世界を旅したメリーさん

もぐもぐしてるよ(牛丸 ちよ)

世界を旅したメリーさん

 もしもし、私メリーさん。

 いま、ナミビア共和国の海岸にいるの。


 待って! 切らないでぇ!

 イタズラ電話じゃない! 私ホンモノ! あの都市伝説の! 怪談に出てくるメリーさんなの! あなたの後ろに行かせて!


 日本に帰れなくなっちゃったのぉ!!


 うっ……うっ……、日本語が通じないから誰にもとり憑けなくてぇ……。

 必死に霊電波を飛ばして、やっと日本のあなたに着信したのぉ……懐かしい日本語を聞かせてくださいぃ……。


 うん……?

 そもそもどうやってナミビアに行ったのかって?

 何十年も日本をさまようことに飽きたから、世界旅行をする人にとり憑ついたの。

 それで、ツアー船に忍び込んで……。


 ナミビアはね、世界遺産のナミブ砂漠があるの。世界で最も古い砂漠でね、うんと広くって自由で、美しいの。それで……どこまでも走って夢中で観光してるうちにね、ツアー船に置いていかれちゃって……。


 慌てて電話したんだけど、なんとその人……船の中で病死してたの。死んだ人は電話とれないでしょう。メリーさんはね、電話で繋がった生者に向かってしか移動できないの。だからナミブ砂漠から出られなくなっちゃった。


 他の日本語話者にとり憑こうにも船は遠くに行っちゃってて、私の霊電波が届かなくて……。

 日本人観光者とぜんぜん会えなくて、日本の幽霊が外国の砂漠で死ぬんだとさめざめ泣いたわ。死なないけど、霊だから。


 でもね、もうやるしかないと思って、死に物狂いで霊電波をしぼり飛ばしたの。遠くに声が届くよう叫ぶのをイメージしてみて。南半球のナミビアから北半球の日本へよ? 私という存在が吹き飛ぶかと思ったわ。

 そうして、あなたの携帯電話に繋がった……。


 繋がってホッとしたわ。一度とり憑いたら縁ができて、何度でも電話かけられるから。

 それに、あなたのスマホの位置が霊用マップアプリに登録されたわ。これで日本の方向がわかる。あら、あなた日本橋にいるのね。お仕事中?


 早速、ここから帰れるルートを探そうと思うわ。

 霊はパスポートいらないから、道標さえあれば無敵よ。


 そうそう、隣の国が南アフリカ共和国なんだけど、ケープタウンにね、喜望峰っていう絶景があるみたいなの。ちょっと寄ってから向かうわね。

 あー良かった。



   ■ ■ ■



 もしもし……私メリーさん……ぐすっ、エジプトぶりね……ひぐぅっ……今……トルコにいるの……。

 チェシュメまでせっかく歩いて来たのに……。きらきらしたエーゲ海と、古くてかっこいいお城があってね、それからね、すてきな雰囲気の地元レストランもたくさんあってね、メリーさんね、とってもおいしそうだから、海の幸を楽しもうと思ったけど……考えたらメリーさんは幽霊で……縁のない人には見えないから、注文できないし……、お金も持っていなかったの……うぅっ……ぐすん……。

 乗り物は勝手に乗ってしまえばいいけれど、ごはんはおそなえされなきゃ食べられないのよね……。


 食べたかったわ、世界三大料理と言われているトルコのごはん……。

 ん? やけに世界事情に詳しいねって?

 バカねぇ、ググればわかるわよ。



   ■ ■ ■



 私メリーさん、いまアゼルバイジャンにいるの。首都バクーは高層ビルがバチバチのイケイケですごいわ。

 ヤナルダグって観光地を教えてもらったの。観光客の団体に勝手に着いていっただけだけど。

 ヤナルダグは郊外にある土地のことで、燃える丘のことだったの! 地面から天然ガスがずっと出続けて燃えてるんですって。拝火教寺院跡もあってね、この土地の信仰を垣間見たような気がしたわ。


 え? 見てみたいって? そうよね。写真を送れたら良かったのに。メリーさんのスマホ、霊仕様で機能が微妙なのよね。


 ……どうしたの? 声が疲れてない?

 そっか、お仕事お疲れさま。そっちは深夜だったの。ごめんなさい、気をつけるわ。え? どうせ仕事が終わってないから構わないって? どういうことなの。まだ会社? 残業ってそういうものなの? もう帰りなさいよ。ゆっくり休みなさいね。おやすみなさい。



   ■ ■ ■



 私メリーさん。いまたぶんナントカカントカにいるの。走りすぎて現在位置がよくわからないわ。立ち止まればすてきなところもあるのだけれど、観光どころじゃないわここは。日本にいるうちは知らなかった。こんな休まらない暮らしがあるなんて。こんなのってないわ……。

 人間のほうが都市伝説わたしたちよりよっぽど不条理ね。旅行って、見たいものばかり見せてくれるわけじゃないんだわ。電話もうすこし繋いでいてくれる?

 漏れ聞こえる音は銃声かって? 何が起きてるかって? 説明させないでこんなの。うるさいわね、泣いてないわよ、私は泣く子も黙るメリーさんなのよ!


 ……ぐすっ。ここなら落ち着いて話せそう。

 そっちはどう? まあ! 転職したの? お給料も条件も前よりずっといい? おめでとう! ……私の旅の話を聞いて、自分も広い世界に出てみようと思った? ふうん。人間の考えることはよくわからないけど、私があなたの役に立ったなら悪い気分じゃないわ。

 こうやって通話するのももう一年ちょっとかしら? あなたががんばってるのはメリーさんがよく知っているわ。これからも身体に気を付けながらあなたの道を突き進んでね。え、そりゃそうよ。あなたが死んだらメリーさんが一番困るのよ。健康でいなさいよね。


 ……もうすぐ中国なんじゃないかって? そうね、そうしたら日本なんてすぐね。ちょっと、モンゴルやブータンにも寄ろうか迷ってるんだけど。

 え? ヨーロッパに寄らないだけありがたいと思いなさいよ。本当は世界一周する予定だったのを諦めて、なるべく直線で日本に向かってるんですからねこっちは。

 だってねぇ、見慣れないものばっかりで楽しいんだもの。景色だけじゃない、人間の暮らしもね。

 日本で人を追いかけてコンビニとか郵便局とかハシゴしてたころとは毎日が大違いよ。霊だから気候の暑い寒いとか、匂いとか、わからないのがちょっと悔しいくらい。いまは雨なんだけど、この雨の心地が知りたいと思ってもわからないのよね。日本の雨より暖かいのかしら、どう違うのかしらね。

 まあ、それでもなお、見るものすべてまぶしいわ。



   ■ ■ ■



 私メリーさん。いま雲南省にいるの。

 前の電話でも中国だった? 中国は本当に広いのよ。昆明は近代的な通りも、昔ながらの街並みもあって、見ていて飽きないわ。どこまでも歩いて行けちゃいそう。

 石林っていう高いたかーい石の壁が木々のように立ち並ぶ地域があってね、もー圧倒されちゃうのよ。


 それでね、それでね……、話したいことたくさんあるわ。でもあなた、お仕事があるものね。あんまり時間をとってもよくないわよね。

 リモートワークに仕事を切り替えた? なにそれ? ともかく、ずっと電話してても大丈夫? ほんと? いいの? ……あのね、あのね!



   ■ ■ ■



 私メリーさん。いま台湾の高美湿地にいるの。このへんにいると聞き慣れた言語の観光者も増えてきてなんだか嬉しいわね。

 ここには雲林莞草っていう台湾固有種の植物がたっぷり生えていて、見た目はただの草だから派手な印象はないんだけれど、なんだか不思議な感じがするわ。日本にもありそうな景色だけれどやっぱり違う、って感じがおもしろいわね。

 観光者はウユニ塩湖の話もするの。見に行ってみたくなったわ。……行くのかって? 行かないわよ、また日本から遠くなっちゃうじゃないの。

 あなたもそろそろ精神が保たなくなってきたんじゃない? え、そんなことないから自由にしたらいいって? ウソだあ。人間はメリーさんからの着信に怯えて、恐怖のあまり発狂しそうになるもんでしょう。見栄張らなくてもいいのよ。



   ■ ■ ■



 もしもし?

 私メリーさん。


 いま、あなたの後ろにいるの。


 ……びっくりした? ふふ!

 あら、発狂しないわね。まあいつものことか。私メリーさんなのに、メリーさんするのヘタなんだよな。


 ともかくね、やっとね! 会えて嬉しいわ!


 あなたも会えて嬉しい? バカねぇ、二年もとり憑いた霊と会えて嬉しいなんて変よ。


 うんっ、ただいま! 懐かしの日本、やっぱり故郷はいいわね。


 ……じゃあ、あなたの後ろに立って、びっくりさせたから、別の人間にとり憑くことにしようかしら。

 それがメリーさんだもの。


 ちょっと、さみしいけどね。

 あなたとおしゃべりできなくなることじゃないわよ! うぬぼれね! また日本を周回するだけの生活に戻るのが、よ。


 ……そう言うと思った?

 旅行中のメリーさんは本当に楽しそうだったから?

 楽しかったわよ、とっても……。


 ……え?

 次は一緒に世界を旅しないか……?


 あ、あなた仕事は?

 フリーランスになった?

 前より収入がある?


 ……そうしたら、ごはんの味も、空気の温度も、世界のにおいも、分かち合えるって?


 逃げるから、追いかけてくればいいって?


 なんで……。

 ……自分も世界を旅してみたくなったけど、一人で行くほどの勇気はないし、付き添ってくれたらきっと頼もしいって?

 ふ、ふぅん。そこまで言うなら、メリーさんが力になってあげてもいいけど。


 ……変な人!



   ■ ■ ■



 私メリーさん、いまあなたの後ろにいるの!

 ふりむいてみて! あれはね、シンガポールのシンボル、マーライオン!


 メリーさんはなんでも知ってるね、って?

 うん、うん! 私メリーさん、観光旅行が上手なの!


 さあ行くわよ、カジノ!


 がっぽり勝つわよ〜!!

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