終焉のひと、始まりのひと

斎王暁圭

終焉のひと、始まりのひと

 ~創世神話・旧~


 神は、昼と夜をつくった


 神は、人が暮らす大地をつくった


 神は、数多の生き物をつくりだし、野に放った


 神は、十の神殿をつくった


 神は、世界を維持する二十の使徒を遣わし、神殿に封じた


 神は、使徒に人の暮らしを守ることを命じた


 神は、人に使徒の世話を命じた


 使徒は、世界を支えた


 人は、使徒に仕えた




「ミリヤ、あなたは『御使みつかい』のお世話を担当します。」


 ここは神殿の奥の院、神殿で生まれ育った子どもたちが生活し、学ぶ所。

 『ミリヤ』と呼ばれた少女は、「はい」と返事をした。

 ミリヤは、この世界では珍しい、色の薄い姿をしている。薄い灰色の髪の毛、色鮮やかな青の瞳、どこまでも色の薄い、白い肌。

 同じ部屋にいる他の子どもたちは、黒髪や濃い茶髪、濃く暗い色の瞳をしている。肌の色は黒褐色から薄灰色まで様々だ。

「またミリヤだけ特別扱いだ!」

 黒髪黒目の、赤褐色の肌をした男の子が声を上げた。

「そうだよ。ずるい!」

 他の子も声を上げる。

 子どもたちの前に立つ、中年の女性神官が子どもたちに言い聞かせた。

「ミリヤは『神の恩寵おんちょう』を持つ子です。『御使い』の傍にお仕えするのは、自然なことですよ。それに、特別なのはミリヤに限ったことではありません。特に『魔力』の多い子は、『魔道神官』になる事ができますからね。」

 選ばれた理由が『神の恩寵』と言われては、さすがに神殿で学んできた子どもたちは何も反論できなかった。

 16歳になったばかりの、あるいはもうすぐ16歳になる子どもたちは、次々と役職を与えられていった。まだ年下の子どもたちは、その様子を羨ましそうに見ていた。

「今、呼ばれた皆さんも、明日もここに集合してください。それぞれの担当官が迎えに来ます。それでは、解散。」

「はい。」

 神官が去った後、子どもたちも席を立つ。思い思いに集まって、さっき聞いた発表について話し始めた。


「今回も『魔道神官』いなかったね。どれくらい『魔力』があったら『魔道神官』になれるのかな?」

「『魔力』の検査って、生まれた時に受けるんでしょ?見たことないんだけど、どうやって測るんだろう。」

「えー、適当に言ってるんじゃないかな?」

「そんなことより、なんですぐになんでも忘れちゃうミリヤが『御使い』のお世話係なんだよ!?」

「誰もミリヤの小さい頃って知らないんだよね?ホントに『魔力』が多いのかな?」

「えー、他に『魔力』多い子いないからわかんないなー。」

「ねぇ、ミリヤみたいなわかんない子のことはいいでしょ?」

「そうそう。それで――。」


 子どもたちの話題はぽんぽんと変わっていく。

 その様子を横目に、ミリヤは部屋を出て行った。

 子どもたちの会話は続いている――。


 神官の子どもは神官になる――。

 昔からそう決められていた。そして、神殿の中で育ち、教育を受ける。年齢に応じて神官たちの手伝いをするようになって、16歳で正式な神官となる。神官は神官とつがい、子を成す。子はまた神官になる。延々と繰り返されてきた歴史だった。

 例外として、市井で『魔力』の多い子が生まれると、神殿が引き取って『神殿の子』として育てた。

 神殿にいる、特に『魔力』の多い子だけが『魔道神官』に選ばれた。特別な修行をし、様々な奇跡を起こせる、と習う。しかし、数が少なく、また、世界中を巡回しているため、滅多に会えない、とも。『魔道神官』は『御使い』と同じく、世界を支えるために必要な存在らしい。

 『御使い』は『神』が人に遣わした存在。そして、決して神殿から出ることがない。神殿の奥の院の更に奥、『奥寝殿』と呼ばれる場所にいる、らしい。「らしい」とは、選ばれた神官以外、『御使い』に近づくことができないから。『奥寝殿』も一般の神官では立ち入れない。『見習い神官』と呼ばれる子どもたちでは決して近づけない場所だった。

 それでも、子どもたちにとっては会ったことのない、話でしか知らない『魔道神官』より、近くにいる『御使い』に仕える世話係に選ばれることは憧れだった。

 『御使い』は世界各地にある十の神殿に、男女のつがいで暮らしているという。神話にも出てくる『二十の使徒しと』を指す。『神』の使いである『使徒』に敬意をもって『御使い』と呼ぶようになった、と習うが、誰も『神』を知らない。『御使い』が何かも具体的なことは何も教えられていない。わからないからこその、子どもたちの好奇心をあおる話題だった。


 ミリヤはひとり、部屋に戻っていた。

 他の子たちは大部屋なのに、ミリヤだけが女神官棟に個室を割り当てられている。それも他の子が「ずるい」という原因になっている。

 実際には、よく記憶をなくすので、女神官棟に暮らす神官が監視しやすいように――なのだが、子どもたちは知らない。ミリヤは、ひとりで部屋に戻れなくなるどころか、自分が誰なのかもわからなくなっている事がある。その原因がなんなのか、少なくとも監視を指示されている神官たちは知らない。

 珍しい病気か、『魔力』が多すぎることで、何らかの異常をきたしているのか――。そう思われていた。

 なぜなら、『魔力』が特に多い『魔道神官』も、比較的若いうちに落命する事を知っていたから。

 神殿では子どもたちに様々な教育を施している。世界のことはしっていて当然。それでも、都合の悪い部分は、誤魔化したり隠したりされていた。

 16歳で『見習い神官』を卒業し、正式に『神官』になると、子どもではなく『ひとりの大人』として扱われる。大人になると、子どもたちには教えられていないことを知ることができた。

 『魔道神官』は短命――。

 それも、子どもたちの知らない事だった。




 翌日、昨日と同じ部屋で正式な神官になる子どもたちは緊張していた。

 そこに複数の大人たちが入ってきた。男女併せて5人の神官だ。いつもの女性神官が入り口で待機し、残った4人はそれぞれ距離を取って立つ。右から順に声を上げていく。


「ノル神殿に残る子はわたしの所に集まりなさい。」

「エット神殿に行く子は私の所ですよ。」

「オッタ神殿に行く子はこちらです。」

「ミリヤ。こちらへ。」


 子どもたちの視線がミリヤに集中した。ついで、ミリヤを迎えに来た女性神官を見る。複数の視線が二人の間を何度も往復した。

 ミリヤはとても色の薄い姿をしているが、ミリヤを迎えに来た神官も肌が白かった。ミリヤ意外に白い肌を見たことのない子どもたちは驚いた。

 皆に見守られる中、その神官はまっすぐにミリヤを見つめている。

 そんな子どもたちの視線を気にする様子もなく、「はい」と返事をしてミリヤは立ち上がった。

「お先に失礼します。」

 入り口の女性神官にひと声かけて、その白い神官はミリヤを連れて退出していった。


「パルマさん。頭がぼんやりします。」

 廊下でミリヤは先導する神官に声をかけた。

「そうね、あなたは『奥寝殿』に近づくと記憶が混濁するのよね…」

 歩きながら二人は会話を続けた。

「今日は顔合わせです。正式なお務めは明日からになるけれど、まずは『奥寝殿』に慣れてもらいましょうか。」

「『御使い』に仕えている方は、何人いるのですか?」

「今は三人よ。でも、あなたが慣れてきたら、一人外れる予定でね。でも、忙しくないから安心してちょうだい。」

「パルマさんもお仕えしていたのですか?」

「随分と前に、ね。幸い、こうしてノル神殿に残っているけれど…『御使い』に仕えた子は、みんないなくなるのよ。」

「どうして…?でも、今聞いてもまた忘れて聞いてしまうから…」

「ミリヤ。何度でも聞いていいから。ただ、これから話すことは――できれば忘れてちょうだい。あなたのためにね。」


 そうこうしているうちに、『奥寝殿』に着いた。

 純白の大理石で作られた建物の至る所に、鮮やかな青の布がはためいている。

 遠くに番の『御使い』が住むのだろう建物が見える。そちらには白に近い黄色の布がはためいていた。

 入り口にかけられた青い布を捲って中に入る。空気が少し、ひんやりしていた。

 ミリヤは、無意識に両腕を抱きしめていた。全身の震えが止まらない。頭がふらふらする。

「パルマさん、無理そうです。」

 ふらつく足でなんとかついて行こうとするが、自分の意思で足を動かせない。

「どうしてなのかしら?どうしてミリヤは具合が悪くなるのか…他の子は大丈夫だったのに。」

 パルマは足を止めて、少し、思案した。

「ミリヤ、ここで座って休んでいてちょうだい。顔合わせだけは今日中に済ませるように言われているの。他の子たちを呼んでくるわ。」

 そう言い置いて、パルマは先に行ってしまった。

 残されたミリヤは、ゆっくりとその場に座ってうずくまる。額から脂汗が流れてくる。全身の震えは止まらない。そして、とても恐ろしい、『何か』を感じた。

 いくらもせず、パルマは二人の若い女性を連れて戻ってきた。二人は、ミリヤよりいくらか年上のようだ。パルマが二人を紹介し、二人にミリヤを紹介した。

 ミリヤには、何も聞こえてこなかった。ずっと不気味な『目』がこっちを見ているような気分がした。脂汗を流しながら、なんとか意識を保つ。それが精一杯だった。

 いつの間にか、女性が一人入れ替わっていた。若い女性二人に抱きかかえられるようにして奥寝殿から出る。と、少し気分が楽になった。

「すみません、もう大丈夫です。」

 若い女性の一人が言った。

「隣の仮舎まで運ぶわ。今でも倒れそうだもの。」

「こんなに白い子は初めて見たわ。まるで『あの方』みたい。」

 もう一人の女性が言った。

 ミリヤは紹介された三人の姿をぼんやりと思い出して、「パルマさん意外で初めて、白い人を見た」と思った。

 ミリヤはそのまま、隣の建物に運ばれた。そして、一か月寝込んだ。




「ミリヤ、今日はどう?起きられそうかしら?」

 『ミリヤ』と呼ばれた少女は、ぼんやりと辺りを見回した。

 知らない場所。知らない人。知らない名前――。

 わかるのは、目の前の若い女性が『心配している』ということ。そして、その人が『神官』らしい、ということ。

 そこまで考えて、額を抑える。激しい頭痛がする。

 女性はミリヤを支えて起こし、ゆっくりと背中をさすった。掌からあたたかいものが流れてくる。少しずつ、体が回復していくのがわかる。

「…不思議。」

 ミリヤは思わず呟いて、自分の声に驚いた。

「ふふふ…。不思議な子ね。あなたはとても『魔力』の巡りがいいわ。」

 なんのことか、さっぱりわからなかったが、ミリヤは「ありがとうございます」とお礼を言った。

「ここは奥寝殿の隣の建物よ。わかる?パルマさんを呼んできたほうがいいかしら?」

 女性は、首を傾げて悩むふうを見せた。

「パルマさん?」

 頭の奥で、何かが光った。少しずつ、記憶が戻ってくる。「目の前の人は誰だったかしら」と考えて、聞いていなかったことを思い出した。

「すみません。パルマさんを呼んでもらえますか?」

「いいわ。近くにいるでしょうから。」

 そう言ってその人は去っていった。

 ミリヤは寝台に横になり、ぼんやりしながら記憶を辿る。

「そう、『奥寝殿』に入って、それから…?」

「誰かしら?『忘れてほしい』って話――。」

 ぽつりぽつりと独り言をいいながら、記憶を整理していく。それでもすべての欠片は埋まらない。穴だらけの記憶から、必要な情報を探す。

 そうしていたら、部屋にパルマが入ってきた。

「――1ヶ月、眠っていたのにもう大丈夫?」

 ミリヤは声の方を振り返った。そこに立つパルマに違和感を覚える。

「パルマ…さん?」

「あなたと一緒に学んだのは、私が7歳の時でした。――でも、私はもう30を過ぎたのに、あなたはまだ少女の姿で!1ヶ月、飲まず食わずで人が生きられるはずがないわ。あなたは…あなたは何?」

 パルマは、そこまで一気に喋ると、涙を流して叫んだ。

「あなたたちがいるから、世界は壊れたのよ!!」

 

 パリン――


 ミリヤの頭の中で、何かが割れた。

 無意識に両の手の平をパルマに向ける。

 誰かが見ている――。そう感じた。やめなければ…でも、止められない。


 ドオオオオオーン!!


 建物の壁ごと、パルマが吹き飛んだ。

 『ミリヤ』と呼ばれる少女は、風圧で肉片になったものを見下みくだし、怪しく微笑んだ。


「きゃああぁあ!」

 女性の悲鳴が聞こえる。

 でも、何も見えない。何を言っているのかもわからない。――私は、誰?

「ミリヤ!ミリヤ!生きてるの?しっかりして!」

 抱え起こされ、強く揺さぶられて、意識が浮上してくる。

「何――?」

 見るとはなしに、視界に外の景色が映る。そこら中に壊れた木片と、――何か、赤い塊と赤い液体が飛び散っていた。

「ミリヤ、ひとまず離れましょう。」

 神官の女性に連れられて、女性神官たちが起居する棟に入った。

「あなたの使っていた部屋がそのままになっているはずよ。湯浴みと、衣を整えましょう。その後、新しい部屋に案内するわ。――どうしたの?」

 ずっと立ち尽くしているミリヤの様子に気付いた神官が声をかけた。

「部屋は、今、思い出します。」

 神官は一度額に手を当ててから、言った。

「聞いた方が早いわ。」

 言うが早いか、手近の部屋からノックしていく。応答があった部屋の住人から部屋の場所を聞くことができた。ミリヤの手を引き歩く。

 二階の突き当たりの部屋の前で止まった。

「この部屋よ。」

 案内されたその部屋に、鍵はかかっていなかった。


 部屋から着替えを持って、浴場に向かう。

 すれ違う神官たちは、皆、頭を低く垂れ、そそくさと去って行った。

 ミリヤは、そんな様子を不思議に思ったが、深くは考えなかった。

 浴場で一人、身を清め、持ってきた衣を身に付ける。その拍子に、首にかけたチェーンが音を立てた。大きな石の付いた細かい細工の施されの指輪が通してある。「母の形見」という物らしい。何のことだったか――そう思いながら外に出ると、さっきの神官が待っていた。

「お待たせしました。」

 よくわからないまま声をかけ、頭を下げる。

「ミリヤ、あなたは『御使い』以外に頭を下げる必要はないのよ。」

 二人は歩きながら話をした。といっても、一方的に聞くだけだったが。

「私たち『白い人』は選ばれた存在なの。『御使い』に仕えるのは『白い人』だけの特権よ。そして、『御使い』の代理を務めることができるのも。もうすぐ私はフェム神殿に行くわ。もう戻ってこない。だから、あなたに伝えておくわね。私たちは――になるの。」

 またあの視線――と気にしていたら、話を聞き逃していた。

 ミリヤは初めて『奥寝殿』の先に入った。いくつかの部屋を抜けて、大きな扉の前に立つ。二人の目の前で、扉はひとりでに開いた。首を傾げて扉をくぐり、振り返る――が、誰もいない。

 広い部屋のまん中に大きな天蓋付きの寝台が置かれただけの部屋。

 寝台の横には、一人の女性神官がいた。他には…ミリヤたち二人しかいない。

「アロア、今日はミリヤに頼んでもいい?」

 寝台の横に立つ神官が声をかけてきた。ミリヤは、自分を連れてきた神官の名前を覚えようと「アロアさん、アロアさん」と何度も小さく呟いた。

「ええ、そうしましょう。予定が押しているから、少しでも早く覚えてもらわないと。」

 アロアがミリヤを寝台脇まで誘導した。

 名前のわからない神官が、ミリヤに銀の盆を差し出す。

「ミリヤ。とても大切なものをここに乗せます。しっかり持っていてください。」

 ミリヤはその盆を受け取った。

 気がつくと、アロアが天蓋にかかる薄布を開けていた。

 ミリヤは、その姿に驚く。


 真っ白い人がいた――。


 見事な銀の髪をした、真っ白い肌の女性――とも少女ともつかない年齢の――は、とても美しい容姿をしていた。

 ミリヤは、つい、身を乗り出して見入ってしまう。

 急に頭痛がして、手に持っていたトレーを落としてしまった。

「ミリヤ!」

 二人から叱責が飛ぶ。

 慌てて盆を拾って、寝台の横に姿勢を正して立った。

 ミリヤはじっと二人の様子を観察した。

 何をするのかと思っていると、二人の神官は、銀の髪の人――おそらく『御使い』の両手から指輪を外していく。

 一人が指輪を外してじっと見つめてから、その指輪をミリヤが持つ盆の上に置いた。その間に、もう一人が指輪を外した指を拭き清め、寝台の上に置かれた盆から新しい指輪を取って嵌める。そして、また一つを外し、拭き清めて嵌める。という作業を繰り返していく。二人の連携はよく、同時に二つの指輪が外される事はない。

 手元の盆を見る。どんどん指輪が乗せられていく。なんだか見覚えのある指輪だな、と思った。

 両手の指すべて、十個の指輪を取り替えて、作業は完了らしい。名前のわからない神官が声をかけてきた。

「これから毎日、この作業を手伝ってもらいます。外した指輪は外に待機している神官に渡します。じゃあ、アロア、行ってくるわね。」

「ええ。」

 アロアと二人、残された部屋で、扉が勝手に開いて閉じる様子を見ていた。

「ミリヤ、大丈夫?ぼうっとしているけれど。」

「あ、はい。大丈夫です。あの指輪はなんですか?」

「『御使い』の『魔力』を吸収して、世界各地に運ぶ道具よ。もっとも、『御使い』の手から離れた瞬間から、『魔力』を放出し始めるから、遠くまでは運べないらしいの。だから、神殿から離れた場所には『魔道神官』が行く決まりになっているわ。」


 御使い。神殿。――なにか、大切なことを聞かされているはずなのに、頭にもやがかかっている。


「その指輪と、魔道神官が、世界に『魔力』を運んでいるんですか?」

 考えるとはなしに、質問が口から出てきた。

「ちょっと違うわね。」

「アロア、何を話しているの?」

 外に出ていた神官が戻ってきた。

「サジェ。指輪の説明をしていたのよ。」

「そうなの?ところで、どっちがミリヤを部屋まで案内するのかしら?」

「私の部屋は、女神官棟にあります。」

「…ミリヤには、どこから説明したらいいのかしら?事前に聞いているはずなのに、覚えていないから。」

「その子、『魔力暴走』が多いって聞いてるけど、そんなに酷いの?あなたより先に地方の神殿にやったほうがいいんじゃない?」


 魔力暴走。地方の――神殿?


「『御使い』のいない神殿ですか?」

「そうですよ、ミリヤ。私たちは、『御使い』に仕えた後、地方の神殿に行くのです。そこで、『御使い』の代理を務めるのが、選ばれた私たちの役目なのです。」

 ――この人、なんだか冷たいな。名前、なんだっけ?もう覚えなくてもいいかも。

 結局、アロアが『奥寝殿』の中にある部屋を案内してくれた。




 その日から毎日、ミリヤも手伝いをするようになった。

 他の子は『見習い神官』の頃から手伝いをしていた。ミリヤはしていない。初めてのお務めだった。

 『御使い』に仕える三人の名前は、改めて教えてもらった。

 年齢の順に、アロア、サジェ、キシラ。

 三人とも、肌が白い。目の色はいろいろだけど、髪の色は他の子と比べて薄かった。それでも、ミリヤが一番白い。『御使い』の次に白いのがミリヤだった。

 神殿に関する話も聞いた。ただ、誰も神殿の外のことは知らなかった。

 神殿の外は、魔道神官が行くところ。一般の人が暮らしているところ。その程度の認識しかない。それでも困ったことはないと言うので、ミリヤは余計なことは覚えない、聞かないことにした。


 『御使い』に仕えはじめて、ミリヤは疑問に思ったことがあった。

 多分、ミリヤがずっと首から下げている指輪は、『御使い』の物ではないのか?あるいは、『御使い』の代理を務める神官が持っていた物なのではないか?と。

 『御使い』に嵌める前の指輪を何度も見た。外した後の指輪は、怖くてじっと見られないから。そして、どれもに同じ半透明の石が付いていて、細かい細工が施されている。見れば見るほど、似ている、と思った。

 三人にミリヤを足して四人になったが、ミリヤの起床時間はアロアと同じだった。ミリヤが慣れてきたらアロアが外れる――つまり、ミリヤはアロアの交代要員だから。一日を三組で分担して、常に誰かが休憩と『御使い』の傍に立つ役目を担っていた。

 サジェが立つ役をしている時、ミリヤとアロアは拭き取りの練習をした。アロアの手とサジェの手を借りて、何度も何度も練習した。そして、10日ほどが過ぎて、二人が「そろそろいいでしょう」と言ってくれた。同時に、二人に厳しく言い含められた事があった。

「指輪は、同時に二つ以上外してはいけません。必ず一つずつ、外したら付けるように。」

 これは、必ず守らなければならない決まりらしい。ミリヤは、頑張って記憶した。

 まずは拭き清めて指輪を嵌める役をする。指輪を外す人は、指輪がきちんと魔力を吸収しているか見ているので、もう少し慣れてから、と言われた。

 初めて『御使い』の手に触れた。温かい、と思った。顔を上げてその瞳を見た。とても深い、どこまでも透き通るような青だった。だけど、その目は何も映していなかった。ただぼんやりと開かれている。眺めていると、アロアに注意された。

 今日は無事に終了した。また明日も――と、考えていると、サジェが言った。

「外したばかりの指輪を手に取ってよく見なさい。」

 仕方がないので、怖々と手に取る。温かい。そして、指輪の石がほんのりと光っていた。さっきミリヤが触っていた新しい指輪とは違う。

「光るのですね。きれい。」

「――ちゃんと見えているようね。それならもう、どちらでもできるでしょう。アロアはどう思う。」

「私は――ゆっくりでいいと思うわ。」

 二人は頷き合ってからミリヤを見た。


 次の日も、また次の日も、ミリヤは拭き清める役をした。アロアは傍で見ているだけ。ミリヤがもう一人と一緒に作業をした。

 『御使い』の傍にいて、不思議に思った事がある。動かない。瞬きもしない。ただ、夜になると眠るらしい、とはわかった。

「お人形みたい。生きてる感じがしない…。」

 思わず呟いていた。

「そうね。それに、とても軽いの。布団一枚より軽いわ。だから、私たちだけでもお世話ができるの。」

 確かにそうだ。『御使い』はこの寝台から動かない。床を直すのも部屋を清めるのも三人でするお務めだった。

「朝、身なりを整えたら、今日のお務めは終わりよ。」

 アロアは寝台の横で眠る『御使い』を見ている。

 でも、ミリヤは眠たくて辛かった。昼に休憩したのに。まだ体は「夜を眠る時間」と認識しているようだった。

 朝、明るくなる頃に『御使い』が目覚めた。

 体を起こして衣を脱がせ、体を拭き清める。抱え上げれば、聞いたようにとても軽かった。新しい衣を着せ、寝台を整える。それで夜の役目は終わった。

 何度となく、昼と夜の役目を果たす。

 そして、アロアがいなくなった。

 ミリヤはこの時になってようやく、パルマもいないことに気付いた。随分と会っていない気がする。「どこに行ったんだろう」と思った。それ以上は考えても意味がないから。


 三人でお仕えするようになって、ミリヤも指輪を外す役を務めた。

 とても緊張するし、怖い。でも、一人じゃないから、と自分に言い聞かせていた。

 その日も、ミリヤは指輪を外していた。そして――外した一つを盆に置かずに、もう一つ、外してしまった。


 瞬間、空気が割れた――!


 ミリヤは咄嗟に両手で耳を塞いだ。体に振動が伝わってくる。

 目の前で、誰かの体が弾け飛んだ。ガラスが割れて砕けるように、粉々に。その様子をただ、眺めていた。

 また、空気が振動した。咄嗟に耳を塞ぐ。頭上からばらばらとつぶてが降ってくる。いつまでも。

 ふと顔を上げると、寝台のあった場所、天井のあたりに『御使い』がいた。辺りは――瓦礫と化していた。天井だけでなく、壁も。

『奥寝殿』と呼ばれた建物がなくなっていた。


 『使徒』はとてつもない開放感を感じていた。そのかんばせに満面の笑みをたたえ、両の手の平を天にかざした。天上に『音』を響かせる。

 『音』に乗った『神の力』が大地を砕いていく。 そして、どこまでも遠く、形ある物全てを破壊していった。


 ミリヤの中で、何かが割れる音がした。

 同時に、体の中心から光の奔流ほんりゅうが溢れ出した。

 光は世界を飲み込んでいく――。

 光に包まれた大地は、緩やかに壊れていった。

 光は音を超えて広がった。

 やがて音が消え、『使徒』も消えた。


 世界は静寂に包まれた。




 神は、昼と夜をつくった


 神は、人が暮らす大地をつくった


 神は、数多の生き物をつくりだし、野に放った


 神は、十の神殿をつくった


 神は、世界を維持する二十の使徒を遣わし、神殿に封じた


 神は、使徒に人の暮らしを守ることを命じた


 神は、人に使徒の世話を命じた


 使徒は、世界を支えた


 人は、使徒に仕えた



 神は、人を見捨てた


 使徒は、神殿を去った


 世界は崩壊した


 神は言った この世界を壊したのは人である、と


 人は飢え、死に、争った


 新たな世界が生まれた


 ~新・創世神話~

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