怖がりごっこ

三点リーダー

  

 高二の夏、俺たちの間で奇妙な遊びが流行った。

 きっかけは、誰かが始めた怪談が最初だったと思う。みんなとっておきの怪談を披露し始め、教室の半分が大いに盛り上がった。お笑いと違って、怪談は怖がるところがみな同じだから盛り上がるのだそうだ。

 そして、それぞれの持ちネタが一通り出尽くしたころ、いつもつるんでいるタカがふと言った。

「結局さ、人を怖がらせるのってシュチュエーションだよな」

「ん?」

 俺がどういう意味かと問うと、「だからさ」とタカが続けた。

「血だらけの女の幽霊見たって言われるより、人気のない山道歩いて家に帰ったら、背中に手形がついてたとか、そういう方が怖くね?」

「あぁ、確かに」

 ではどういうシュチュエーションが一番怖いかという話になった。

「暗い夜道で、ひたひたとついてくる足音とか?」

「うーん、イマイチ」

「廃墟を横切る人影、とか?」

「ありがち?」

「じゃあ、知らないアカウントから来たメッセージに、『見つけた』って書いてあるとか?」

「お、それいいねえ」

「でもそれだと幽霊じゃなくてヒトコワだけどな」

 みんなが思い思いの考えを口にする。

「なんだかんださ、真夜中に来たメッセージに、『うしろ』って一言だけ書いてあるのが一番怖いかも」

「おお、それヤバイかも」

「確かにその瞬間からうしろ見れねえ」

 誰がが言ったその一言に、みんな妙に納得してしまった。

 確かに、意味不明でシンプルなものは人の不安を煽る。

 暗い窓に映る人の顔も、廃屋を横切る白い影も、正体がわからないから怖いのだ。

 みんなでそんな話をした日の午前零時きっかりに、早速、俺のメッセージアプリに「うしろ」というメッセージが来た。もちろん、アイコンを見れば誰のものかは明らかだ。タカだ。単純なあいつのニヤニヤ顔が見えるようだ。

 しかし、この手のワルノリが好きなのはお互いさまだ。

 先を越されたのが悔しいので、俺はカメラを立ち上げ、肩越しに自分のうしろを撮って「うしろだよ」と送り返してやった。

 無表情な俺の顔の半分と、うしろの部屋のドアが映っているなんでもない画像だったが、部屋を薄暗くして撮ったので、それなりに効果があったようで、タカから即座に「ヤメロ」と返って来た。

 それでちょぴり溜飲を下げた俺は、機嫌よくベッドに潜り込んだ。

 ところが、単純な奴は他にもいて、翌日、何人かが同じようなメッセージのやり取りをしていたので笑った。

 その日以来、真夜中に「うしろ」とメッセージを送りあうのがクラスで流行った。そして、俺のこの何気ない意趣返しがルールとして付け加えられ、ちょっとしたゲームになった。

 『うしろ』メッセージを貰った者は、それがいつどんな時でも、必ず、その場で肩越しの画像を撮ること。但し画像は確認も送信もせず、翌朝それを教室でみんなに披露すること。そんな単純なゲームだ。

 もちろん、画像の加工は厳禁だ。創作だと思うと途端につまらなくなるからだ。

 朝、始業前に教壇に集まり、輪になって互いのスマホを見せ合っている光景が毎日のように見られるようになった。

 本音を言えば、俺もみんなも、真夜中の自分の『うしろ』になにがいるのか、ひとりで確かめるのが怖かったのだ。なにもないに決まっているのに。

 画像の大半は、各自の部屋だったが、スマホを持ったまま家の中をうろついていれば、キッチンの冷蔵庫や、居間のドア、カーテンの引かれた窓が写っていたりもする。時々、真夜中にコンビニに行くものもいたりして、明るい店内や暗い夜道が映っていることもあった。

 大抵は自撮りでフレームの中に顔を半分入れていたが、稀にたまたまカメラの前を横切ってしまった家族が写ったりもした。

 そして翌朝、輝く朝の光の中、大勢がいる学校で、みんなと一緒にそんなつまらない写真を見せ合って笑う。

 どう考えても面白くもなんともない画像がほとんどで、みんなすぐに飽きられるだろうと思っていた。

 ところが、ある日、本当に心霊写真が撮れたと大騒ぎになった。

 暗い窓ガラスに、人の顔が写っていたのだ。

 俺は光のイタズラだと思っているが、ゲームは俄然大盛り上がりだ。

 そして、気づくとこのゲームは学校中に広がっていた。

 退屈な高校生活のささやかな気晴らしってやつだ。

 なにも起きるはずがない。

 明日から夏休みだという終業式の朝、いつものように教壇にそれぞれのスマホを持って集まった。このゲームに参加するのは、一番多い時でもクラスの半分ほどだったのに、この日は驚いたことに、その場にいた全員だった。

「え?」

「マジ?」

 つまり、全員のところに『うしろ』メッセージが来たことになる。

 三十人もいれば、この手のワルノリが好きなやつもいれば、興味を示さない奴もいる。それが自然だ。

 しかも全員、ぴったり同じ時間に受け取っていた。

 午前零時三分。

 みんな不審な顔で互いの顔色を窺っている。

 そして、なにより異様だったのは、全員、見知らぬアカウントからメッセージを受け取っているということだった。いつの間にか、友だちリストに素っ気ない初期設定のグレーの人型アイコンが並んでいたのだ。

 クラスが異様な沈黙に包まれた。

 女子の誰かが遠慮がちに小さな声で言った。

「みんな、画像見ようよ」

 その声に促され、全員、いつもそうしているように輪になって腕を伸ばした。それぞれのスマホを見せ合いながら、タップ一度で画像が見られるように。

 そして――

「せーの!」

 俺の掛け声で全員が一斉にポンとタップした。

「――え?」

「――あれ?」

「――松本?」

「――ん? なんで絵梨が?」

 そこには、みんなの見知った顔が写っていた。

 クラスメートの松本絵梨だ。

「なんだこれ? おい、松本!」

 みんなきょろきょろと松本絵梨を探した。

「まだ来てないよ」

 絵梨の仲良しの女子がすかさず答えた。そして、「でもこれ、絵梨のアイコンじゃない……」と小さくつぶやいた。

 それぞれの画像では、絵梨がみんなの肩越しに、無表情にこちらを覗きこんでいる。

 だが、そんなこと、あるわけがない。

 深夜零時に、クラスメート全員の家に松本絵梨が同時に存在するわけがないのだ。

「なんだよ、これ……」

 教室が水を打ったようにシンと静まり返った。

 女子の間から悲鳴のような声が上がった。

「なによこれ! 誰のイタズラ!?」

「松本はまだなのかよ!」

 その時――

 ピンポンッ♪

 ピンポンッ♪

 ピンポンッ♪

 全員のメッセージアプリの着信音が同時に鳴った。

 みんなの動揺を無視して、始業を告げるチャイムがその音に被った。

 チャイムが鳴り終わる前に、担任が沈鬱な表情で教室に入って来た。みなの異様な雰囲気に戸惑いながらも、それどころではないというように、気を取り直してみなの顔を見回した。

「みんな落ち着いて聞いてくれ。実は昨夜遅く、松本絵梨が居眠り運転のトラックに撥ねられて……」

 女子の悲鳴混じりの泣き声を聴きながら、俺は謎のメッセージをそっと開いた。


 『みんな、うしろには気を付けてね』






 ――おわり――

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