SCP財団 ある機動部隊員の記録

@SCP105

第1話

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 俺には、才能がない。

 映画や漫画の主人公みたいに、頭がいいわけでもないし、運動が得意というわけでもない。

 ただ運が良かった。とは言っても、宝くじが当たるとか、そう言うのではない。

 事故にあっても軽傷ですんだり、一人暮らし用の部屋を探せば、ちょうど優良物件が空いていたりとか、そう言うちょっとした事だ。

『不幸中の幸い』が良く起きると言えばわかりやすいだろう。

 戦場でもそんなちょっとした幸運が重なり、生き残ってきた。…生き残ってしまった。

 確か本部には、運が良すぎて死ぬことのできない人形SCPオブジェクトがいたな。

 番号は503だっただろうか?

 今なら彼の気持ちが痛いほど良くわかる。

 もしかしたらと縄に首を通して見たが、しっかりと首がしまって死にかけた。

 俺には、彼ほどの豪運はないのだろう。

 なんとも中途半端なものだ。

 それでもここに記録を残すことにした。

 日記のようなものだ。たいした手間にもならない。

 どんなことでも真面目に細かいところまで、記録を残すのが財団の強味の一つだ。

そのおかげで収容に成功したり、無力化に成功したオブジェクトも多数存在している。

 こんなものでも、ないよりかはあった方が何かと都合がいいはずだ。


 ○年○月○日 

任務は失敗に終わり、部隊は壊滅。

そしてまた、俺だけが生き残った。

「よく帰って来てくれた。」そう言った指揮官の瞳に輝きはなかった。

 当然だ。

長い間共に過ごした部下が全滅し、つい一週間前に配属された疫病神だけが残ったのだ。

 俺があんたの立場だったら目も合わせないだろうよ。

 ズタボロになりながら帰還した俺を見る職員達の目は、憐れみと憎悪に満ちている。

配属された機動部隊が壊滅するたびに「あいつも『SCPオブジェクト』なんじゃないか?」と陰口を叩く職員も少なくはなかった。

 ふざけるな

 

 ○年○月○日 

長い休暇がまだ終わらない。

一週間だけ世話になった機動部隊『データ削除済み』は壊滅的な損害を受けたことにより再編成は不可能と判断され解散。

生き残った俺は次の配属先が決まるまで、暇を持て余して退屈な毎日を送っている。

 たいしてやりたい事もないため、財団施設内にある射撃訓練場でひたすら火薬を消費していた。

 今日の射撃場は貸切だった。

 他の機動部隊員は、任務で遠征しているか、異常事態にそなえて待機しているかで、どちらにせよ俺には関係のない事だ。

 要注意団体から襲撃されようが、オブジェクトが収容違反しようが、俺のやることは変わらず弾を的に撃ち込むか、トレーニングをするかのどちらかだった。

 もう見飽きた的の中央を見据える。

両手で構えた拳銃でしっかりと標準し、肺の中の息を吐き出して、呼吸を止める。

 そうして引き金を引くのと同時に放たれた弾は狙いからそれて、的ハズレの場所へ飛んでいった。

「…またかよ。」

 ため息をつく。

今度は片手で構え直して、出鱈目な狙いで引き金を引く。

今度は的の中央に命中した。

 俺は射撃が得意とも苦手とも言えない。

 なにしろ当てないように構えて撃てば、ど真ん中に当たるのだ。

基礎もコツも関係がない。むしろ真面目にやれば当たるものも当たらなくなってしまう。

 理由は不明だが昔から何をするにもそんな感じで、俺の意思とは反して、物事は逆の方向へ進む事が多々あった。

 テストで自信があった教科は補習になって、逆に捨てたはずの教科が学年一位になる。

学生時代の部活動でやっていた空手では、勝てるはずのない格上に完勝して、勝てるはずの格下に完敗すると言う意味のわからない成績を重ねて来た。

 射撃にもその特性が反映されている。

 続けて撃った弾丸は適当な構えと見出しにも関わらず的の中央に命中した。

 射撃するたびに鳴り響く銃声が、引き金を引き続けて死んでいった仲間を思い出させる。

 顔や名前を覚える前に死んだ人間の方が多い事に気がついた時、ちょうど弾が切れて銃のスライドが開放状態で固定された。

「惜しいな。最初の弾もど真ん中に入ってれば、最高記録だったのに!」

 もう聞く事のできないはずの声が聞こえる。

 射撃用の耳栓をした状態でこんなにはっきりした声が聞こえるはずはない。

 これは幻聴だと分かっていながらも、俺は振り返った。

 当然そこには誰もいない。

「…なぜお前らは俺を置いていったんだ?」

 彼らはあんな死に方するべき人間ではなかった。

自殺志願のある俺とは正反対の立派な人達だったのに俺よりも先に死んでしまった。

 中には家族がいるものもいた。

俺なんかより、生き残るべき人間しかいなかったのにいつも俺だけが生き残るのは神のいたずらなのだろうか?だとしたら神はとんでもないアホである。

 

 ○月○日 

未だに配属先が見つかっていないが、しかたがない。

任務の成功率は0%で仲間の殉職率が100%の疫病神をいったい誰が引き取るというのだろう?

 明日まで待って配属が決まらなかったら辞表を出そう。

 財団を抜けたら適当な傭兵にでもなって固定の仲間を持たずに、気楽に生きるとするか。

 財団には悪いが、今のうちに多くの弾を消費して射撃の練度を上げさせてもらう。

 記憶処理されても射撃の感覚までは忘れないはずだ。

 いつものように射撃場に入ると先客が一人いた。

 綺麗な金髪と美しい青い瞳が、よく似合う美しいヨーロッパ系の少女だった。

 その少女は拳銃の弾を打ち終えると複数の風穴の開いた的を見て「写真みたいに上手くいかないですね。」とため息をついて、こちらに振り返る。

「お待ちしていました!日本支部の『データ削除済み』さん!」そう言って微笑む彼女を見た瞬間、俺は英検一級を取っていてよかったと思った。

下心なんてとっくに捨てたはずなのにいざ可愛い娘を前にするとドキドキしてしまう。

どうしようもない男だな俺は………あれ?そういえば俺は、何時英検なんて受験したんだ?

 

 大切な話があるという事で、場所を面会室へ移す事になった。

 まだ昼前で誰もいない静かな部屋で、美少女と二人お茶をする…なんて夢は叶うことはなかった。

 彼女には同伴者が数名いて、まるで彼女と俺を監視しているようにサングラス越しに睨みつけてくる。

 彼女の同伴者は一人一人が筋肉質で、がっしりとした体つきをしている。アジアではなかなかお目にかかれない高身長の者ばかりだ。

顔付きも肌の色もアジア人とは程遠い特徴をしている。おそらく彼らはアメリカ人、財団本部の人間なのだろう。

 その中の一人の男が俺の履歴書を読み上げ始めた。

 ○年○月○日 陸上自衛隊に入隊。

 新隊員教育を終え、第13普通科連隊に配属される。

 ○年○月○日 突如現れたSCP-1867jpと交戦。所属していた分隊は壊滅。

 SCP-1867jpと交戦している姿が、出動していた財団の機動部隊員の目に止まり、スカウトされる。

 

 ○年○月○日 SCP財団日本支部機動部隊『データ削除済み』に配属される。

 ○年○月○日 初の任務SCP-『データ削除済み』jpの収容へ向かったが機動部隊『データ削除済み』は壊滅的な被害を受け、任務は失敗。

 機動部隊『データ削除済み』の再編成が難しいと判断した上層部は部隊を解散。

 ○年○月○日 機動部隊『データ削除済み』へ配属される。

 ○年○月○日 要注意団体『データ削除済み』の拠点を突き止めた財団は、機動部隊『データ削除済み』を派遣。

 財団はオブジェクトの確保及び、要注意団体職員の射殺を命じた。

 激しい抵抗に遭い機動部隊『データ削除済み』は壊滅。

 任務は失敗に終わり、重症を負いながらも一人帰還。

 そんなふうに淡々と黒歴史を読まれいき、それに耐えられなくなった俺は「もういいだろ?」と次の言葉を遮った。

 こちらの心情を察したのか男は履歴書を机に置いて「これ全部本当の事なのか?」と尋ねて来やがったんで「残念ながら全部本当だよ。お陰様で今は無職みたいなもんさ。」と返してやった。

 男は腕を組んで頷きながら「なるほどな」と言った。

 「何がだよ」と問い詰めよう思ったがやめた。

 履歴書のせいで嫌なことを大量に思い出した俺は、無意識に机の上のコップまで目線を落としていた。

 それを見かねた金髪の少女はこちらの顔を覗き込み「大丈夫ですか?」と顔を近づけて来た。とても良い香りがして我に変える。

「大丈夫だ。」

「自己紹介が遅れました。私の名は_」

「SCP-105 アイリス・トンプソンだろ?確かクラスはsafeで、写真を通して物体を動かせる特異性を持っている。」

 聞くまでもなかったため言葉を遮った。

「よくご存知ですね!」

「勤勉さが唯一の取り柄なんでな。あんたら財団本部の部隊だろ?何でこんなとこにいるんだ?まさか本部の連中まで俺のことをオブジェクト扱いして収容しに来たんじゃないだろうな?」

 もしそうならただで収容されるつもりはない。

 目の前の少女を睨みつけると少女は首を横に振った。

「いえ!私達はあなたを勧誘しにきたんですよ。SCP財団本部『機動部隊アルファ9』に来る気はありませんか?」

 この誘いが自衛隊に入隊…いや、財団に転職した時以来の転機になる。

 

 ○年○月○日 

アメリカにある財団本部へ渡った俺は、早々に何度も後悔することになった。

 なぜなら日本支部も曲者揃いだったが、本部はさらにぶっ飛んだ職員だらけの場所だったからだ。

 会うたび肉体が変わっている博士や、かの有名なクソトカゲに乗って暴れ回る狂人までいる。りんごのタネで溺れた時は死を覚悟したよ。

 O5はSCPオブジェクトよりも、コイツらを何とかしろよ。

 後日残業して作った問題児博士共の収容手順なるものを部隊長に提出したが「よくできていますがこれでは彼らに対抗できません。巻き込まれないように立ち回るのがベストですよ。」とかなり疲れ果てた表情で資料を返された。

 

 ○年○月○日

 今日はアイリスから夕食に誘われた。…とは言っても財団施設内の食堂なのだが。

 まぁ職員である以前にSCPオブジェクトである彼女としゃばでデートなんて期待もしていなかったが。

 食堂へ入室すると複数の破裂音クラッカーが鳴るのと同時に「ヨウコソ!アルファ9へ!!」とカトコトだがひさびさに聞く日本語で部隊のメンバーが歓迎してくれた。

 私服姿の機動部隊のメンバーが食堂の中央を陣取ってい、食堂のテーブルはSCP-458から取り出したであろうビザで埋め尽くされていた。

 クラッカーの音に反応してホルスターに伸ばしていた手を離して、胸を撫で下ろす。

「びっくりした。…ありがとうございます。」

「できるだけ部隊の皆んなとは、家族のよう接しているんです。これから危険な任務で何度も助け合う仲になりますから!」

「…だといいな。」

 俺は同じ仲間に何度も背中を任せた事はなかったため、今回もこの場にいる全員が次の任務で死ぬものと考えていた。

 席に着いてピザに手を伸ばしたところで、となりの席に座った男から話しかけられ、伸ばした手を止める。

「アメリカの飯には慣れたか?」

 アルファ9にスカウトされたあの日、俺の履歴書を読み上げていた男だ。

「慣れたよ。たまに味噌汁が恋しくなるがな。」

「そうか!ならこれを食ってみろよ!」

 男が手を伸ばし、一切れのピザを皿に乗せて差し出してきた。

「…どうも。」

 ピザの盛り付けは他のピザとは違って、あからさまに地味で、全体的に茶色く、具材はねぎやキノコ等のヘルシーなものばかりで他のピザよりも消化に良さそうだ。

 かじりついてみると口の中にちょうどいい塩気と風味が広がる。

懐かしい味だ。

「ピザボックスを俺が使ったら、必ずこれが出てくるんだ。和風ピザだとよ。このピザを食ったのをきっかけに日本食に興味を持ってな。」

「……。」

「それまでは生魚なんて食いもんじゃねぇと思ってたんだが、ダメ元で食ってみたらなんだあれ!クソうめぇじゃねぇか!!捌き方一つであんなに味が変わっちまうなんてな!日本食はシンプルに見えて、奥が深い!」

「お、おう。そうか。」

 元々話すのは苦手だった俺は、話を広げる方法がわからないが、ここの人間は一方的に話を広げていってくれるので、適当な相槌を挟むだけで済むのは、ありがたく感じた。

「そうだ!あんたのコードネーム皆んなで考えてきたんだ!」

「コードネーム?」

「ああ!前のコードネームは『エース』だったろ?うちのエースはアイリスだ。だからややこしくなるんで変えさせてもらう事にした。」

「いや…あのコードネームは…」

「変えたくなかったか?だがな!うちではまだ早い!日本支部では実力が認められていたお前でも、エースを名乗りたいなら、その実力を本部でも示してみろ!」

「俺のコードネームの『エース』は自衛官時代のあだ名で『クソバカ』って意味だ。」

 真実を知った男は気まずそうに謝罪してきた。

「ああ…そういう…なんかすまん…」

 本来は「一番」や「最高」を意味するエースを自衛隊では皮肉を込めてやらかした人間を呼ぶ際に使う。勘違いされても仕方がない。

 気まずくなった空気を変えるべくアイリスが間に入ってくれた。

「あなたの新しいコードネームは「サムライ」です!どうですか?カッコいいですよね!」

「……」

「あれ?お気に召しませんでしたか?日本のサムライは確か、西洋で言う騎士に当たる者だと聞いていたのでかっこいいと思ったのですが。…」

「…フッ!アハハハハ!」

 思わず笑いがこぼれてしまった。

「?」

 どうやら日本のイメージは江戸時代から変わっていないらしい。久しぶりに笑ったせいで顎が外れてしまった。

「あがっ?!あごッ!?」

 その様子を見た他の部隊員も笑い始めた。

 顎を戻して共に笑う。この部隊なら俺の呪いを吹き飛ばしてくれると信じて。


○年○月○日

 SCP-939の目撃情報がはいる。

 アルファ9は速やかに装備を整え、作戦会議を実施した後に出撃する。

 任務に合わせて、チームは二つに分けられ編成された。

 後方支援を行うチームアルファと前線で直接戦闘を行うチームブラボー。

 俺は日本支部機動部隊『データ削除済み』での勤務実績を見込まれて、前線チームのブラボーへ編成された。

 しばらく市街地や草原や岩場をクリアリングしながら前進した先で、アルファチームのUAVが標的を発見した。

 標的は林内へ逃げ込んで身を隠している。

 ここからはブラボーの仕事だ。

 横隊に展開して、物音を立てないように静かに森林を前進していく。

 さすがは、本部でも精鋭が集められた部隊だ。足場がどんなに悪くても足音一つ立てることはなく、呼吸音すら聞こえてこない。

 そうして、確実かつ慎重に獲物を追い詰めていく。

 近づいていく敵との距離に緊張していると、前方に赤い物体を発見した。

とっさに拳を上げて立ち止まる。

 拳を確認した部隊はピタリととまり、前方へ銃を構えた。

『どの辺りだ?』

「12時の方向に一個体を確認した。」

『了解。こちらも確認した。俺が初弾を撃つ。その後一斉に撃ち込め。』

「「了解。」」

 部隊長が狙いを定めて引き金に指をかけたその時、耳を塞ぎたくなるような悲鳴と断末魔が無線機に入り込んできた。

『左翼だ!左翼にもう一匹いる!!』

 ハメられた。ここまで順調に進んでこれたのは、仲間を待ち伏せさせているこの地点に誘き出すための罠だったようだ。

 左翼だけでなく、前方で身を隠していた個体もこちらへ襲いかかってくる。

 一体だけでも厄介なオブジェクトを二体同時に相手する。それも圧倒的に不利な配置からとなればどんな精鋭部隊でもお手上げだ。

 銃を乱射しながら無線で部隊全体に呼びかける。

「下がるぞ!まだ生き残ってる奴は返事しろ!」

 しかし誰一人として返事をするものはいなかった。周囲から発砲音が聞こえなくなった事で自分以外全滅した事を確信する。

「クソ!!」

 後方へ下がりながら手榴弾を敵方へ投げつけて、木の影に身を隠す。

 残弾はまだあるが、二体のSCP-939を倒し切れるとは到底思えない。

 後方のアルファチームと合流して作戦をたてなおすべきか?…いやだめだ。

 俺を殺そうとしていたならすでに殺しているはずだ。生かされたと言うことは、後方の部隊の存在に気づかれていて、それの位置を逃げた俺を追うことで特定しようとしているのかもしれない。

 だったらやることは一つ。

 ナイフと手榴弾を手に取る。

「一匹だけでも道連れだ。」

 俺が生き残れば部隊は壊滅するんだ。

 だったらここで華々しく死んでやる。

 

 演習の結果。俺の自爆によって一個体の撃破に成功。残りの一個体はSCP-105の特性を活かす事で、アルファチームが撃破した。

 ボロボロになった四足歩行ロボットを頭を抱えながら回収していく技術者を尻目に反省会を始めた。

「なぜ自爆なんてしたんですか?」

 早速、アイリスに詰められる。

 かなり至近距離まで顔を近づけてきて、鋭い目をまっすぐに向けられる。

いつもの穏やかな彼女のイメージからは考えられないギャップと威圧感を感じて、咄嗟に目を逸らしそうになる。

「敵に追われている以上、アルファチームと合流するのはかなりのリスクがあった。これ以上犠牲者を出せばいよいよ任務達成は困難になる。それに俺一人の犠牲で一体倒せたのだから儲け物だ。」

「確かに私達には、死んででも任務を遂行することが求められています。少数の犠牲で多数を救う。それが財団の考えです。私もそれは間違いだとはいえ思いません。でも、あなたの自己犠牲は任務のためではなく、自暴自棄になってやっているように見えました。それでは自殺と同じです。」

「……」

 ぐうの音も出ない。

「私はもう、残されるのはこりごりなんですよ。あなたにならわかってもらえると思ったのに!」

 今にも泣き出してしまいそうな彼女に俺はただ「すまない。」と謝罪することしかできなかった。

 


 ◯年◯月◯日 

何時もなら何かしら問題が起きている施設内に平和な日々が続いていた。

 出来る事ならこのまま平和が続いてほしいが、そう上手くはいかない。

 今この瞬間に世界が滅ぶかもしれない事を財団職員は常に考えながら勤務している。

 俺もそのうちの一人だ。

 今日は転属してきて初めての休暇だったため施設内を一通り見学したのちにの財団が保有している射撃場へ足を運んだ。

 銃を手に取り的を見据える。

 的に銃口を向けて姿勢をとり、引き金に指をかけた。

 息を吐き出し、数ミリある遊びを殺して、引き金を引く。

 弾は明後日の方向へと飛んでいった。

 後ろから見ている他の機動部隊員達が「日本人って射撃が得意なイメージがあったんだけどなぁ」と首を傾げた。

 1発目はつい当てに行ってしまう。

 そんな事をしても当たるはずがないのに。

 だが2発目。今度は全身の力を抜いて出鱈目な見出しの上、引き金はがくびきで引く。

すると当たるはずのない弾が的のど真ん中に命中した。

 後方から「まぐれか?」と聞こえた気がしたが、気にせず続けてでたらめな構えで撃つ。

 弾は再びど真ん中に命中。

「あの日本人独特なかまえだがやるな!」

 1発目がまぐれなら2発目は実力と言いたいところだが、俺自信なぜてきとうに撃たなきゃ当たらないのかわかっていない。

 弾を消費するたびにまた、聞こえるはずのない日本語が聞こえてくる。

「よく当たるな!」

 何時もの幻聴だ。

「あの時も当ててくれてればな!」

 …黙れ。

「いつもそうだ。お前は肝心な時に役に立たない。」

 黙れ。

「お前が俺達を殺したんだよ。」

 黙れ!!

「おい!!」

 肩を叩かれて我に帰る。

「もう弾は撃ち切ってるぞ!大丈夫か?」

 指摘されてようやく銃のスライド部分が開いて固定されていることに気がづいた。

 どうやら俺はしばらくの間、弾が切れた銃の引き金を引き続けていたらしい。

「今日は休日だろ?ゆっくり休め!」

「すみません。」

 きっと疲れているのだ。

 今日はもう休むことにしよう。

 

 ◯年◯月◯日 

訓練を終えて、スポーツドリンク片手に一息ついているとアルファ9の指揮官から呼び出された。

「機動部隊オメガ7及びSCP-076の記録へのアクセスを許可する。アルファ9に入ったからには知っておかなきゃならない情報だ。本日中に目を通しておけ。」

 機動部隊オメガ7「パンドラの箱」については何度か調べた事がある。

 人型オブジェクトを機動部隊員として運用した実験的な部隊。

 その中には日本支部でも噂になっていた人型最強のオブジェクトがいて、そのサポートとしてscp-105「アイリス」が所属していたと言う噂があった。

 より詳しく知りたかったが、細部の観覧はレベル4以上の権限を持った職員から許可を得なければならないようだったため、近いうちに申請しようと思っていたがその手間が省けた。

 財団のデータベースへアクセスしてオメガ7についての記事を読み進めていく。

 様々な情報のなかから「事案記録」を見つけた。画面に広がった文章を読むにどうやら事案記録とはSCP-076「アベル」の収容違反に関する情報のようだ。

 機動部隊オメガ7が設立された当初は、076の戦闘能力の高さとサポートに長けた105の活躍により、次々と困難な任務をこなしていった。

 計画は成功したかに思えた。

 しかし、長くは続かなかった。

 任務が減って平和になると、076は実弾による訓練を始めた。

その際にオモチャの武器で隊員の顎を砕いたとの記載がある。なんとも信じがたい事だが、アベルがやったと聞けば納得してしまうのが恐ろしい事だ。

 そしてオメガ7の任務が底をついた時、事件が起こった。

 076が収容違反を起こしたのだ。

 財団はただちに収容エリアを核弾頭により破壊して076の一時的な封じ込めに成功。

 この事案によりオメガ7は壊滅。

その際唯一生き残ったのが、SCP-105「アイリス」だったのである。

 オメガ7の事案後に、再びオブジェクトととの連携を行う部隊として結成された機動部隊アルファ9が「残された希望」と呼ばれる理由がわかった気がする。

 『アイリス・トンプソン』彼女も俺と同じ、残された側の人間なのだろう。

 

 

 ○年○月○日

夢を見た。

身に覚えのない場所、身に覚えのない内容であるはずなのにどこか懐かしく感じる。…いや違うな。トラウマを思い出したと言った方が正しいだろう。

まだ子供だった俺は、ろくに塗装もされていない壁と錆びついた鉄格子に囲まれた牢獄に入れられていた。

家具どころか、窓一つない殺風景な場所で気が狂うほど長い時間を過ごしていた。

隣の牢に入れられていた綺麗な翼の少女は、どこへ連れていかれたのだろうか?

少女のおかげで少しは退屈せずに入られたのだが、今ではまともに顔すら思い出す事ができない。

改造されたせいなのか、それともまともな教育を受けられなかったせいなのかあの子は会話一つできなかった。…心配だ。

あの子がもし、外の世界に逃げ出せたというならば、優しい誰かに保護されていることを願うばかりだ。

一人でそれも、こんな徹底的に外から遮断された空間にいれば、とっくに限界を迎えていただろう。

それでも冷静でいられたのは、何もない事がまだましだったからだ。

毎朝、白衣を着た女が入ってきては、注射器を差し込んで来て、異様な色をした液体を体内に注入される。

その液体の影響なのか、身体中が焼けるように熱くなり、気分が悪くなって胃酸を吐き散らした。

こうなるのが嫌で何度も抵抗したが、その度に後方で控えている男達に殴られ、蹴られ、首を絞められ、ひどい時には指をへし折られた。

 そうしていつしか抵抗するのもやめてしまった。

 ようやく体温が下がり、気分が優れてきたと思えば今度は手足を拘束されて、目と耳を塞がれた状態で、ベットに寝かされた。そこからはさらなる地獄だ。

どこから入れられるかもわからない刃物と激痛に怯えて、苦しんで痛みに耐えられず気絶する。

それを何度か繰り返したのちに日が上り、殺風景なあの部屋に戻されて束の間の休息をとったのちに朝を迎える。

そんな地獄のような毎日だった。

いっそ殺してくれと何度考えただろうか?

何度言葉に出しただろうか?

だが、奴らは俺を決して殺すことはなかった。

生かすというにはあまりにも酷くえげつない仕打ちを続けながらも死ぬ事は許さない。人どころか、実験用のモルモット扱いだ。

ロープがあれば迷わず首を通すだろう。

ナイフがあれば迷わず首を切り裂くだろう。

それほどまでに追い詰められていた。

それほどまでに弱っていた。

そんなある日、部屋の外から悲鳴や爆発音がきこえてきて、しばらくすると一人の男がドアを蹴破って牢屋に入ってきた。

怯えて涙を流す俺に、その男は優しく手を差し伸べる。

地獄から解放しに来てくれた神様だと思った。

「もう大丈夫だ。よく耐えたな坊主!」

黒い戦闘服に黒い装具を身につけて銃を持つ男。

顔は良く覚えていない。たしか、そこそこ歳をとっている老人だった気がする。

当時の俺は、彼に恩返しがしたいと思い、唯一覚えていたロゴをたよりに、軍や警察の特殊部隊の部隊証を調べ回ったが、どの国のどの部隊とも一致しなかった。

それもそのはず、唯一覚えていたロゴが示す組織は、決して表に出てくる事のない秘密組織『SCP財団』であること、そして俺が探していた彼が使い捨てのDクラス職員でありながら、最強の機動部隊員であるからだった。

その事を知るのは、かなり後の事になってしまった。


○年○月○日

 

 消灯されて静まり返った財団施設内。そのんな中、広々とした事務室の片隅でパイプ椅子に座り、スタンドライトをつけて、昼間渡された資料に目を通しながらノートを取り続けていた。

 日本支部なら消灯時間がすぎても関係なく誰かしら働いているのだが、本部では一部の変人をのぞいて皆寝静まっている。

 そんな事に違和感を感じるあたり俺は財団職員である前に日本人(社畜)何だなと思う。

 敵の規模、装備、保有しているオブジェクト、施設の構造、周囲の地形や植生、最寄りの財団のサイトと病院、部隊員の精神状態や細かな癖、家族構成などの個人情報、起こりうる事象とその対抗策、作戦の流れと作戦の続行が困難または不可能となった際の予備手段。

 それら全てを頭に叩き込んだ上で個人的な最善の動きを分刻みでノートへ書いていく。

「まだ起きてたんですか?」

「すまん。起こしたか?」

「いえ!ちょっと喉が渇いたのでお茶を飲みに来たんです!あなたもどうぞ!」

 差し出されたコップから水分を取ると口の中に渋みと程よい苦味が広がる。

「緑茶か?」

「ええ。この前日本支部で飲んだのを思い出してSCP-294で入れてみました。」

「ありがとう。」

 軽く会釈して再び資料とノートを睨みつける。

「作戦が決まった後、時間があればずっとそうしてると聞きました。大丈夫ですか?睡眠は取れてます?」

「問題ない。」

「少し見せてもらってもいいですか?」

 一部見られたくないページがあるが全て日本語で書いてあるため問題ない。

 今開いてあるページがわかるように角を折り曲げて渡した。

「作戦一つにまるまる一冊使ってるんですね!それもこんなに小さい字で!SCP-261の実験記録より長いじゃないですか?」

「あれを全部読んだのか?!」

 確か八万文字以上あったはずだぞ。

「ブライト博士に参考になるからって勧められて…」

 アイリスはトラウマを思い出したように青ざめながら答えた。

 あの野郎!俺達のアイドルになんて事を!今度会ったら終了処分にしてやる。

「日本支部にいたときも作戦前はそうしていたんですか?」

「ああ。やれる事はやってきたつもりだ。それでも結局、結果は変わらなかったがな…。」

「…私達はあなたを残して死んだりしません。」

 皆んなそう言って皆んな死んだ。

 だが今回は違う。

 今回はとっておきの作戦がある。いざとなったら命令違反だろうが何だろうがそれを実行するつもりだ。

「今回こそは、一人も死なせずに任務を完遂する。」

しばらく話した後に、アイリスは「無理はしないでくださいね。」と言い残して自室へ戻って行った。

彼女が完全に帰ったことを確認した後に、机の引き出しに隠しておいた隠していたノートパソコン開いてエンターキーを押す。それに連動して、後方のコピー機が起動し、一枚の報告書が印刷される。

…これで全ての準備は整った。

後は実行するだけだ。

印刷物を取ろうと手を伸ばしたが、横入りしてきた何者かの手に奪われてしまった。

「うーん…私としてはこんなもの今すぐシュレッターにかけるべきだと思うんだが。」

一見ただの残業中の白衣を着た研究者だ。しかしその首には赤い宝石が埋め込まれた首飾りが下げられていた。コイツは間違いなく問題児博士の一人だ。

面倒くさいやつに見つかってしまった。

「今すぐその報告書を返せ。でなきゃあんたの本体を682と同じ水槽に沈めるぞ?」

ダメ元で脅迫してみたが、やはり効果はなかった。

「エイプリルフールにはまだ早いな!となれば、君は真面目にこんなものを使う気なのか?どんな計画は知らないが、『彼等』を利用したところで、ろくなことにならないぞ?こんなものは今すぐ破棄するべきだ。でなきゃ君は最悪な未来を迎えることになる。」

「今更、最高の未来なんて望まない。今度こそ最善の選択をしたいだけだ。」

「そうか…ならば止めはしない。だがな_____」

ヘラヘラしていたブライト博士の表情が、一瞬で真顔になる。

「あの子を死なせたら容赦はしない。たとえ君が死んでいたとしても、生き返らせてもう一度殺す。」

脅しじゃないのは明白だった。

「それでいい。…そうならないためにわざわざそんなものを使ったんだ。」



 

 ○年○月○日

 敵対組織の戦闘員との激しい銃撃戦を繰り広げたのちにSCP-『データ削除済み』の回収に成功。

後は離脱するだけだった。

 追手に対して応戦しながら離脱しようと試みるも、ここは敵アジトのど真ん中であることから当然、地の利が活かせずすぐに回り込まれてしまう。

 銃声が鳴り響くたびに仲間が一人また一人と負傷していく。まだ死者は出ていないがこのままでは時間の問題だ。

 俺は意を決して作戦前に単独で立てていた計画を実行に移す事にした。

「アイリス。ここの通路の写真を撮ってくれ。」

「?…わかりました。」

 アイリスは困惑しながらも指示通り、愛用のパラノイドカメラで通路の写真を撮った。

「これでいいんですか?」

「よし。よく撮れてる。それを大事に持っといてくれ。」

 アイリスを突き飛ばして、通路の壁に設置されている非常用のボタンのカバーを銃のストックで殴りわって、そのままボタンを押しこむ。

 するとサイレンが鳴り響き、天井から出てきた分厚いシャッターが、落ちてくるように通路を塞いだ。

 こちら側には俺一人が残り、他の隊員はシャッターの向こう側にいる状態になる。

今なら、自身の「死」が確定しているにもかかわらず、火災現場へ向かった消防士の気持ちがよく分かる。

 シェルターの向こう側から叫び声が聞こえてくるがほとんどがこもった声で上手く聞き取れない。

 だがそれでいい。

 仲間の声で、せっかく決めた覚悟が揺らいだら、俺はこれから無駄死にする事になるだろう。

 ライフルのマガジンを取り替えて近づいてくる足音の方向へ構える。

 敵の姿が見えた瞬間フルオートで弾を出しまくる。

 当てる必要はない。ただ一分一秒時間を稼げればこちらの勝ちだ。

 マガジンが空になったタイミングで敵の銃撃が始まった。

 リロードが間に合わず左手に被弾した。

 人差し指と中指を吹き飛ばして腕に入り込んだ弾丸は肘を破壊して貫した。

 アドレナリンのおかげか見た目ほど痛くは感じない。

 片手でライフルを撃ち続けるのは現実的ではないと判断し、ライフルを捨てて腰のホルスターからハンドガンを取り出す。

 再び出鱈目に乱射していると敵の弾丸が身体中を貫いていった。

 人体に限界が来たらしく力が抜けて、その場に膝をつく。

 膝をつきながらも乱射は続けたがついに弾切れになったことを軽くなった引き金から感じ取る。

 もはやリロードができる状態ではないためハンドガンを投げ捨てた。

 幸い右手はまだ動く。最後の力を振り絞り手榴弾に手を伸ばした。

財団から支給された手榴弾は二つ残っている。そのうち一つは敵方に投げた。

大した飛距離は出なかったが敵を遠ざけるにはちょうどいい位置まで転がっていった。

 手榴弾が爆発して通路の壁と床に焦げ目と傷をつける。

それを確認して、二つ目に手を伸ばそうとした時、無線機からアイリスの声が聞こえた。

「何してるの?!早くここをあけて!」

「こちらサムライ。その命令には従えない。事後この無線は放棄し、サムライについては手榴弾を使用して自決するため、ここから早く離れることを提案する。……さっき撮った写真をこの任務終了まで大事に持っていろ。」

「待って!!」

 アイリスの声を遮るように無線機の電源を切った。

 アイリスなら、こんな状況でも部隊を正しく導いてくれるだろう。

 なにせ彼女は、あのアベルと肩を並べていた実力者なのだから。

 手榴弾が爆発したのを確認して、敵の戦闘員がこちらに迫ってくる。

 一見、絶望的な状況に思えるがすでにこちらの勝ちは確定していた。

 不敵に笑みを浮かべながら中指を立てる。

銃口が頭に向けられて、頭を撃ち抜かれる寸前。

 敵の戦闘員のうち一人が悲鳴をあげながら後方へ向かって発砲し始めた。

 それに反応して他の戦闘員も振り返り発砲し始めたがもう遅い。奴等の装備、練度では人型最強オブジェクトには歯が立たないだろう。

 彼らの目線の先で、収容違反を起こしたSCP-076「アベル」が不気味な笑い声をあげていた。

 アベルは銃弾を軽々と交わして戦闘員との距離を詰めるとその手に握る黒いブレード状の凶器で真っ赤な死体の山を築き上げた。

 返り血で頬を赤く染めながら猟奇的な笑みを浮かべている。しばらくぶりの殺人に興奮がおさまらないのだろう。

 やはりコイツは、報告書通りのサイコ野郎だ。

「お前。財団の人間か?」

 数年前までその存在すら知らなかったシュメール語で話しかけてきた。

 こうなる事を想定していた俺は最低限話せるくらいに勉強したため、問題なく返事を返す。

「そうだ。」

「ん?その部隊証はアイリスのとこの部隊か?…まぁいい。カインの居場所を教えろ。そうしたら楽に殺してやる。」

「073がこんなとこにいるわけねぇだろ?」

 どうやら報告書通り、アベルはカインに対して尋常じゃない殺意を持っているようだ。

 カインには悪いがアベルをここに誘導するためにその特性を利用させてもらった。

「騙したのか?」

 アベルの表情から笑みが消え去り、鬼のような形相へと変わっていく。

「その通りだよ。サイコ野郎!」

 怒りに満ちたアベルは、凶器を振り上げた。

「待ってくれ。死ぬ前にあんたに言っておきたいことがあったんだ。」

「…何だ?」

「あんたは何度、死んでも生き返れるんだろ?だったらその命の一つくらいアイリスの怒りと悲しみを受け入れるために使いな!!」

「!?ッ…」

 次の瞬間、突如出現したナイフがアベルの喉元を切り裂いた。

 流石のアベルもこのタイミングでの不意打ちには対応できなかったらしく、アベルの喉元は、深く切り裂けて呼吸機能が破壊されたようだった。

「複数の機動部隊を持ってしても敵わない076でも、105の特異性…アイリスの力に敵わなかったのは掌握ずみだ。」

 手榴弾を手に取り、口を使ってピンを抜く。

 その際歯が欠けたがもう使うことはないため気にもしない。

 初めての実戦を経験して仲間を失ったあの日から、俺は任務に対して入念に下準備をしてきた。

 どんなに困難で危険な任務でも必ず任務を全員で達成できるようにするために失敗する確率を限りなく低くしてきた。

 それでも現場は俺の意思とは真逆の方向へ進んでいき、最後は俺だけが生き残り続けた。たとえそれが成功率100%の任務だったとしてもだ。

 一人残されるたびに、何故失敗したのか?何故俺だけ生き残るのか?何故同じ結果なんだ?と疑問を抱きその答えを見つけられずにいたが本部に転属されてやっとわかった。

 俺が生きている事そのものが、任務失敗の原因なのだ。

 今まで俺だけが生き残り仲間が全員死んで行ったのは偶然ではなく必然だ。

だから俺は、俺にかけられた呪いを道連れにする。

 安全レバーが外れた手榴弾を自身の胸に当て、神社も寺も教会にも行ったことのない俺が最初で最後の祈りを捧げる。

「…やっと俺の番が来たな。」

 とあるSCP-1983の内部から脱出できなくなり、死を悟ったある職員は、内部で必死に集めた情報を非公式のレポートに残していた。

 そのレポートの最後に彼は、後から入ってくるであろう、人物へ希望と願いを込めてこんな事を書いていたな。

「幸運を…死に行く者より敬礼を…」

 

 ○年○月○日 機動部隊アルファ9は敵対組織の情報及び複数のSCPオブジェクトの回収に成功。任務を達成した。

 アルファ9の被害は5名の負傷者を出し、一名が殉職。

 上層部は「全滅していてもおかしくない状況で、最低限の被害で抑えつつ任務を完遂した。」と評価し、部隊員に勲章を授与しようとしたが、部隊の全員がそれを拒否した。

 

現場に現れたSCP-075-2に関する記録。

 作戦が始まる前夜、匿名の機動部隊員がSCP-075が活性化していると誤情報を流しており、警備は通常よりも厳重されていたにもかかわらずアベルは財団施設を闘争。

 防犯カメラには、増員された機動部隊員を蹴散らすアベルの姿が録画されていた。

 SCP-076の周囲を捜索したところ真っ二つに引き裂かれた偽の報告書を発見。

 内容は「SCP-073が要注意団体に攫われた。」というものであり、全くのデタラメであった。

 これらの工作を行った人物を捜索するため、死亡した隊員の持ち物を整理した際に出て来た日記が財団職員の目に止まり、違和感を感じた財団は彼の経歴を一から調べなおした。

 すると彼の経歴の一部が偽装であることが発覚した。

 彼はごく普通の一般家庭で育ち、平均的な小中高の学校を卒業したのちに自衛隊に入隊したとあったが、それらは全て偽装であった。

本来の経歴については、孤児院で育てられ、要注意団体に引き取られたのちにSCP財団日本支部の機動部隊により保護され、記憶処置を受けた後、自衛隊に入隊していた事が判明した。

財団に入る際に、要注意団体による工作活動があったと見て捜索が続いている。

 彼が自衛官になりSCP-1867jpと交戦して生き残ったのも、その後、財団からスカウトされたのも全て要注意団体の思惑通りだったのかも知れない。

 この事から彼の周りの人間が不自然なほど死亡しているのは、彼が要注意団体の工作員として暗殺していたか、何かしらの現実改変能力を無自覚に使用していた可能性があるとして財団は調査を続けた。

 作戦終了後に回収された彼の遺体は、上半身がぐちゃぐちゃで目も当てられない状態だったが、それでも財団は徹底的に彼の体を調べあげた。

 その結果、彼の体から異常に高いヒューム値が検出された。

 財団は彼を要注意団体の工作員として記録したが、私達の中にそれを信じるものは誰もいなかった。

 彼の経歴が偽装だらけでも、彼が財団のために使命をまっとうしたのは、揺るぎない事実だからだ。

 

 以上、記録終わり。


 記録者「SCP-105 アイリス・トンプソン」

  

 

 

 

 

 

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SCP財団 ある機動部隊員の記録 @SCP105

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