにもいまは人の力が必要なんだから」わたしは顔を傾け、彼女に言う「もしよかったら、立つのを手伝ってくれる?」


「は、はい。もちろん」と彼女は言った。



 窒息しかけていたのもあり、立つのに少し苦労しつつも、支えてもらい立ち上がる。シェードは怪訝な顔つきでわたしを見ていた。


「そんな怖い顔しないで。彼女には何もしないから」

「ならもういいだろ。リリィから離れろ」とシェード。

「……リリィ」とわたしは呟く。



 リリィ――初期設定時の主人公の名前だ。わたしは自分の名前をつけるのが恥ずかしいから、リリィでプレイをしていた(当時は学生だったから、何かの拍子で両親に見られたら困るのもある)。主人公の見た目なんて、ないようなゲームだった。


 リリィ――つまり、ゲームの主人公はこれといって特徴のある主人公ではなかった。攻略対象の男性キャラクターたちを引き立てる(それは性格が定まってないとも言える)為のキャラクターで、プレイヤーに負担を掛けない(わたしにとってはストレスだったが――)ことを意識された感じだった。

 だけど、いま目の前にいるのはそんな透明なキャラクターではない。



「ねえ、リリィ。ここじゃ落ち着けないから、別の部屋に行かない? まだ、立っているのも大変で」

「あ、はい。近くに休める小部屋が――」

 シェードはわたしの腕に触れた「おい、何を企んでる!」



 本来であれば、彼とリリィとのダンスシーンがあるのだけれど、それは悪役令嬢がリリィに難癖をつけたから――つまり、この状況では彼がわたしをリリィから離す理由は見当たらない。シェードの手を振り払う。


「勝手に触らないでよ、わたしはリリィに頼んでるの――あんたじゃない。本当にするべきことは、どっかのご令嬢でしょ――わたしに構わないでよ。行きましょうリリィ」



 わたしはリリィの支えてもらいながら、大勢の生徒がいる部屋を出た。


 宮殿といっても差し支えない魔法学校、アウフヘーベン校。上流階級のみが入学できる魔法学校、魔法を使うなんて当たり前の社会で、主人公は『神秘しんぴ』が使えるという設定だった。

 魔法は本人の才能、知識、精神で構成されていて、人によって使える魔法もあれば使えない魔法もある(さっきのシェードは才能と精神が高い)。アウフヘーベン校の入学できる人間は上流階級のなかでも一部なのだが、主人公――リリィは平民で本来では入れない。


 けれども、神秘――これは、魔法とは別で生まれながらにして持った能力で、主人公だけが持つ特別な能力。それが理由でリリィはこの学校に入学し、攻略対象の男性キャラクターたちと過ごす物語が本来は展開される。


 けど、彼女は渡せない――リリィはエゴイスティックにまみれていない人間。ずっと探してた……現実世界にいた時にはみんなエゴイスティックにまみれていて、傲慢ごうまんな人間だらけだった。金と名誉に埋もれた人間も、昔は今はとかひけらかす人間も、美しさを誇り醜さを貶す人間も、生きてるのか死んでいるのかわからない人間も大勢いた。なのに、清らかな人間は誰ひとりとして――そう、誰ひとりとしていなかった。

 絶対にリリィをそんなくだらないエゴイスティックに染まらせない、わたしが阻止する――。

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