生贄ヤンキーはバックレたい!

倉辺ルネル

第1話 生贄ヤンキーは出会いたい

 両手両足を鎖で縛られ、祭壇の上で神への供物として怪物に喰われる。

 あるいは、触手に絡め捕られた姫騎士が『くっ、殺せ!』と凌辱される。

 生贄と言われてイメージするのは、ゲームや漫画のそんなシーン。

 『留学生』としてこの国に来た牧瀬イブも、ヤンキーとは言えその程度の知識はあった。


 だから、目の前に現れた少女の言葉と自分の立場がにわかには信じられない。


「あ、あの……あたしと……子供を、産んでください!」

「は?」

「じゃない、産むのはあたしで……あ、あのね? 何言ってるんだろ……」


 いきなりすぎる展開にイブの理解が追いつかない。

 顔を真っ赤に染めて目を白黒させ、初対面のイブにエッチなことをしよう、と誘っている少女。新手のパパ活か美人局つつもたせを疑ってしまう。


 肩までのちょっとくせっ毛っぽい赤い髪。

 目つきが悪いイブとは対照的に、目鼻立ちは整いくりっとした目は愛嬌がある。

 何より特徴的なのは、すっと伸びた大きめの耳。

 まるでゲームに出てくる『美少女エルフ』と言われても納得してしまう。


 湯浴み着のような薄絹の着物は少し短めで白い太腿がまぶしい。

 両腕を組んで押さえている胸元も、大きさこそ控えめだが形がはっきりと分かる張り。

 水色の粒がきらきらとまとわりついてるように輝いている白い肌。

 下着がどうなっているのか直視できないが、童貞歴十六年の純情を射殺すには十分すぎる格好。


 少女の可愛さに目が釘付けになると同時に、体の一部は金槌状態だ。

 地元では硬派なヤンキーで通っていたイブだが、決して股間だけのことでは無い。


 夕日を背にしているのに、白い光が胸部と腰の辺りで輝きディティールがよく見えないのは、大人の事情的な湖の乱反射自主規制ってヤツだろうかなどと、どうでもいいことだけが頭を巡る。

 少女が意を決したように、無言のままのイブを指さして口を開く。


生贄なまにえさんが【儀式】で死んでも、ちゃんと供養するから安心して!」

「死んだ後に何を安心しろと!?」

「あたしだけは生贄なまにえさんのこと、忘れるまで覚えてる!」

「忘れる前提かよ」

「思い出さなかったらごめんね!」

「もはや覚える気もねーな?」


 お互い無言で見つめあったあと、少女が「えへへ」と照れ隠しのように笑う。やはり覚える気は無いらしい。

 そもそもナマニエサンとか儀式とか、イブには何のことかさっぱり分からない。


「……なあ、ナマニエサンって俺のこと?」


 少女はこくりと頷く。


「儀式ってなんだよ?」

「それは……子どもを作ったり……するのかな?」

「いや聞いてるの俺なんだが!?」


 頬どころか耳まで赤く染めてしどろもどろになっている少女。

 話しの内容も含めイブの顔も赤くなる。


「実は【儀式】のことはよく分かんなくて。でも生贄なまにえさんは【儀式】のあとで死んじゃうって聞いてる」

「……それって『いけにえ』のことじゃね?」

「ううん、『なまにえ』だよ」


 確かに、気持ちいいことをするという点においては、イブの知る生贄ではない。

 だが、結末が『死』であれば、やはりそれはイブの思う生贄である。

 『イケニエ』と『ナマニエ』の違いは、今のイブにはさほど重要ではない。

 なぜなら、目の前の少女が潤んだ瞳でイブを見つめているから。


「あのね……お願いがあるんだけど……」


 ゴクリと喉を鳴らし、イブが少女の言葉の続きを待つ。


「あたしより強い男じゃないと、子ども作れないよね?」


 はにかんだ笑顔で見つめる少女が、何の同意を求めているのかイブには理解できず軽く混乱する。


「あなたが勝ったら、あたしのこと好きにしてください!」


 そう言うと、少女はゆっくり息を吐きながら腰を落とし、左手を前、右手をみぞおちの前に構える。

 イブが知ってるお願いのポーズと全然違うが、これがこの国の作法なのかと混乱に拍車がかかる。


「俺が勝ったらって、何の勝負だよ?」

「もちろん殴り合いだよ?」

「ちょっと待て! なんでそうなる?」


 そりゃケンカ上等、今までも売られたら全部買ってきたよ?

 てか構えは戦闘的だけどさ、そんな薄着で戦えるのか? ……俺が。

 ――というのがイブの本音である。


「ちなみに、あんたが勝ったら?」

「え? あたしがあなたを好きにしていいの?」

「いや聞いてるの俺なんだが!?」


 この少女から残念な空気しか漂ってこないことに困惑するイブは、「これ、勝っても負けても俺の得にしかならなくね?」と思ったものの、殴り勝った方が負けた方を好きにすることは、イブが最も嫌う『ただの暴行』だと思い直す。


 そんなイブの逡巡を意に介さず、少女はやる気満々の笑顔で宣言する。


「じゃあいくねっ!」

「え、ちょ、ま……」


 地面を滑るような足さばきと共に、彼女の左拳、左肘に続き右拳が流れるように飛んでくる。

 ケンカ慣れしてるイブを圧倒する速さの攻撃。イブは紙一重でかわし――きれず、右の拳を腹に食らう。

 武術の心得もあるイブは、この攻防で少女が並の格闘家を遙かに凌ぐ実力者であることを理解した。


「ぐっ!」

「どうしたの? 真面目にやってよ!」


 少女は軽いステップを踏みながら距離を取る。

 太腿のひらひらが気になるその動きに、イブの集中力は違う一か所にみなぎってしまう。


 理由のないケンカはしたくないが、少女の技に闘争心を刺激される。

 武術道場の師範であり、両親のいないイブを育ててくれた祖母から「女の子に手を上げたらダメ!」とキツく言われてるが、今回は特別だとイブは覚悟を決め大きく息を吐く。


「俺は真面目じゃねーからな。ちょっとだけ遊んでやる」


 決して下心があった訳では無い。断じて。信じて! と、心の中の祖母に言い訳をしながらイブもファイティングポーズをとる。


「へぇ~じゃあ遠慮なく!」


 目の前の少女が少し嬉しそうな顔を見せる。

 さっきより一段と速く、重そうなパンチをかろうじて避ける。

 甘くなったイブのガードを見逃さず、少女の右中段回し蹴りが左腋に入る。

 「うぐっ」と小さく呻くイブ。しかしこれはイブの狙い通りであり、間髪入れず左腕で彼女の右ふくらはぎをがっちりホールドする。


「つかまえたぜ」


 正直かなり痛いが、そんなそぶりを見せず笑って強がる。

 さてここからどうするか……と思った瞬間、軽く跳ねた少女の左足がイブの顔面めがけて飛んでくる。


 イブが瞬きする間もなく反射的に上半身を反らすと同時に、少女の左踵が鼻先の数ミリ先をかすめる。

 思わず掴んでいた足を離してしまい、目の前の美少女は軽やかに着地する。


 脚を掴まれたままで後ろ回し蹴りとかどんな身体能力なんだ……と、イブは驚嘆する。


「……ちょっと待った」

「なに? 降参する?」


 イブの鼻からおびただしい出血。


「あれ? 当たってた?」


 少女が動きを止め、いぶかしそうにイブを見つめる。


「いや、これはその……」


 蹴りは見切ったが、十六歳の童貞には刺激が強すぎる光景による出血。

 思い出したように自己アピールしてくる金槌のため、気持ち前屈みでモジモジしながら目を逸らす。


「その……モロモロ見えちゃって」

「? ……あ!」


 全てを察した少女が瞬時に顔を真っ赤にする。

 慌ててはだけた着物を整える姿がまた妙に色っぽい。


 イブのリビドーが全力で鼻血を後押しする。

 【死因:鼻からの出血多量】とかマジかっこ悪いな……とイブが死期を悟ったその時。


「……!○&#%――!ティセラちゃん、ダメなの~!」


 よく聞き取れないが、大声で何かを叫びながら二人のもとに走ってくる人影。

 その切羽詰まった声色に反し、スピードはそんなに速くない。


「え、エネシア?」


 エネシアと呼ばれた少女は汗だくで息を切らしているが、その顔はティセラちゃんと呼ばれた目の前の美少女にひけを取らないほど整っている。

 編み込んだ碧い髪に長く伸びた耳。

 くりっとした、ややタレ気味の目に眼鏡をかけている風貌は小動物を思わせる。


「あ――○%$ね――しん#$%&――tgって――ちがうの――」


 ハァハァと荒い息づかいで近づいてきた彼女の足がもつれ、そのままイブに向かってダイブする。


「きゃっ!」

「え、ちょ……!」


 この状況で受け止めるか避けるかの二択――な訳がない。

 小柄なのに胸部の揺れは目の前の少女を凌駕している。

 イブは自分の正義感したごころに忠実に、一瞬の迷いもなく彼女を受け止める決断をした。


「んふっ……ぐおっ!?」


 飛び込んできた少女を受け止め――きれず、そのまま二人とも湖に落ちる。

 上半身の柔らかい感触にイブが歓喜したのも束の間、ほんのわずかな下心の罰か、彼女の右膝が股間にクリーンヒットする。

 金槌からピコピコハンマーに弱体化した股間を押さえ、悶絶したままイブは神様に謝る。


「やっぱりどっちを選んでも後悔するんだよなぁ……マジデゴメンナサイ」

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