第3話 生贄ヤンキーはケンカを買いたい

 ティセラは銀髪の男に絡まれても俯いたまま。エネシアは体を硬直させ、ティセラを見つめたまま立ち尽くしている。

 年頃の女の子がガラの悪い連中に囲まれたらこうなるのは必然。

 ここで自分の漢気を見せて好感度をアップさせておくかと、イブが声をかける。


「おい、お前ら……」

「汚ない手で触んな!」


 銀髪の男がティセラの肩を掴んだ瞬間、ティセラがその手を掴んでひねり上げて凄む。

 漢気さんが一瞬で引っ込んだイブと目が合い、ティセラがはっとする。


「不潔なお手々を放していただけます?」


 笑顔で言い直したそっちの方がこえーよ、とイブは心の中でツッコむ。


「痛てて……てめぇが放せ!」

「先に手を出したのはそっちなのに」


 ティセラは不満げに銀髪の男を突き飛ばす。


「イタタ……痛ってぇ~!」

「あ~あ、腕が折れちゃったみたいよ~どうしてくれんのぉ?」


 大げさに痛がっているが、明らかにチンピラムーブ全開の言いがかり。


「こりゃ治療費が高くつきそうだねぇ~?」

「このくらいで骨折とか弱すぎ! まだ生贄なまにえさんの方が硬かったよ!」

「そうだそうだ、俺の股間を見倣え」

「ああ? 他人に怪我をさせといて何だその言い草は?」


 ティセラが考え込み、何かに気づいたように頭頂部のアホ毛がピンと立つ。


「いたたた……肩が折れてる気がする! これでおあいこだねっ☆」

「遅いわよ! 全然おあいこ☆じゃないからね!」


 言いがかりという点では十分おあいこである。

 どんどん不穏になる空気に、たまらずエネシアが声をかける。


「ティセラちゃん、ケンカはダメなのです」

「え~、エネシアがそう言うなら……」


 しぶしぶ傭兵たちに頭を下げるティセラ。


「ごめんなさい、弱い人に興味はないです」

「なんだと、このクソアマ!」


 天然で謝罪を挑発に変換する高等テクニックに、怒り心頭の傭兵たちは完全に戦闘モードだ。


「おい、あれ大丈夫なのか」

「だ、ダメなのです……」


 エネシアは絞り出すように言って、震える手で俺の腕を掴む。

 売られたケンカは正々堂々買うのが樹聖人エルフの流儀なのだそうだが、


「私は弱いので……足手まといないのです……」


 と、エネシアが泣きそうな顔で俺を見つめる。


「ティセラちゃんの水の加護衣ヴェーラでも、相手が二人では……」


 イブには、エネシアが呟いた言葉の意味も、エルフの流儀とやらもよく分からないが、分かってることが一つだけあった。


 それは『怪我していようが貧血だろうが、女の子にケンカさせて何もしなかったら男が廃る。ついでにばあちゃんにぶっ飛ばされる』と言う、ヤンキーとしてのイブの矜恃である。


「まてよ、俺が相手になってやんよ」


 イブは己の矜恃に忠実に、紫メッシュの髪をオールバックに撫でつけ、傭兵二人の前に立ちはだかる。

 ティセラとエネシア、それに二人の傭兵も驚いた表情で俺を見つめる。そして、何かに気づいたように傭兵二人が顔を見合わせる。


「……なぁ、こいつさっきから変だと思ってたんだけどさ……」

「ああ、こいつ加護衣ヴェーラがねぇよな?」

「あー! そうか、それだ!」

「確かに……違和感の正体はこれなのです!」


 イブには、一触即発の緊張感が消えたエルフ達が、何で意気投合しているのかさっぱり分からない。

 

「う゛ぇ~ら? って何だ?」


 イブの疑問に、傭兵二人が我慢の限界とばかりに笑い転げる。


「なんだそれ……そんなヤツ初めて見た」

「そんなんで俺らの相手とか……は、腹がいてぇ」

「絶滅危惧種さまはお怪我のないよう離れてご覧あそばせ」

「オネェちゃんたちは俺らのオモチャ確定な」


 笑いながらも威嚇するその眼差しには、それなりの自信と迫力がこもっている。


「そうか、痛い目に遭わなきゃ分からないタイプか」


 イブは顔を引きつらせ、敢えて挑発的な言葉を投げかける。


「あぁん? 地上最弱の人間ごときが何言ってんの?」

「テメェ俺たちが手を出せねぇと思ってナメてんじゃねぇぞ!」

「イ、イブさんも手を出したらダメなのです……」

「大丈夫だいじょーぶ」


 イブは泣きそうなエネシアに笑顔を送ると同時に、右膝を銀髪のエルフのみぞおちに叩き込む。

 完全に油断してたのか、モロに喰らって『グファウッ!』と変な声を上げ崩れ落ちる。

 立て続けに顎を蹴り上げ、銀髪の男を仰向けにひっくり返らせる。


「ほら、手は出してないぜ?」

「なっ……!」

「へぇ……!」

「……!」


 驚く金髪エルフと意外そうな顔のティセラ、それに声の出ないエネシア。銀髪の男が尋常ではない殺意を纏い、口許を拭いながら立ち上がる。

 普通なら失神してもおかしくないダメージのはずなのに、まだ意識があることに驚くイブ。

 次の瞬間、素早く移動したティセラが、銀髪傭兵の頭部に左ハイキックからの右後ろ回し蹴りを続けて叩き込む。

 蹴りをモロに食らった銀髪エルフは、しかし直立不動のままティセラを睨んでいる。


「あれ? 効いてない?」

「ソノ……モロモロ見エチャッテ」


 そう言うと、銀髪の傭兵は盛大に鼻血を噴き出しながらひっくり返り、今度こそ動かなくなった。その晴れ晴れとした笑顔の大往生に、イブは激しく共感する。

 ティセラは「あっ!」と声を漏らし、耳まで真っ赤にして裾を押さえる。

 その様子を見た金髪が、照れ隠しにも思える殺意を剥き出しにして剣を抜く。


「てめぇら……ぶっ殺してやる!」


 そう言って金髪エルフが襲いかかろうとした刹那、それを凌駕する速さで黒い人影が横から飛び込んできた。

 イブが目にしたその姿は、黒い髪に碧色と金色のオッドアイ。それと、腰の後ろには黒い尻尾のようなもの。

 黒い人影は槍を金髪エルフの右腕に突き刺し、自分だけそのまま湖にザブンと突っ込んだ。


「アンジー!」


 爆速で飛んできたずぶ濡れの黒い塊は、よくよく見ると猫っぽい女の子。

 エルフとは違う姿に見えるので、これが獣人なのだろうか。


「……ちょっと目測を誤った」


 アンジーと呼ばれた猫娘は、ずぶ濡れのまま何かに言い訳をしながら、片腕に槍を生やしてうめく金髪の胸ぐらを掴む。


「お前のせいでずぶ濡れ」

「……自分で突っ込んだんじゃないか……」


 金髪エルフの言葉はぐうの音も出ないほど正論なのに、猫娘は問答無用とばかりに引き抜いた槍の柄で殴って黙らせた。

 この理不尽さは、きっと負けず嫌いの照れ隠しなのだろう。濃い褐色の頬がうっすら赤みを帯びている気がする。

 そして、引き締まった体のラインに張り付いた服が妙に艶めかしい。

 この国の住民の揃いも揃って薄着な姿を直視できず、イブは収まりかけていた色々なモノが自然と膨んでくることに焦りながら平静を装う。


「ありがとうな、助かったよ」

「……! ち、近寄るなっ!」


 極めて紳士的な言葉で握手しようと近づいたイブにナニかを感じたのか、アンジーが焦った顔で目を瞑ったまま、手に持った槍を振り回す。


「マジか!」


 イブは辛うじて直撃を避けたものの、バランスを取るため伸ばした手がエネシアのふくよかな胸部を掴んでしまう。

 

「「えっ」」


 おっふ……何という安定感。思った通り柔らか~い!

 決してわざとじゃ無い。不幸で幸福な事故なんだ。

 ――とイブが束の間の幸せを楽しんだ直後。


「きゃあああぁぁぁっっっ!」


 一瞬の静寂ののち、エネシアの絶叫と共に神速の裏拳がイブの頬にスローモーションでヒットする。

 あれ? 私は弱いので足手まといですって言ってなかったか?

 この世界の女の子は強いという事実を、イブは空中を舞いながら身をもって理解した。


「い、イブさんゴメンなさいなのです!」

「エネシアずるい! あたしがやりたかったのに」

「お……男に話しかけられた……」

「そ、そんなことより早く助けなきゃなのです!」


 湖に沈みながら遠くなる意識の中、そこまでは聞き取れた。

 ああ、また水の中だ……今度こそダメか……と、イブはそのまま真っ暗な世界に意識を落とした。

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2024年12月22日 12:10

生贄ヤンキーはバックレたい! 倉辺ルネル @kurabe_runeru

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