例えどんなにダルくても

二八 鯉市(にはち りいち)

例えどんなにダルくても


 その日、椎名しいなはいつもより早く登校していた。本当に本当にイヤだったが、試験勉強の為である。


「ああ、おはよ。今日の試験、ほんっとダルいよな」

「おはようしーちゃん。本当だよねえ。……ふ、ふふふ、ふふふふッ」

そんな椎名の少し後から教室に入ってきたのは、親友の恵比寿えびすであった。だが、恵比寿の様子はなんだかいつもと違っていた。妙に、興奮しているのだ。

「ねえねえところでさ! 試験なんかよりもさ!」

「いや何だよ」


 恵比寿は学生鞄に手を突っ込むと、手のひらサイズの万年筆を取り出した。


「昨日ね、口に出した願いが現実になる万年筆を手に入れたんだ! じいちゃんちの倉庫にあった!」

「え、ええ!?」

恵比寿が万年筆を掲げる。

「見ててね。『俺、金塊が欲しい!』」


 どごっ。

 重々しい音を立て、教室の真ん中に金塊が出現した。机の上に乗り切らなかった分が、がらんがらんと床に落ちる。

 周囲のクラスメイトが、「あれ、うん、えっ?」と、飲み切れないものを飲み込んだような目でこちらを見ている。そこにある金塊のあまりの金塊っぷりに、ドッキリにしか見えていないのだろう。


 「え、いや……マジじゃんすげえ……え、これヤバいもの手に入れたんじゃねぇのお前」

「あーうん。でも使えるのはあと1回なんだ。朝、口内炎痛くって治したらさ、万年筆のココに残り2ってカウントされてた」

「え、いやバカなのか!? それならそうと大事に使えよお前っていうかなんで学校に持ってきたんだ」

「えへへ、しーちゃんに自慢したかったから!」

「あ、だめだ後先考えてないなコイツ。いいやつなんだけど後先何も考えないんだコイツ。で、お前何に使うんだよその最後の貴重な願い」


 問われ、恵比寿はドヤァと胸を張った。

 「勿論これでね! オレね! 彼女作るんだ!」


 思わず椎名は、頭を抱えてのけぞった。

 「いやお前バカなのか!? 世界一の富豪になるとかそういうことできるのに、願うことが彼女!?」

「クラスで2番目に可愛い感じの彼女がイイ!」

「いやもうせめて絶世の美女を願えよ! 世界一の美女100人に囲われるとかそういう願いにしろよ! なんだよクラスで2番目に可愛いって妥協すんなよ!」

「えーでもクラスで2番目ぐらいに可愛い彼女とクレープ食べるデートしたい!」

「なんでも叶えられるモノ持ってその願いで落ち着くな! ちょっと一回貸せ、冷静になれ!」

「え、わっ止めてよしーちゃん!」


 じゃれあいに見える揉みあい。

 もちゃもちゃもちゃ。

 椎名と恵比寿の手がぺちぺちぺちぺち交錯しあい、やがて。


 「あッ」


 ぽーん、と。万年筆が二人の手を離れた。


「わ、わっ!」


 放物線を描いた万年筆をキャッチしたのは、眠そうな顔をして教室に入ってきた出原いではらだった。


 「な、ナイスキャッチ出原!」

「んぁあ? 何コレ」

「なんでもないんだ、早くそれこっちに返してくれ」

「おう。まあ別にいいけど。それよりさあ、だっるいよなぁ、今日の試験」

「あ、ああ」


 出原はふわーぁとアクビをすると、手の中の万年筆をクルクル回しながら言った。


「マジで試験ダルすぎっからさぁ。エイリアンとかやってきて、学校滅ぼしてくれんかな。なんちゃって」



<終>

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