奉剣の舞姫 ~落ちこぼれ剣士の俺が、できそこないと呼ばれた少女を勇者にできたワケ~
前森コウセイ
奉剣の舞姫
第1話 剣士の才能
第1話 1
……かつて一度だけ、勇者を見たことがある。
剣戟奏でる七舞衆と歌唱する四聖女の中央に設けられた舞台で。
彼は輝く聖剣を手に、奉剣演舞を舞っていた。
まるでお伽噺の一幕のように――彼の舞踊に合わせて、いろとりどりの燐光が舞い飛ぶ。
伸ばした指先が揺れるたびに景色が揺らめいて、世界が様々な音色が奏で出す。
振るわれる剣閃すら演舞を盛り上げる奉曲のひとつ。
震脚が拍子を穿ち、やがて彼のよく通る単音の唄が響き渡る――
それはもう、この世のものとは思えないほど幻想的な光景だった。
魂が揺さぶられるっていうのは、ああいう事を言うんだろう。
気づけば俺は号泣していて……勇者の演舞に魅せられてしまっていた。
――あんな風になりたい。
ずっと親父に言われるがままに生きてきた俺に、初めてできた夢だった。
――
その職業を知ったのも、その時だ。
誰かと戦う為ではなく。
世界に奉じる儀式として、ただひたすらに武技と舞技を鍛える者達。
そんな彼らの中からのみ、勇者は選ばれるのだ。
だから、俺は夢を叶える為、
当然、家族は――親父は反対した。
地方役人として堅実に生きてきた親父は、俺にも自分と同じく文官の道を歩んで欲しかったらしい。
初めての親父への反抗。
殴り合いまで発展した親子喧嘩の後、俺は家を飛び出した。
なけなしの金で乗り合い馬車を乗り継ぎ、ようやく辿り着いた王都で奉剣道場を求めた。
……世間知らずのガキだったんだ。
有名
彼らが所属する道場の門を叩けば、誰でも
そして、絶望させられた。
……俺は――育ち過ぎているのだと、門を叩いたすべての道場で断られた。
それでも……それでも俺は、諦めきれなかったんだ。
あの日見た、勇者の奉剣演舞が目を閉じるたびに思い起こされて。
来る日も来る日も――王都中の門を叩き続けた。
持ってきた金は底を尽き、身の回りのもので金にできるものはなんでも金に変えて。
それでも俺を受け入れてくれる道場は見つからず……
――おめえ、奉剣術習いてえらしいな?
もはや浮浪者同然の姿で、路地裏にうずくまっていた俺に声をかけてくれたのが、師匠だった。
どう見ても、場末の酒場で酔いつぶれているおっさんのような出で立ちだったが。
――ウチはどちらかと言えば、実戦向けなんだが……道場、来てみるか?
一も二もなく飛びついた。
藁にも縋る思いだった。
そうして勇者の奉剣演舞に魅せられてから三ヶ月。
十六歳になったばかりの俺は、
……その四年後、初めて立った勇者選定儀式『奉剣舞闘祭』の場で……抱いていた夢を失った。
それからは惰性で生きて来たと言っていい。
師匠達に顔向けできなくて、逃げるように道場を離れ、冒険者として日銭を稼ぐ日々。
……気づけばもう、あれから四年。
俺は病室の窓を空けて枠に腰かけ、魔法で指先に灯した火に、咥えた煙草を寄せる。
煙草は冒険者になってから覚えたものだ。
「……潮時、なのかねぇ」
シャツをめくれば、腹に大袈裟に巻かれた血の滲んだ包帯が巻かれている。
数日前、魔獣討伐依頼でしくじった証だ。
討伐自体はなんとかできたものの、大怪我を負った俺は同行してくれてた依頼人によって、この病院に担ぎ込まれたというわけだ。
道場から逃げ出していながら、未練たらしく王都に留まり、冒険者になってまでも剣にしがみついて来たが……
「そもそも俺には剣が向いてねえのかもな……」
所詮、俺は木っ端役人の
他の
吐き出した煙が、今日はやけに目に
冒険者としてもそうだ。
普通なら俺が師匠に弟子入りした頃には、冒険者は新人としてスタートしていて、今の俺くらいの年齢ともなれば、ベテランとして、上級冒険者として、広く名前が知られるようになるんだが、二十歳を過ぎて冒険者になった俺は、先日ようやく中級になったばかり。
俺はいつも出遅れていて、なんに対しても中途半端だ。
「……結局、親父の言った通りになってしまったなぁ……」
今の俺は、ちょっと人より剣が上手いだけの――そして、それしか取り柄がないダメな男だ。
冒険者の引退を考えるには、年齢的にはまだまだ早いとは思うが、この怪我での入院は今後を考える良い機会なのだろう。
「さて、どうしたもんか……」
今さら実家は頼れない。
……頼りたくない。
どこか商会の用心棒にでもなるかと考えて、それでもまだ剣に未練を残している自分に呆れる。
短くなった煙草を灰皿でもみ消し、新たな一本を咥えて着火しようとしたところで、荒い足音が廊下を渡って来たかと思うと、病室のドアが開け放たれた。
「――ガイ!」
と、そう俺の名を呼んだのは、長い金髪を一本編みに束ねた長身の美女だ。
彼女はドアを開け放った体勢のまま、窓枠に腰下ろして煙草を咥えた俺を見つけ――
「やっと、見つけたぁ……!」
くしゃりと泣きそうに顔を歪めたかと思うと、一足飛びに病室を駆け抜け、俺に抱きついた。
「――ぎゃあ! 落ち、落ちる! セリス姉さん、落ちるって!」
あまりの勢いに上体が窓の外に飛び出して宙を泳いだが、腰を抱く姉弟子――セリス姉さんの力は思いの外ほか強く――
「――あ、ごめんね」
すぐに室内に引き戻された。
「殺されるのかと思った……」
思わず床にへたり込む俺と一緒に床に座り、セリス姉さんは俺を離さない。
「んで、姉さん、なんでここに?」
途端、姉さんは弾かれたように顔をあげ――
「――なんでじゃないわよっ! この四年間、あたし達がどれだけあんたを探したか!」
眉目を吊り上げて、俺に怒鳴った。
「それがなに? いつのまにか冒険者になってて……挙げ句に大怪我して瀕死? ギルドから連絡が来て、心臓が止まるかと思ったわ!」
ああ、そういえば冒険者ギルドに登録する時、緊急連絡先に道場を指定したっけ。
そうしておけば俺に万が一が起きた時、ギルドに預けてある資産が譲渡されるって聞いたからな。
恩を仇で返す形になってしまった師匠への、せめてもの罪滅ぼしになると思ったんだ。
きっとセリス姉さんには、そんな俺の思惑なんてすっかりお見通しなんだろう。
だから、こんなに怒ってるんだ。
「……ちょうど今、俺も潮時と考えてたとこなんだ」
「あら、あたしもあんたを辞めさせようと思ってたから、丁度いいわ。
――ありがたく思いなさい。定職を用意してきたわ!」
「は? いや、俺はセリス姉さんの世話になるつもりは――」
あまりの準備の良さだ。
反論する俺の鼻先に、セリス姉さんさは人差し指を突きつけて。
「おだまり! 冒険者ギルドに確認済みよ! あんた、今回の大怪我の治療費で、貯金がほぼなくなるらしいじゃない!」
加えて言うなら、この怪我をした魔獣討伐依頼で装備も壊されてしまっていて、実入りの良い討伐依頼はすぐには受けられない有様だ。
「とりあえず、生活を立て直すまでの繋ぎという事でも良いから、退院したらここに来なさい」
と、セリス姉さんはバックから手帳を取り出し、なにやら書き付けて破ると、俺に手渡した。
――詳細な住所と王立ランカート学園の名前。
「ちょっ!? 姉さん。ここって?」
「アンタの新しい勤め先よ」
学園が? 雑用係でもさせられるのだろうか?
「じゃあ、あんたの受け入れ準備とかあるから、今日は帰るわ。
――良いわね、必ず来るのよ!?」
そうして来た時同様に足音高くヒールを鳴らして去って行くセリス姉さんを見送り、俺はすっかり燃え尽きた煙草を灰皿に押し付ける。
新たに一本煙草を咥えて火を着けると、胸いっぱいに煙を吸い込み……そして吐き出す。
「……いっそ剣から離れた仕事の方が、諦めも付くのかもな……」
奉剣の舞姫 ~落ちこぼれ剣士の俺が、できそこないと呼ばれた少女を勇者にできたワケ~ 前森コウセイ @fuji_aki1010
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