第2話 生贄ヤンキーは子作りしたい
『人生の大事な選択肢なんて、どっちを選んでもだいたい後悔する』と、牧瀬イブはいつも思っている。
ならば最初から、直感を信じ結果は気にしないという信念と行動力は、彼の美点であると同時に「よく考えてから行動しなさい」と注意される欠点でもあった。
そんなイブのある日の選択肢は、『武術道場の稽古に行く』か『稽古をサボって隣の学校の不良をシメに行く』。
イブにとっては『自分の学校の生徒がケガをさせられ、黙っていたらヤンキーの名折れ』なので、当然のように後者を選ぶ。ケンカでぼろぼろになった挙句、超スパルタの武術師範である祖母に追加でボコボコにされるのを分かっていながら。
そんな性格だから、外国に行ける『留学生』に選ばれると、迷うことなく行くことを選択した――が、直後にイブは後悔した。
大きな嵐のため、留学先に向かう船が沈んだのである。航海に後悔である。
イブがたった一人、漂流の末に生きて上陸できたことは奇跡だった。
流れ着いた浜から歩くこと小一時間後の現在。
生まれて初めて見た外国人が目の前いるティセラだった。
そのティセラに手を引かれ、エネシアとイブが湖から上がる。
「ふたりとも大丈夫?」
「本当にごめんなさい!……なのです」
「大丈夫だ問題ない、俺の方こそ支えられず悪かった」
紳士的な言葉を選んだつもりのイブだが、目のやり場に困って挙動不審になっているのが見え見えである。
実際に水が
色々大事なところが透けて見えやしないかとイブが期待……心配する。
重くなった空気を変えるためか、エネシアが自己紹介を提案した。
ティセラがはいはーいと嬉しそうに手を挙げる。
「あたしはティセラ・マルボア。あらためてよろしく、
「わたしは、エネシア・ロズマン……なのです……
ちょいちょい出てくるナマニエサンにイブは違和感を覚えながらも、とりあえず無視することにした。
こういう時は最初が肝心だと、紫メッシュに染めた髪をオールバックに撫でつけ、右斜め下から鋭い眼光でキメる。
「俺は
ティセラは笑顔を崩さないが、頭頂部のアホ毛がクエスチョンマークになっている。
エネシアはやや斜め下に視線を落とし困った表情をしている。
明らかに滑った空気が濡れた体をさらに冷たくしてる気がするので、イブは
「……ところでさっきから気になってることがあんだけど」
「なんでも聞いて! ひとつだけ答えてあげる!」
「いや全部答えて!?」
正直、気になっていることは山ほどある。
ここはどこ? あんたらだれ? ナマニエサンとは?
イブがしばらく考え込んだ末、最初に選んだ質問。
「あのさ、俺の子どもを産むってどう言うこと?」
鏡のようにテッカテカな十六歳の性欲が、完全に理性を凌駕した。
ぼふっと言う音と共に、ティセラが一瞬で顔を真っ赤にする。
つられてエネシアの顔も真っ赤になり、
はわわっと言いながらぶんぶん振る両手にあわせ、胸部もはだけそうなほど揺れている。
むしろはだけねぇかな……と、イブの鼻の下が少し伸びる。
「ささささっきのはその、勢いで言っちゃったから……」
「ごめんなさい、ちゃんと説明するのです」
ここは
エルフ? 獣人?
見た目通りというか、思ったとおりなのだが……イブは理解が追いつかず、「長いこと鎖国してると外国も色々あるんだな」と無理やり自分を納得させる。
そして肝心の子作りについては、
――湖に現れる【
と言う【神託】を受けたティセラが、里のため子作りの意を決してやってきたところに、ちょうどイブが現れたのだという。
ティセラの衣装も神託のとおり薄着にしたらしい。
「うん、神託ね……なるほど全く分からん」
とは言え、女の子に恥をかかせるのはよくないし、異国の地で童貞を卒業するのも何かの縁。
ばあちゃん、俺、大人の階段のぼっちゃいます――と妄想しているイブに、エネシアが申し訳なさそうに言葉をかける。
「あの、実は……」
ティセラへの【神託】は事実だが、今日この時、しかもそんな衣装というのは、学校の仲間がティセラをからかうための嘘だという。
「そもそも【儀式】には手順があるのです。こんな場所で動物の交尾みたいに簡単ではないのです」
動物でも交尾するのになーと、大人の階段をのぼり損ねたイブが顔に出さないままショックを受ける。
そんなイブの様子を見て、ティセラが首をかしげる。
「え? でも
「たまたま……にしては出来すぎですけど……でも、この
エネシアもいぶかしそうにイブをのぞき込む。
「何かおかしい……のです?」
「え、そう? ……う~~ん、そう言われたらそんな気も……何だろう?」
エネシアに続きティセラも俺をのぞき込む。
二人の近すぎる距離感(主に胸元)に、イブの鼓動は嫌が応にも速くなる。
「だから、俺はただの留学生で……」
刺激的な光景から逃れようと言葉を振り絞った瞬間、イブの目に美少女エルフ達の後ろから飛びかかってくる二つの影が映る。
考えるより先に二人を抱え後ろに飛び退いたイブは、そのまま湖に落ちてしまいびしょ濡れに逆戻りした。
よく聞き取れない言葉をかけられ、ティセラとエネシアがはっとして振り返る。
ニヤニヤと笑いながら、三人を品定めするように見下ろしている二人組。
その嫌な視線を、イブはこれまでも散々経験してきた。
ナメられたら負けとばかりに、イブは脊髄反射で睨み返す。
「なんだテメェら!」
「里にちょっかい出してる傭兵かな」
俺とティセラの言葉を聞いた途端、二人の態度が変わる。
「ちっ……どうする? こっちのヤツは人間みたいよ」
「なんで絶滅危惧種がこんなとこにいるんだよ? クソが!」
「面倒くさいねぇ……知らなかったことにしてヤっちゃうか」
今度はイブにもはっきりと分かる言葉で二人は悪態をつく。
自分に向けられたゼツメツキグシュの意味が分からず、イブは首をかしげる。
一人は長い金髪の女。腰に細身の剣をぶら下げている。
もう一人は銀髪の男。左頬に傷があり、穂先に飾りのついた槍を肩に担いでいる。
二人とも、乱暴な言葉遣いでいかにも悪役の風体なのに、目鼻立ちが整っていることにイブは嫉妬を通り越した怒りを感じていた。
耳が長いところを見ると、この二人もティセラやエネシアと同じエルフなのだろう。
殴る気満々で拳を握ったイブをかばうように、ティセラが毅然とした態度で二人に話しかける。
「ダメよ、人間の
あれ? さっきまで手どころか足まで出してたのあなたですよね?
「あぁ? こいつ
金髪の女エルフが忌々しそうに吐き捨てる。
「……ってことは、あんたが
銀髪の男エルフがニヤニヤと下衆な笑みを浮かべる。
頭頂部からぼふっと煙を吹き出し、ティセラが顔を真っ赤に染める。
「だからそんな格好してんのか……ちょうどいい、ついでに俺たちも喰ってくれよ」
「
「ばーか、処女じゃねえお前が巫女になれる訳ねぇだろ」
「
金髪エルフが舌なめずりをしながら、イブを舐めまわすように見ている。
復活しそうな大人の階段よりも、「巫女は処女」という言葉にイブは意味もなく照れてしまう。当のティセラも恥ずかしそうにうつむいたまま。
「ヤったらすぐ死ぬ人間より、俺らの方がよっぽど気持ちよくしてやるぜ?」
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