第4話 銀髪、黒髪、東の民、そして。

「アリエル、君は魔族領から来たのだろう?」


「……」


 彼女は俺から目線を外しうつむく。


「そのは魔族の特徴そのものだ。だが、彼らのような褐色かっしょく系の肌色ではない。白く美しい肌は人族のもの。君はだ」


「……はい。そうです」


「いや、勘違いしないで欲しい。別にこれは君を責めているわけではないんだ。君は恐らくその君の『お師匠様』から何も聞いていない」


 アリエルは俺の『お師匠様』という言葉に反応して顔を上げた。


「どういうことですか?」


「確かに君のような魔族とのハーフ、またはその血筋の者はこの国にも大勢いる。この長く続いている大戦以前、ほんの20年前までは交流があったからね。でも魔族の血を持つ者は、人族の範疇はんちゅうには入れられてはいるけど、としてランク付けされてしまってね、その多くは西の特別区で暮らしているんだ。まれに冒険者として成功して名誉国民として普通の国民同様の権利をもらっているものもいるけど、扱いは低い。つまり、君は検問の兵士にその髪色で判断されて追い返されるか、最悪難癖なんくせをつけられて投獄されるかもしれない」


「そんな……」


「これを言うべきなのか悩んだのだが、恐らく君はその『お師匠様』にのではないだろうか? あの壊れた魔導具。手に入れることがほぼ不可能な『絶禍の書』。どう考えても君がその試験を達成して戻って来ることは想定していない」


「それじゃ、私は……。私は魔法使いにはなれないのですか?」


「それは……」


 

 その時、俺は上空に複数の魔力の気配を察知した。


「アリエル、すぐにフードを被れ!」


「は、はい!」


 見上げるとそこには三体のワイバーン。統率のとれた編隊飛行。あれは王国竜騎士だ。


「お前たち、そこを動くな!」


 俺達を囲むように騎士を乗せたワイバーンが着陸する。


「なんだ?」


 俺は目の前の指揮官らしき騎士を見上げて言う。


「この近くの村で魔族を見たという報告があってな。それもソリを盗んで逃げたらしい」


「えっ、私は盗んでいません! ちゃんとお金はお支払いしたのです!」


 おい、アリエル。お前は黙ってられないのか?


「ほう。そこのお前、そのフードを取れ!」


 俺は彼女を隠すように前に立つ。


「なんだ? 抵抗するのか? ふむ、『』か? これは面白い組み合わせだな。誰よりも魔族を憎むお前たち『東の民』が、魔族をかばう? これはこれは滑稽こっけいな」


「えっ、シヴァ……」


「アリエル、問題ない。過去のことだ、俺はそうじゃない」


 彼女は俺の後ろにぴたりとつき、上着をしっかりと握っている。


「まあ、黒髪も魔族に遅れを取った下等種。二級の連中同様、殺したところで問題なかろう。飛竜のブレスで炭にするだけのこと。俺にとって魔族かどうかは特に問題ではないのだよ。この面倒な外回りの仕事を切り上げて、飲みに行きたいのだよ。クックックッ」


 後方の二体のワイバーンの騎士も下衆げすな笑い声を上げていた。こいつら……。


「アリエル、目をしっかり閉じていろ!」


「は、はい!」


 俺の厳しめの口調に何か感じ取ったのか俺の背に頭をつける。ああ、素直ないい子だ。


「王国騎士も知らぬ間に大きく質を落としたようだな。この国が魔族に落とされるのも遠くはないな」


「何だと貴様、冒険者風情ふぜいが騎士を愚弄ぐろうするか!」


 目の前の騎士は激昂げきこうし、腰の剣を抜いた。


「なんだ? そのご自慢ので俺達を焼き殺すのではなかったのか?」


 ワイバーンも俺の言葉の意味を理解したのか、俺に向けてその鋭い牙を見せて威嚇いかくする。そうだった、俺は竜種との相性が良くなかったんだったな。まさか俺が竜王を殺したことを根に持っているのか? いや、気のせいだな。この竜モドキにそんな知性や忠誠心があるとも思えない。ああ、面倒だ。早く済ませよう。アリエルが震えているではないか。


「貴様、俺が自らこの手で……」


ぜろ!」


 俺の声と同時に三体のワイバーンと三人の騎士たちは肉片と化した。あたりを包むむせるような血の匂い。


「シヴァ……、これは……?」


 異変に気づいたアリエルが目を開けてその光景を見ている。


「いや、たいしたことではない」


 俺はこの状況をどう説明し、誤魔化ごまかすかを考えていると、そのとき俺の考えうるが王都からこちらに猛烈な速さで向かってくるのを感じてしまった。


「最悪だ。なぜ王都にいる。魔王城へ向かったのでは無かったのか?」


 俺が口に出してしまった思考を吐き出しきったのと同時に、そいつは俺達の前に悠然ゆうぜんと立っていた。

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