1.マーケティング研究会

大学三年の春。


サークル申請の期限前に、知り合いの一人が呟いた。


「アタシさ、今年サークルの部長に選ばれたんだけど、もう人いないから潰そうと思ってんだよね〜」


その部というのは、年に2回だけ学校のコンサートホールを借りて自由型のリサイタルを開くだけのサークルで、年度始めに幹部の名簿だけ提出したら、あとは固定部員もいないような団体だ。


ところがこの活動自体はどうやら古くから続いているものらしく、「学校公認」という取得要件の厳しい称号を既に獲得していて、リサイタル参加者から徴収していた参加費の積み立てが、消化機会もなく通帳に残されていた。


「公認」を取得したサークルは施設の使用条件や補助金申請の手続きが緩和され、ホールもタダで使用できる。



これに目を付けたは、すぐにその部長を呼び出して交渉した。


「潰すぐらいなら、俺たちに運営権を譲ってくれないか?部長は名前だけでいい、実質的な面倒は全部こっちが引き受ける」


これに彼女は快諾し、申請用紙を譲渡する。



大学一年目、他コースの人間とほとんど接触機会のなかった僕はボッチ生活を極め、同期の室内楽実習が始まる二年目にしてようやくわずかな人脈ができた。


しかし、僕の周りに集まってきたのは、既に一年目で「ヤバいやつ」認定されてコミュニティから弾かれ余ったクセモノばかりだった。


・打楽器のミーノ(仮名)。

「こいつにだけは関わるな」と言われた彼はまさしく鬼才型の頂点に立つ男で、在学中に激しい躁鬱を繰り返した後、最終的に人格が4つに分裂し、出会い頭に受ける挨拶は専ら「今日はどなた?」。学生課に軟禁された経歴あり。


・トロンボーンのコースケ(仮名)。

B専という一般的な称号を持つ彼だが、実は顔を選んで彼女を取っ替えひっかえしているわけではない。音大という貧富の差が激しい環境下において、壮絶な家庭環境で育った女を捕まえて駆け落ちしたいという破滅願望があるだけなのだ。でも練習室で行為に及ぶのだけはやめてくれ。


・クラリネットのマサシ(仮名)。

学生会で経理を務めていたメガネの男。舞台スタッフを志していたのに間違ってマネジメント学科に入学し、なぜかその後器楽科に転向。ジョブチェンジしすぎて、「お前どこにでもいるけど誰だよ」と言われる彼は、後にトラック運転手となる。



刑期を終えて出所した殺人鬼と、一緒にそのまま牛丼屋へ行ってワイワイ飯を食えるタイプの僕は、「こいつだけはムリ」という人種が全く存在せず、容易に彼らの集合地点となった。



話を戻すが、僕ら4人が行ったのは、良く言えばM&A、悪く言えばサークルの乗っ取りである。


僕は我の強い連中をなんとか取りまとめ、団体名を「マーケティング研究会(マー研)」に改名し、誰も使わない図書室のフリー会議室を住処にしてセミナーを開催した。


この音大という場所は、レッスンばかりでマーケティングを教えない、それで卒業後に音楽家なんぞが食えていけるはずがないと認識をまとめ、総出で起業の勉強を始める。


マサシの運転でニトリにやってきた僕らは、「ワケアリ品」のコーナーから適当なシェルフを買ってきて合奏室のキャットウォークに建て付け、マーケティング関連の図書をそこにまとめた。


「楽器の上手いやつより、勉強したやつが勝つ」と信じた僕は、相も変わらず練習はろくにせず、ひたすら音楽で金を作る方法を模索していた。

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20代前半はツライよ 野志浪 @yashirou

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