第6話 ほんとうの女神

「あっ、あっ、ああ……」


 ラインハルトの身体が崩壊していくのが分かる。そう俺が放ったのは、上位回復魔法。本来はパーティ全体をやす範囲魔法だ。いまは亡き聖女ソフィアほどではないが、同じことはできる。無理やり魔法術式の書き換えを行い、その対象範囲を狭めてラインハルトだけに絞った。回復魔法というのは細胞の復元、活性化を促すが過剰なそれは細胞自体が耐えきれず内部から身体を破壊する。そんな古代の古文書を読んだことがあった。実際にこの自分が使うことになるとは思ってもみなかった。


「シヴァレイス……。ごめん……。僕が間違っていた」


「ラインハルト?」


 これは!?


「気をつけるんだ。魔王もそうだけど、女神も……」


 光の粒子となり消えていくラインハルトの瞳には、理性の光が戻っていた。


「じゃあね。向こうで待ってるシヴァレイス・


「おい!」


 俺の腕の中にはもう何も残ってはいなかった。



「シヴァ……」


 振り返るといつの間にか目覚めたアリエルが立っていた。


「アリエル……」


 そう、俺はあの日、アリエルの故郷を焼き払った。数え切れない罪もない魔族の人たちを殺した。俺はあの日、黒い炎の中で苦しみながら死んでいく多くの人々の姿をみて気づいた。これは正義の戦いなどではないと。自分の育った村を破壊され、家族を殺された恨みがそれまで俺を突き動かしていたが、それが間違いだと気づくのに随分時間が掛かってしまった。ラインハルトは俺のことを逃げたと言ったが、その通りだ。真実に気づき怖くなったんだ。逃げたくなったんだ。


 ああ、ラインハルト。お前が待ってるんだったな。


 俺はこれまで一度も抜いたことのない剣を抜く。そして刀身を素手で掴みつかをアリエルに向ける。


「アリエル、剣をとれ。そして俺を貫け。


 刀身を握る手から温かく赤い血が流れ、地面に落ちる。


 アリエルはじっと俺を見つめていた。彼女はすべて分かっている。そして自らがすべきことも理解している。


 彼女が両手で柄を握るのを確認すると、俺は静かに目を閉じた。彼女の動きに合わせて自分の心臓に突き立てればいい。あのソリを押すのを手伝ったことより簡単な仕事だ。


「いいえ。そんなことしないです」


 剣が彼女の方に引っ張られ、彼女はそれを手放した。


「あなたがとても親切で優しい人だというのは、で知っているのです」


「いや、それでは君の……」


ゆるすのです。私はあなたのすべてをゆるすのです。完璧で間違わない人なんていないのです」


「アリエル……」


「その代わり、私に親切に魔導具の直し方を教えるのです。それで十分なのです」



 そのときの俺の目には彼女が、かつて見た本物の女神よりも、ずっと尊い存在に思えた。 




 了

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長い長いアリエルの試験の旅路~見習い魔法少女と黒の魔導士~ 卯月二一 @uduki21uduki

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