獣人連隊長、進撃を命ずる。

@flanked1911

第1話

 この世界で、最も強大な国はどこか、と誰かに尋ねればよほどの愛国者以外はバルタニス連邦と答えるだろう。

 人類史に残る大国と呼べるだろう。

 太古より、人類と獣人は争ってきた。

 人類は優れた身体能力と恐れ知らずの獣人になす術がなかったが、バルタニス連邦が火薬、大砲、マスケット銃、ライフル銃と、そういった兵器を発明したことで、数で勝る人類の勝利に導いた。


 子孫すらも途切れそうになった獣人たちは、人類に降伏するしかなかった。


 しかし、連邦は狡猾だった。

 獣人の次は、隣人だと、連邦は隣国へと侵略戦争を始めた。

 降伏した獣人たちと手を取り合うこともなく、身体能力の高い獣人たちを軍隊に組み込み、突撃させ、領土を広げていった。


 それらは【獣人連隊】と呼ばれた。

 だが、戦争の功労者である彼らに賞賛も、名声も、見返りも与えられなかった。

 獣人は人類を仇名した敵であり、軽蔑するべきものだからだ。

 獣人連隊を率いる連隊長も誰もやりたがらなかった。人類からは軽蔑されるし、部下である獣人にいつ後ろから刺されるか。


 一時の気の迷い、上の命令、懲罰として、獣人連隊長に任命された者は、誰も彼もが逃げ出すか、死ぬかのどちらかだった。


 5年間任務を全うしている第三連隊長ケルビンを除けば。


 ◇


 西部開拓地、ウエストランド。

 連邦が西側諸国を占領し、その最前線となるこの場所に前線基地がたてられていた。


 粗末な資材で建てられた前線基地に、不釣り合いなほど磨き上げられたトラックの車列が止まった。

 中から降り立った面々は軍服を着ていたが、誰も彼も、腹が出ていたりと軍人には見えなかった。

 彼らは軍上層部だ。


「……出迎えもないとは!」


 一人の高官が苛立たし気につぶやくと、前線基地の中から、駆け足で青年が現れた。

 青年は気まずそうな笑みを浮かべ、頭をぺこぺこと下げる。

 軍人としては、少し弱弱しく感じる。


「申し訳ありません、先日の戦いの事後処理に手間取ってしまい……」


「ケルビン連隊長、言い訳など聞いておらん、これは懲罰対象だぞ!

 む、なんだ、そいつらは!」


 高官が指さしたのは、ケルビンの後ろからついてきた彼の部下だった。

 二人の女の獣人。

 一人は犬のような耳を付けた勝気そうな赤毛の女、もう一人は狐のような縦に長い耳を付けた静かそうな、長い黒髪の女だった。


 どちらとも整った顔立ちをしているが、高官たちはそうは思わなかったようだ。


「こんな獣を我々の目に入れるとは、何を考えているか!?

 とんだ不敬である! 」


 その声を聴いて、赤毛の女が一瞬顔をしかめるが、ケルビンは手でその表情を高官たちから隠す。


「しかし、彼女たちは先の戦いでも」


「黙れ! いつまで我らを野外に放っておくつもりだ!」


「失礼しました。指揮所に案内します」


 ◇


「トライガー川の戦いでは、我々、第3連隊は渡河に成功。

 支配地域を3kmに渡って、拡大しました」


「はっ、たったの3km」


「何のための獣だ!」


 ケルビンの指揮所におけるプレゼンスは高官たちにとって不評だった。

 だが、第三獣人連隊は人間の部隊と比べても、他の獣人連隊と比べても、かなりの戦果を挙げていた。

 では、高官たちは何を根拠に不満を述べているのか。


 一人のでっぷりと太った男が、ファイルをケルビンの足元に投げつけた。


「それは貴様の隊と、他の獣人連隊を比較したデータだ。

 それを見て、恥を知れ!


 貴様の隊は、他の隊と比べて、戦死者があまりにも少なすぎる!」


「……失礼、それはわるいことなのでしょうか?」


「当たり前だ!

 戦死者が少ない、それすなわち、敵への突撃をしていないということだ!」


「そうだ! 命を捨てて、連邦に貢献してこそ、初めて軍人といえる!」


「連邦魂が足りていないのでは?」


 高官たちは堰を切ったように、ケルビンを責め立て、灰皿が飛ぶ。


 ケルビンは視線をそらすように、上を向く。


 自分に向けられる悪意に耐えられず、顔を背けたのか。


 いや、彼の視線は、後ろにかけられている時計に目が向いていた。


 12時59分、55、56、57、58、59……。


「何か言ったら、どうなんだ!?」


「午後1時」


「は?」


「さて、本日、午後1時を持って、自分の従軍契約期間は終了しました」


「……何を言っている?」


「自分は契約軍人です。 この時を持って、契約を満了します。


 ……いえ、あなた方から報酬を頂いて。

 それでは、9千キロ㎡を制圧した自分と仲間たちに相応の見返りを渡していただきたい」


 高官たちは、ケルビンの言葉にキョトンとするが、しばらくすると沸騰したやかんのように喚きだした。


「なんだその態度は!?」


「戦場が怖くなったのだろう、意気地なしめ!」


「契約など無効だ!」



 しかし、ケルビンはそんな声を受けても動じなかった。

 それどころか、苦笑していた。

 そして、こう尋ねた。


「……渡せないとおっしゃるなら、我が連隊の全力を持って、奪うしかありませんが?」


「ええい、憲兵、奴を捕らえよ! 」


 高官たちを護衛していた憲兵たちが、銃剣付きのライフルを構えながら、ケルビンへと走る。



 その時、指揮所天井の窓が割れた。


「降下!」


「何!?」


 降り立ったのは二人の女の獣人、先ほど、ケルビンに従っていた二人だった。

 二人はケルビンと、憲兵の間に立ちふさがる。


「構わん、殺せ!」


 高官が憲兵たちに命じるが、次の瞬間、憲兵たちの頭が消し飛ぶ。

 赤毛の女がいつの間にか持っていたリボルバーから拳銃から硝煙が上がっていた。

 黒髪の女はいつの間にか携えていた刀をゆっくりとした動作で鞘へと戻した。


 二人とも、並大抵の人間では認識することすらできない早業だった。


「なっ、なんだと……?」


 護衛がいなくなった高官たちはがたがたと震えるしかなかった。


 獣人の女二人は、ケルビンを振り返る。


「指揮官」

「布告を」


 ケルビンは二人の声を聴くと、静かに笑った。

 まるで今から飲み会の二次会をやると決まったような、そんな風に。


「……我々は血を流し、時には涙を流し、しかしながら、愚直に命令を遂行してきた。

 

 それでも、我々に一銭の見返りも、小さな名声も、たった一言の賞賛も与えられないのならば、それは、それはもう……戦争だよ!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

獣人連隊長、進撃を命ずる。 @flanked1911

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ