ワガママ姫様専属執事です、クビ回避のため立派な王女へ変身させようと思います
さこここ
第1話 元伯爵家三男 執事リン
「父上、王城へ出仕させてください」
僕、リン・ローデンは書斎でそう言った。
目の前で椅子に深く腰かけているのは金髪碧眼の父、グラン・ローデン伯爵。歴史あるローデン伯爵家の当主。
父は、僕に興味がないようで自慢の口ひげを整えている。
「父上――」
「分かった分かった、手配しておいてやる」
僕の声を遮って、父は気だるげな様子で言い放った。
「凡庸なお前でも、生きていけるだけの金をやる。だから、二度と顔を見せるなよ」
「分かりました。ではさようなら、父上」
騒動もなく、あっさりお願いが叶ってしまった。
父とは似ても似つかない黒髪黒目のローデン伯爵家三男、リン・ローデンは十年住んだ家から出て行く事を決めた。
僕が自ら伯爵家を出て行くのには理由がある。
それは二人の兄の存在だ。
現在、貴族学校に通う兄たちは、僕にはない突出した才能を持っている。
兄弟仲が悪い訳ではないが、伯爵家はあの二人のどちらかが継ぐ事になるだろう。
僕みたいなローデン家の出涸らしは邪魔になるだけ。伯爵家にとってのお荷物となるわけだ。
遅かれ早かれ、僕は伯爵家から追放されてしまうだろう。
「これでヨシ、と」
伯爵家の力を使えるうちに、仕事を探しておきたかった。
そして僕は、安心安全な職場を見つけたのだ。
僕は転生者であるのにチートもないし知識もない。
ないないづくしな僕が導き出した仕事、それが王城の執事。
ローデン伯爵家を出て、王城で執事として勤務し始めて早五年。
仕事にも慣れて来たし、あとは死なないように一生を過ごせたらそれでいいや……と思っていたのがいけなかったのか。
「おめでとう! リンは今日から姫様専属執事となる事が決まった!」
「はい?」
上司に呼び出されたと思ったら、突然の大出世を告げられた。
王城には、僕よりも王族に仕えるのに相応しい執事がいるのに、僕を選ぶ意図が分からない。
「では、姫様の離宮へ向かうように!」
「あの、ちょっと……」
「質問は一切受け付けていない! 即刻、移動を始めたまえ!」
一方的に会話を打ち切られ、僕は渋々離宮へと向かった。
歩く事十分、贅を凝らした宮殿が現れた。
「ここかぁ。すみませーん」
離宮の衛兵に名前と、上司から渡された一枚の任命書を手渡した。
軽いボディチェックを受けて、僕はあっさりと離宮へ通された。
「人が全然見当たらないけど……」
おかしな事に、歩いても歩いても人の姿が無い。
人手が足りていないのか、あちこち汚れが放置されたままだ。
「なんだ?」
人を探して歩いていると、カシャーンと甲高い音が僕の鼓膜を揺らす。
離宮で何をすれば良いか聞くため、僕は音の聞こえた方を目指して歩き出した。
「――!」
「――――!」
しばらく歩くと、階段の上から何やら人の声が聞こえて来た。
言い争いをしているような雰囲気だが、行くしかない。
僕は階段を上り、言い合いをしていた執事とメイドに声を掛けた。
「あのぉ――」
「貴方が今日から来てくれるリンさん!?」
僕が二人へ声を掛けると、執事の方に詰め寄られた。
「はあ、そうですけど」
「いやったぁぁぁ! 代わりの執事も来た事だし、俺はこれで失礼します! お二人共、お元気で!」
突如、晴れやかな表情を浮かべた執事は、そのままどこかへ行ってしまった。
「そのぉ――」
「私ももう限界ですっ! 家に帰って婚約者を探して結婚します! あとはよろしくお願いします!」
メイドもひとしきり叫ぶと、目に涙を浮かべて走り去ってしまった。
そうしてポツンと残された俺。
「一体なんだったんだ……?」
結局、詳しい話を聞く事も出来なかった。
僕は次なる人を求めて、ガシャンパリーンとうるさい部屋の扉を開けた。
「「は?」」
扉を開けると、部屋の中にいた薄紫色の髪と赤目が特徴的な、紫色のドレスを着た幼女と目が合った。
幼女の手には高そうなティーカップ。
足元には割れた陶器の欠片が散らばっている。
状況からして、先ほどの音の発生源はこの幼女なのだろう。
「えぇっと――「この、無礼者っっっ!」――危なっ!?」
幼女は、身体の向きをクルリとこちらへ向けると、その手に持ったカップを投げつけて来た。
僕は間一髪で身を屈めて、頭目掛けて飛んできたカップを避けた。
「ぶれいもの! ここをだれのへやとおもっているの!」
この幼女が、今日から俺が仕える事になったこの国の姫様。
御年四歳、インフェーミオ・チェザム第一王女その人である。
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