第5話 ラインハルトだったモノ

「ラインハルト。なぜお前がここにいる?」


 純白のマントが風にはためく。その表情は俺が最後に見たあの日とまったく変わらない、あの屈託くったくのない笑顔だった。だが、なんだ。この違和感は。


「なぜって? それは君のせいに決まっているじゃないか、シヴァレイス。あの日、君がヴァルハラを灰にしたあの日だよ。君が姿を消したあとのことさ。僕達が魔王城に向かわなくても、怒り狂った魔王がね……。復讐のために自分から僕達の前に現れたんだよ」


「なんだと!?」


 同時に横に立つアリエルが、『ヴァルハラが……?』と呟いたことに俺は気を取られた。


「ぐはっ!」


 俺の一瞬のすきをついてラインハルトは仕掛けてきた。大陸最強と言われる勇者を相手に隙なんて見せればこうなることは当然だった。俺は首を掴まれ右手一本で持ち上げられていた。


「ん? 魔族? いや、ハーフか。それにしても可愛らしいお嬢さんだ。あの真面目まじめが取り柄の『』さまが、こんな若い女の子をたらしこんでいるなんて、びっくりだよ。ねえ、君。いまヴァルハラって呟いたよね。もしかしてそこの出身だとか?」


「わ、私の故郷……です」


 なんだと!?


「へえ、そうなんだ。でもね、この悪い魔法使いがさ、大切な君の故郷を焼き払っちゃったんだよ。いやあ、あれは凄かったよ。一瞬だよ、一瞬で黒い炎に包まれてさ。ハハハっ! もしかしたらその中に君の家族もいたかもだよ。可哀想だね。でも、聞いてよ。可哀想だったんだ」


 ラインハルトの右手の力が強まる。全力で魔力を流し込み身体強化を図っているが、このままでは首の骨を折られるのは必至ひっし


「魔王があんなバケモノだったなんて知らなかったんだよ。女神様も教えてくれなかったし……。もしかしてシヴァレイス、君は知ってたのかい? だから僕らを見捨てて逃げたのかい?」


「し、知らん……」


 意識が薄れていく。


「まあ、可愛らしい彼女の前でそんな卑怯ひきょうなやつだって知られたくないよねぇ。そうだ、あのさソフィアがさ、覚えてるだろあのくそビッチ聖女だよ。あれの最期はひどかった。魔王は僕の女だって勘違いしてたみたいでさ、ああいうのを凌辱りょうじょくの限りを尽くすっていうんだろうね。ゴブリンの集団に襲われるよりも酷かったんじゃないかな。僕も拘束された状態で何度も吐いちゃったし……。ううっ、ああ……。嫌なこと思い出させやがって、この糞魔族!」


「きゃっ!」


 アリエルが吹き飛ばされ、転がる。


「あ、アリ、エル……」


 大丈夫だ。問題ない。『気』の暴発で吹き飛ばされただけだ。攻撃であったならそんなのでは済まない。


「シヴァレイスぅ……、僕さ、僕……。ああっ……、うげぇ……」


 腕の力が緩んだ。今しかない! 首周りに集めた全魔力を外へ向けて爆発させる。


「あれぇ? 腕がないよぉ。シヴァレイスぅ……、僕の右手が無いんだよぉ」


 狂ってる。こいつは狂ってる。


 俺は意識を失っているアリエルを抱えると、飛んだ。飛翔の魔法だ。あの状態のラインハルト相手なら逃げ切れるはず。俺は限界まで魔力を高め加速した。ふと視界に入った洞窟へ進路を変え、逃げ込んだ。


「はあ、はあ……」


 呼吸が落ち着くまで時間が掛かった。だが、奴が追ってくる気配はない。地面に寝かせたアリエルはまだ眠っている。怪我をしている様子はなかった。


 あれはおそらく……、禁呪。俺の知る。あるいはそれに似たものを使って女神はラインハルトを蘇生したらしい。ということは女神の権能を持ってしても死んだ人間は生き返らせることができないようだ。死者蘇生は魂に大きなゆがみを生じさせてしまう。古代の文献によると成功例というのは極めて少ない。魂の強靭きょうじんさ、または生への壮絶なまでの執着、それがなければ魂は砕けるらしい。聖女、あの女の蘇生には失敗したのだろう……。


 そうであったとして、アレが厄介なことに変わりはない。言ってみればアレは実体を持った死霊系魔物のようなもの。あのとき爆散させた右腕の付け根はすでに再生を始めていたのはこの目で確認した。もともとラインハルトが聖属性であったことからそれを引き継いでいる可能性が高い。イカれてはいるが、ほぼ無敵のバケモノだ。


「いたぁ。シヴァレイスぅ……、逃げるなんて酷いじゃ、ないかぁ……。僕は、僕は……」


 洞窟の入口に現れたラインハルトの右腕は完全に再生していた。というより数が増えていた。右肩の付け根から腕が二本になっていやがる。バランスが取りにくいのかフラフラしている。


「もう、お前は死んだのだろ? あの世に行くんだ。ここはお前のいるべき場所ではない!」


「はあ? 何を言ってるんだい、君? あの世? あんな……、嫌だ、嫌だ、嫌だ! あそこにはいきたくない。絶対に嫌だぁ!」


 死してお前は何を見た? ラインハルト……。


 俺は錯乱するラインハルトに属性を変えながら上級魔法を撃ち込んでいく。どれだ? どれが効く?


「うがぁーーーっ!」


 ラインハルトは無茶苦茶に三本の腕を振り回す。振るたびにその腕は伸びて洞窟の壁を切り裂く。俺に向けられた一撃を最大の防御魔法を展開し防ごうとするが、まるで紙のように切り裂かれてしまった。


「ぐぬっ……」


 右肩をやられたが、まだ浅い。これは聖剣並みの攻撃力。なんて奴だ。あの美しかった剣技の面影はどこにもないが、三本の聖剣を振り回すバケモノなど、どう倒せばいい? 俺の後ろにはアリエルがいる彼女を守らなければ。


「一か八か……、あれを試すしかないか……」


 俺は大きく息を吐くと、覚悟を決める。これで駄目ならアイツごと深淵アビスに引きずり込んでやればいい。俺達の行くべきあの世がヤバい場所なら、底も終わりのない深淵アビスへの旅も悪くはないだろう。まあ、アイツが喜ぶかどうかは分からんが……。


 全身隅々まで魔力を行き渡らせる。脳の高速処理も問題ない、あとは俺の肉体が耐えられるかだけ。ラインハルトだったものが足を踏み出す瞬間を捉え、身体強化を発動。砲弾のように俺の体は前方に飛ぶ。


「つかまえたぜ!」


 ラインハルトを抱きしめる形になった俺は全身から一気に魔法をラインハルトに叩き込む。


「エクストラヒール!」

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